Opinion デジタルセラピューティクス(DTx)がもたらす価値を考える

印刷用PDF

医薬産業政策研究所 主任研究員 辻井惇也

1. はじめに

デジタルセラピューティクス(以下、DTx)は、「疾患等を治療、管理、予防するため、証拠に基づいた治療介入を提供するデジタル製品」とされており1)、現在の医療・ヘルスケアのあり方に大きな変革をもたらすことが期待されている。例えば、DTxの特徴の一つである「日常の連続データの取得」は、通院時以外の患者の健康状態の管理を容易にし、医療従事者の積極的な介入がない治療の空白期間を埋めることを可能とする。また、「デジタル技術を用いた治療介入」を通じ、外的要因(居住地、専門医の不足等)や患者特性(妊婦、子ども等)により、適時適切な治療へのアクセスが難しかった患者へ新たな治療選択肢を提供することができる。加えて、「教育の提供による疾患理解の促進」は、治療に対する患者の意識を変容させ、より積極的な治療参画をもたらすことが期待できる。

現在、世界各国でDTxの開発が進んでおり、わが国でも、CureApp社の「ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」を皮切りに、これまで3つのDTxが製造販売承認を取得している。この他にも、複数のDTxが次の製造販売承認を目指し、開発に鎬を削る中、DTxを含むプログラム医療機器(以下、SaMD)の特性を踏まえた新たな薬事・保険償還制度の議論が並行して進められている。特に、保険償還制度の整備は、DTx開発における事業予見性に大きく関わる重要な課題であり、産官学のステークホルダーにより、目指すべき姿が検討されている。

DTxの診療報酬上の評価については、令和4年度保険医療材料制度改革において考え方が整理されており、「製品特性に応じて技術料または特定保険医療材料として評価されること」、並びに「医師の働き方改革の観点を念頭に置きつつ、製品の特性を踏まえ、施設基準等への反映も含め評価すること」等が示されている2)。しかしながら、2023年1月18日開催の中央社会保険医療協議会総会において、令和6年度診療報酬改定に向け、「プログラム医療機器(SaMD)の評価体系を検証し、今後のあり方について検討が求められている」と指摘されており3)、さらなる制度の見直しが急務となっている。上記を受け、保険医療材料等専門組織の下にSaMDワーキンググループが設置され、保険診療上の評価のあり方等について、既に検討が始まっている。第2回、第3回のワーキンググループでは、業界6団体(AI医療機器協議会、日本デジタルヘルス・アライアンス、日本医療ベンチャー協会、日本医療機器産業連合会、欧州ビジネス協会、米国医療機器・IVD工業会)へのヒアリングが行われ、SaMDならではの価値や特性を考慮した診療報酬上の評価基準、評価軸の明確化等が議論されている4、5)

このように、診療報酬制度の中でDTxを含むSaMDの価値を適切に評価するための検討が行われているが、これらの議論は緒についたばかりである。筆者は、診療報酬制度の中で多様な価値が評価されるためには、DTxの開発者と享受者(患者、医療従事者、保険者等)がともに、①価値を認識し(具体的な価値の提示並びに価値の重要性への共通理解)、②価値を合意し(評価されうる価値の妥当性への合意)、③価値を評価する(具体的な価値評価の仕組みの構築)というプロセスに関与することが不可欠と考える。しかしながら、現状、「DTxの多様な価値」は、必ずしも十分に整理されてはおらず、社会の認識も不足している状況と言えよう6)

そこで本稿では、診療報酬制度におけるDTxの多様な価値評価を見越し、多くのDTx開発が進むドイツや医療技術評価に対して患者団体や医療専門家等の広範な声を考慮する英国の事例を参考に、DTxがもたらす多様な価値について考察する。

2. ドイツ・英国におけるDTxの現状

2-1. ドイツ

ドイツでは、2019年12月のDigital Supply Actの施行に伴い、DiGA(ドイツ語でデジタルヘルスアプリの意)として承認されたDTxを、公的医療保険を通じて患者が利用できるようになった。承認取得に際しては、「安全性、使用適合性、データ保護、情報セキュリティ、品質(相互運用性等)」の各要件への準拠に加え、臨床効果(以下、ポジティブケア効果)の証明が求められる。ただし、初回申請時にポジティブケア効果の証明は必須ではなく、文献による評価やポジティブケア効果に対する試験計画が認められれば、仮登録の形で有期限(通常12か月、最長24か月)での保険償還が行われる。この間に、開発者には臨床試験やリアルワールドデータ等を活用したポジティブケア効果の実証が求められる。

ドイツにおけるDTxの価値要素と言える「ポジティブケア効果」は「医療上の効果」と「患者に関連する構造及びプロセスの改善」の2つに大別される(表1)。連邦医薬品医療機器研究所(BfArM)のDiGAガイドラインによると、「医療上の効果」とは臨床試験等で実証される治療効果であり、「患者に関連する構造及びプロセスの改善」は、疾病・障害の検出や治療等における患者の健康行動の支援及び患者と医療従事者間のプロセスの統合に関する効果と定義される7)。また、3項で詳述するが、「医療上の効果」及び「患者に関連する構造及びプロセスの改善」にはそれぞれ4個、9個の具体的な価値要素がガイドラインにて例示されている(表1)。これらの価値要素は、患者が直接享受する価値(患者が直接的に感じる価値)を前提としており、適切なエンドポイントによって証明されなければならない。

DiGAとして承認を得るためには、「医療上の効果」または「患者に関連する構造及びプロセスの改善」のいずれかに含まれる価値要素のうち、少なくとも1つを実証することが求められる。言い換えれば、「医療上の効果」の証明は必須ではなく、一例として、心不全患者の自己管理を支援し、健康状態の悪化を早期に検出することを目的としたProHerzでは、「患者に関連する構造及びプロセスの改善」の一要素である「ガイドラインや認知された治療基準との整合」のみを検証の対象としていた。ただし、両方のポジティブケア効果から複数の価値要素を証明することが、保険償還価格にプラスの影響を与える可能性があるとされている。

表1 ドイツ:DiGA 承認に求められるポジティブケア効果の概要

参考:ドイツのDTx開発状況

ドイツにおけるDTxの価値要素を調査するにあたり、背景情報として、ドイツのDTx(DiGA)開発状況を俯瞰したい。DiGA Directoryの情報によると、2023年5月24日時点で承認されているDiGAは計47製品あり、現時点でポジティブケア効果が証明された本登録品は18製品(仮登録から本登録に移行した7製品含む)、仮登録品は29製品あった(図1)8)。各年で見ると、毎年10以上の製品が承認を受けている。加えて、2020年5月の申請開始から約3年が経過し、7製品が仮登録から本登録に移行していたが、6製品が登録削除(4製品はポジティブケア効果が証明できず、2製品はメーカー意向によるもの)となっていた。また、対象となる疾患領域(ICD-10による分類9))としては、精神及び行動障害(うつ病、広場恐怖症等)や筋骨格系及び結合組織(関節症、背部痛等)が多く、年次毎でも同様の特徴が見られた。

図1 ドイツ:DiGA 開発状況

2-2. 英国

英国では、NICE(National Institute for Health and Care Excellence)が発行した「Evidence standards framework for digital health technologies」において、DTxが満たすべきエビデンス基準を規定している10)。DTxは利用者とシステムに対する潜在的なリスクが最も高いとされるTier C(健康への直接的な影響を伴う疾患治療や管理、診断等に使用されるもの)に該当し、設計要素(安全性と信頼性に関する適切な技術基準への準拠等)、価値の説明(標準ケアシステムと比較したDTxの価値等)、パフォーマンスの実証(臨床試験等による有効性に関する証拠等)、価値の提供(費用対効果等)、導入に関する考慮事項(DTxの利点が実現されるための戦略等)の5つのカテゴリに分類される21の基準を満たすことが求められる11)。この基準には、有効性や安全性以外の要素もあり、例えば、「価値の説明」では、システム効率やケアの結果、構造及び手順上の効果(structural and procedural effects)、コスト・リソースへの影響(可能な場合、定量化)が含まれる12)。構造及び手順上の効果には、ケアへのアクセス、ヘルスリテラシー、ケアプランの順守、またはケアの調整が含まれる可能性があるとされており、ドイツにおける「患者に関連する構造及びプロセスの改善」と類似の価値が英国でも考慮されていると言えるであろう。

しかしながら、上記のエビデンス基準への該当が英国の保険制度内での採用に直結するわけではないことに留意が必要である。NICEでは、DTxを含む新たな医療技術に対して、National Health Service(NHS)及び医療機関での当該技術の採用判断を支援するための情報を与える「Medtech innovation briefings(MIB)」や、NHSでの医療技術採用に推奨を与える根拠となる「Medical technologies guidance(MTG)」の作成にも関与しており、NHS等を通じたDTx利用に対しては、MIBやMTGでの評価が重要となる。例えば、不眠症治療を目的としたDTxであるSleepioは、MTGでの評価結果(2022年5月20日公開)から、睡眠薬の効果的な代替品としてNICEから推奨を受けた初めてのDTxとなった13)。また、有望なDTxへのアクセス促進という観点で、保健・社会保障の重点分野や国家評価にふさわしい分野において、NICEが国民のアンメットニーズに対処する医療技術を評価し、患者の早期アクセスを支援するための推奨を与える「Early Value Assessment(EVA)」が開始されている14)。これは、公募から選出された専門家が該当する医療技術の臨床的有効性と費用対効果を推定する制度であり、評価にあたり完全なエビデンスが求められない(臨床利用後のリアルワールドデータ等からエビデンスを生成する)点でドイツのFast Trackと類似している。「使用推奨」となった場合、有期限(例:3年間)での臨床使用が認められ、2023年5月末時点で3領域、10製品以上のDTxが推奨を得ている。

MIBやMTG、EVAの評価にあたっては、医療的効果や経済的コストに加え、患者団体(家族含む)や医療専門家(医師等)といった患者以外の生の声も考慮しているのが特徴である。2-1項のとおり、ドイツにおけるDTxの評価は、患者が「直接的に」享受する価値を前提としており、基本的には家族や医療従事者等、患者の周囲が享受する価値は考慮されない。DTxがもたらす多様な価値を適切に捉えるためには、患者が直接的に享受する価値のみならず、広く社会に波及する価値も含め、多面的に検討していくことが不可欠と考える。DTxが社会に波及する価値の考慮においては、英国の取り組みが進んでいると言えよう。

3. DTxがもたらす価値とは

読者の皆様と共通認識を持つため、はじめに、筆者が考える「DTxがもたらす価値」の全体像を示したい(図2)。筆者は、DTxの価値を、その享受者の観点から「患者が直接的に感じる価値」または「患者の周囲に波及する価値」の2つに大別し、前者を「医療的価値」、後者を「社会的価値」と整理した。さらに、「医療的価値」を、有効性・安全性に基づく「治療的価値」と治療過程を構造的・プロセス的に最適化し、治療効果の向上または治療機会と自己管理能力の拡大に寄与する「支援的価値」に分類した。

ここからは、ドイツ、英国の事例を参考に、整理したそれぞれの価値について詳細を述べる。

図2 筆者が考える「DTx がもたらす価値」の全体像

3-1. 医療的価値について

3-1-1. 治療的価値

DTxとは「疾患等を治療、管理、予防するため、証拠に基づいた治療介入を提供するデジタル製品」であり、主たる目的の一つに「疾患治療」がある。治療の本質に関わる有効性及び安全性はDTxがもたらす価値のコア要素と言え、本稿では有効性・安全性に基づく価値を「治療的価値」と表現した。

DTxの有効性に関わる価値の要素としては、ドイツにおける「医療上の効果」が該当すると考える。「医療上の効果」として考慮されるアウトカムには、①健康状態の改善、②罹患期間の短縮、③生存期間の延長、④生活の質の向上の4つがあげられる(表1)。

3-1-1-1. 治療的価値に関連する事例

有効性:健康状態の改善

現在、ドイツで承認(本登録、仮登録)を受けている47製品に対し、どのような医療上の効果が検証対象であったかを調査した結果、43製品(91%)で健康状態の改善を検証していた。具体的な検証項目としては、不安やうつ症状、疼痛といった疾患由来の症状の軽減や喫煙状態、体重、HbA1c等の疾患関連指標の改善等があった(表2)。

有効性:生活の質の向上

47製品のうち9製品(19%)が生活の質の向上を検証しており、さらに6製品は健康状態の改善も併せて検証していた。残る3製品(適応疾患:乳がん、多発性硬化症、子宮内膜症)は、生活の質の向上のみを医療上の効果としており、疾患特有の機能障害(疼痛、睡眠障害等)や心理的障害(不安、無力感等)の管理、改善等に伴う生活の質の向上を検証していた。

表2 ドイツ:医療上の効果に対する検証

【参考】有効性:生存期間の延長

DiGAにおいて実証事例が認められなかった医療上の効果の一つに、「生存期間の延長」がある。参考となるが、DiGAとしては登録されていないがん領域のDTxにおいていくつかの事例が存在する。例えば、フランスで初めて保険償還されたMoovcareは、肺がん患者が毎週入力する症状からがんの再発や合併症のリスクを解析するとともに、特異な変化により高リスクと判断された場合、医師に診察や検査の検討を促すアプリである。Moovcareの使用により、1年生存率を約3割改善し15)、全生存期間を7.6か月延長すること16)が証明されている。同様にがん患者の症状記録を医師等と共有し、適切な治療管理を行うアプリであるKaiku Healthは、電子患者報告アウトカムの利用により全生存期間の中央値が5.2か月延長するという研究結果に基づき、アルゴリズムが設計されている17)。他方、がん領域に特化したものではないが、複数の臨床試験のメタ解析において、デジタルヘルスの介入により、全死因死亡率(10.2%から8.5%)並びに心血管死亡率(9.6%から7.3%)を有意に低下させるという結果も出ている18)

安全性

安全性には、DTx本体の安全性(医療機器としての適格性)に加え、DTxの使用に伴い認められる人体への侵襲性が含まれる。DTxは医療機器として認証を受けたデバイスであること、アプリ等を通じた介入のため、直接身体に作用することが想定されていないことから、一般的に物理的な侵襲性は低いと言える。ただし、個人に対し不適当な(ある患者に対しては有効だが、ある患者に対してはふさわしくない)情報提供や介入がなされた場合、心身に悪影響を及ぼす可能性があり、安全性上の懸念は残ることを付言する。

3-1-2. 支援的価値

冒頭で述べたとおり、DTxは、「日常の連続データの取得」や「デジタル技術を用いた治療介入」、「教育の提供による疾患理解の促進」といった特徴を有す。このような特性を活かし、治療効果の提供そのものによる貢献だけでなく、データを通じた日常からの疾患管理やデジタル技術を活用した新たな治療選択肢の提供、治療に対する患者意識の変容による積極的な治療参画の促進等、「治療を中心とした一連の過程の最適化」を通じ、もたらされる価値があると筆者は考える。本稿では、治療過程を構造的・プロセス的に最適化し、「治療効果の向上」または「治療機会と自己管理能力の拡大」に寄与する(治療を支援する)価値を「支援的価値」と整理した。

支援的価値の要素として、ドイツにおける「患者に関連する構造及びプロセスの改善」を基本に考えたい。「患者に関連する構造及びプロセスの改善」には、①治療手順の調整、②ガイドラインや認知された治療基準との整合、③アドヒアランス、④治療へのアクセス促進、⑤患者の安全性、⑥ヘルスリテラシー、⑦患者の自立性、⑧日常生活における疾患関連の困難への対処、⑨患者・親族の治療関連の労力と負担軽減の9つの要素が含まれる(それぞれの価値要素の概要は表1に記載)。これらの価値要素を踏まえ、支援的価値を考える上で重要となるのは、「治療効果の向上への寄与」、もしくは「治療機会と自己管理能力の拡大(迅速な治療アクセス、良好な治療経過等)への寄与」という2つの視点であると筆者は考える。これらの視点から、ドイツにおける「患者に関連する構造及びプロセスの改善」に関わる9つの価値要素を分類したのが表3である。ここからは、表3の分類をもとに、「治療効果の向上」または「治療機会と自己管理能力の拡大」に対して、DTxがもたらす価値を考える。

「治療効果の向上」に寄与する価値

表3のとおり、ドイツにおける9つの価値要素のうち、「治療へのアクセス促進」を除く8つはいずれも治療効果の向上に寄与する価値要素と考える。

例えば、「治療手順の調整」や「ガイドラインや認知された治療基準との整合」といった価値要素は、日常で取得されるデータを介して医療従事者とのコミュニケーションを向上させるとともに、治療の空白期間も含めた適切な介入を行い、個人に合った治療の提供や早期介入による重症化の防止等が期待される。また、「患者の安全性」では、データを介したリアルタイムでの疾患管理を通じて、重症化イベントを早期発見し、患者自身(または家族)が望ましくない事象を迅速に把握することを可能とする。

加えて、日常の連続データの活用やデジタル技術を用いた治療介入により、全国どこでもガイドラインや認知された治療基準と整合した治療(同等の治療)を患者が享受できることは、医療の質の均てん化(医療の質の担保)につながることが期待される。

また、「アドヒアランス」や「ヘルスリテラシー」、「患者の自立性」は、患者への適切な教育の提供により疾患理解を促し、患者の積極的な治療参画や確実な奏功を図る。「日常生活における疾患関連の困難への対処」や「患者・親族の治療関連の労力と負担軽減」も同様に、疾患への適切な対処法や疾患理解に関する教育を通じ、日常における疾患関連の困難や負担等へのレジリエンス(回復力)を向上させ、治療効果を高めると言える。

「治療機会と自己管理能力の拡大」に寄与する価値

本稿における「治療機会と自己管理能力の拡大」に寄与する価値とは、患者の希望に沿った適切な治療へのアクセス確保や治療関連の負担軽減、良好な治療経過(予後の健康維持)をもたらす価値を指す。表3に示すとおり、ドイツにおける9つの価値要素のうち、「治療へのアクセス促進」、「ヘルスリテラシー」、「患者の自立性」及び「患者・親族の治療関連の労力と負担軽減」がこの価値に寄与する要素と考える。

例えば、「治療へのアクセス促進」では、居住地や患者特性(妊娠、治療への抵抗感等)等により、適切な治療へのアクセスが困難であった患者に新たな治療選択肢の提供を可能とする。また、「患者・親族の治療関連の労力と負担軽減」では、精神疾患等において、専門医の不足等により治療開始まで多くの待ち時間を強いられていた患者に対し、アプリ等のデジタル技術を介した迅速な治療アクセスを実現することが期待できる。

また、「ヘルスリテラシー」、「患者の自立性」は、適切な教育の提供により、疾患に対する意識変容と健康行動の実践を患者にもたらす。つまり、DTxは、患者のヘルスリテラシーや自立性(自己効力感)の向上を通じて、罹患により低下した心身の状態を罹患前の状態に戻すだけでなく、罹患前より強化し、疾患の再発や重症化等を防ぐことが期待できるのではないだろうか。実際には、ヘルスリテラシーや患者の自立性の向上と予後の健康維持(再発予防等)の関係性の検証等が必要となろうが、これらは良好な治療経過をもたらす価値要素と言えよう。

なお、後述する「日常生活における疾患関連の困難への対処」の事例において認められた「患者の生産性向上」は、治療の結果として患者が直接的に感じる価値であり、「医療的価値(支援的価値)」の一つとも言える。しかしながら、生産性の対象となる労働や家事、育児等は程度の差はあれ、患者の周囲に影響を及ぼすものである。そのため、患者の生産性向上は社会に波及する価値と言え、本稿では「社会的価値」の一つとして整理した。

表3 筆者が考える支援的価値に対する各要素の寄与

3-1-2-1. 支援的価値に関連する事例

ここからは、支援的価値に関連する具体的な検証事例について、各価値要素のアウトカムを含め確認する。

現在ドイツで承認を受けている47製品において、支援的価値に関連する検証事例(「患者に関連する構造及びプロセスの改善」に関わる事例)を見ると、ガイドラインや認知された治療基準との整合:1製品、ヘルスリテラシー:2製品、患者の自立性:3製品、日常生活における疾患関連の困難への対処:2製品、患者・親族の治療関連の労力と負担軽減:1製品の事例があった(表4、同一製品で複数の価値要素が該当する場合、個別にカウントした)。

表4 ドイツ:支援的価値に関連する検証事例

ガイドラインや認知された治療基準との整合

「ガイドラインや認知された治療基準との整合」は、患者が医師と対面していないときでも、ガイドラインや認知された基準に沿った治療を保証する価値要素である。

ガイドラインに基づいた治療の実施と重症化の予防・早期検出等を目的とするProHerzは、日常のバイタルデータの記録から、心不全患者の自己管理を支援するとともに、デジタル技術を介し、重症化予防のためのパーソナライズされたヘルスコーチング等を提供する。ProHerzの検証においては、心不全患者のセルフケア行動(生命維持、健康的な機能、幸福感を得るための行動)の程度をアウトカムとしている。また、ポジティブケア効果の検証対象とはなっていないが、ガイドラインや認知された治療基準と整合した治療の提供が患者の健康改善や生活の質向上に寄与するとしている。

ヘルスリテラシー

「ヘルスリテラシー」は、対象集団に見合うようにカスタマイズされた医療等情報の提供により、情報の理解と実行を推進し、治療の確実な奏功を実現する価値要素である。

edupression.comは、うつ病患者向けのオンラインベースの心理教育の提供により、うつ病に関する知識を向上させ、症状の軽減を図ることを目的としたDTxである。ヘルスリテラシーの検証に対しては、「うつ病を認識し、治療について十分な情報に基づいた決定を下す能力」をアウトカムとしており、うつ病症状の軽減への寄与が期待される。加えて、うつ病に関する患者の知識を高めることは、病気の経過にもプラスの影響を与える可能性が指摘されており、再発の確率を最大50%減少させるとしている19)

また、過敏性腸症候群に対するCara Care for irritable bowel syndromeは、個別の心理教育の提供を通じ、治療成功に必要な患者のヘルスリテラシー向上を効果の一つとしている。「ヘルスケア、疾病予防、健康増進における情報のアクセス、理解、評価、適用する能力」をアウトカムとした検証が行われており、ヘルスリテラシーの向上が、過敏性腸症候群並びに併存する症状(不安感、うつ病)の緩和や生活の質向上に寄与するとしている。

患者の自立性

「患者の自立性」は、患者の自立的な健康行動の実践並びに増強を通じ、患者が自らの健康関連の決定プロセスに関与するのを効果的に支援する価値要素である。

Mindableは自身で記録した症状や出来事、行動を医師等と共有することで疾患を管理するとともに、適切な心理的教育の提供により、自己効力感や不安に関連した制御能力を向上させる。「抑うつ症状や不安症状に関連するコントロールの知覚」をアウトカムとしており、患者の自立性が広場恐怖症及びパニック障害の症状軽減に寄与することが検証されている。

vorvidaは、認知行動療法に基づき、患者自身が飲酒行動を管理し、飲酒量を減らすスキルを身につけることを支援する。この過程を通じ、自己効力感を高め、再発を予防することも目的の一つとしている。この検証では、「ある状況下での(誘惑に対する)飲酒を避ける能力についての個人の自信」をアウトカムとしており、アルコール消費量の低減に寄与している。

また、器質的原因によるインポテンスの治療に用いられるKranus Ederaは、身体的トレーニングや心理的サポート、疾患に対する教育等を通じ、患者による積極的な治療参画を支援する。この効果の検証には、「自身の健康とウェルネスの管理に対する知識、スキル、自信」がアウトカムとして用いられ、患者の自立性が勃起不全の改善及び生活の質向上に寄与するとしている。

日常生活における疾患関連の困難への対処

「日常生活における疾患関連の困難への対処」は、疾患に関連した日常の困難の軽減並びに克服を支援する価値要素である。

My Tinnitus Appでは、「治療に伴う気分や行動(リラックス/緊張、気分、自尊心、社会的相互作用、意味、行動能力)の変化」をアウトカムとした検証が行われており、耳鳴りに特化した心理教育と自己管理のための指示を患者に提供し、耳鳴りの症状や苦痛、ストレスの軽減をもたらすとしている。

一方、Cara Care for irritable bowel syndromeでは、「仕事の生産性及び日常生活への障害」をアウトカムとし、疾患(過敏性腸症候群)により低下した仕事や日常生活活動の生産性にプラスの効果を与えるとしている。なお、前述のとおり、本稿では、患者の生産性向上を「社会的価値」の一つとして整理していることに留意いただきたい。

患者・親族の治療関連の労力と負担軽減

「患者・親族の治療関連の労力と負担軽減」は、患者及び家族の時間・労力の節約や回避可能な身体的または精神的負担を軽減するという価値要素である。

velibraは、広場恐怖症等に対し、認知行動療法に基づく疾患への対処法やリラクゼーションエクササイズ等に関する情報提供により、患者の不安症状等の軽減を支援することを目的としている。臨床試験において、「心理的問題を抱える人々の一般的な心理苦痛の度合い」をアウトカムとした検証を行っており、疾患や治療関連の心理的ストレスの軽減が、健康状態の改善(不安症状や抑うつ症状の軽減)につながるとしている。

治療へのアクセス促進及び患者・親族の治療関連の労力と負担軽減

ここで挙げた2つの価値要素は、治療のアクセス性改善や治療を受けるまでの患者の待ち時間の低減等を通じ、それぞれの患者にとって適切な治療を迅速に提供することに寄与する。ドイツにおいてこれらを検証した事例は認められなかったが、関連する英国での評価事例を参考としたい。

不眠症に対して用いられるSleepioは、不眠症を患う妊婦に対し、医薬品を使用しない代替選択肢を提供できることを利点としている20)。また、全般性不安障害等の治療に用いられるDaylightは、医療専門家と話したくない人へ治療機会を提供したり、専門家による介入が必要であった認知行動療法の実施をアプリが支援することにより治療の待ち時間を削減したりすることが期待できると評価されている21)

3-1-2-2. 支援的価値の整理

以上を踏まえ、筆者が考えるDTxによりもたらされる支援的価値を図3にまとめる。ドイツにおける「患者に関連する構造及びプロセスの改善」に関する9つの価値要素を、支援的価値の要素とし、各要素によりもたらされるアウトカムからDTxの支援的価値を設定した。これらのうち、実線枠で囲んだものは「治療効果の向上」に寄与する価値、破線枠で囲んだものは「治療機会と自己管理能力の拡大」に寄与する価値である。

図3 筆者が考えるDTxによりもたらされる支援的価値

3-2. 社会的価値について

医療的価値と同様、DTxの利用が社会に波及する価値(社会的価値)もDTxがもたらす価値として認識されることが望ましいと筆者は考える。英国における医療技術の評価事例を参考に、家族(家族介護者)、医療従事者、保険者の視点から、社会的価値について整理したい。

家族(家族介護者)視点の価値

家族(家族介護者)視点の価値として、医薬品では「介護負担の軽減」に言及されている22)。DTxも同様に、治療に伴う早期の健康回復等を通じ、家族の介護負担を軽減することが期待されるが、他方、DTxには、連続モニタリングによる症状管理や遠隔での治療介入といった医薬品にはない特徴がある。例えば、リアルタイム血糖モニタリングシステムであるDexcom G6では、低血糖のアラート機能により、夜間(真夜中)の血糖検査の必要性を減らすことで、糖尿病を抱える子どもの親や介護者の負担を軽減する可能性が患者団体から示されている23)。さらに、親や介護者が糖尿病の子どもから離れているときに経験する可能性のある不安を減らすことも指摘されており、これらは家族の心理的負担を軽減する価値と言えよう。また、「軽度から中等度の不安または気分の落ち込みの症状を持つ子どもや若者のためのガイド付きセルフデジタル認知行動療法」に対するEVAでは、4種類のDTxの使用が推奨されており、これらのDTxによる遠隔治療が、公共交通機関が乏しく、親が車で送迎できない地方の患者の治療アクセスを高めると言及されている24)。これまで未治療であった患者への新たな治療選択肢の提供という観点が主であるが、対面式の治療のため、長時間の移動に付き添っていた家族介護者の負担軽減も期待できると言えるのではないか。

医療従事者視点の価値

医療従事者視点の価値として、「医療資源の効率化」が考えられる。具体例として、うつ病治療に用いられるSpace from Depressionでは、一連の治療に要するセラピストの対応時間を約137分短縮することが示されている25)。また、2型糖尿病に対し、過去及び現在の血糖値からインスリン投与量を最適化するアプリであるd-Navは、患者の血糖値管理に対する医療従事者の介入を減らすことで、医療従事者が糖尿病管理以外の分野に多くの時間を集中できるようになると言及されている26)。加えて、最大呼気流量(ピークフロー)のモニタリングにより喘息患者の症状管理を行うSmart Peak Flowでは、医療従事者との喘息データの共有を通じ、医療従事者が患者の状態を容易に把握し、状態に合わせた治療内容の変更に迅速に対応可能となることが医療専門家から指摘されている27、28)

保険者視点の価値

保険者視点の価値として、DTxの利用による投薬量の削減や重症化の防止等を通じた「医療コストの適正化」が考えられる。例えば、不眠症に対して用いられるSleepioは、診察や投薬の削減により、通常の治療と比較し、1人あたり年間4.52ポンド、3年間の推定で90.08ポンドのコスト削減が見込めると試算している20、29)。また、前述の糖尿病管理システムであるDexcom G6やd-Navでは、重度低血糖や合併症の発生を低減することで、医療コストの低減が期待される23、26)。加えて、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を遠隔管理するLenus COPD Support Serviceでは、患者から報告されたアウトカムやウェアラブルデバイス等のデータを医療従事者と共有することで、入院が必要となる症状増悪のイベントを減少するとしている30)

社会的価値の考慮にあたっては、介護負担や生産性に関するアウトカム、標準治療と比較し削減される対応時間・コスト等を定量的に示し、関係者の理解を得ることが重要である。しかしながら、英国同様、必ずしも定量化できない価値にも目を向け、価値享受の当事者である患者団体(家族介護者含む)や医療専門家等の生の声を考慮することも不可欠な視点と言える。

3-3. DTxがもたらす価値の整理

DTxがもたらす多様な価値を図4のとおり整理した。DTxがもたらす価値のコアとなるのは、健康状態の改善等による治療的価値であり、さらにその周囲に支援的価値が存在する。これら2つは患者が直接的に感じる価値であり、本稿では医療的価値と総称する。支援的価値は、ドイツにおける「患者に関連する構造及びプロセスの改善」に関わる要素によりもたらされる価値とし、治療過程を構造的・プロセス的に最適化し、治療効果の向上または治療機会と自己管理能力の拡大に寄与する10個の価値と整理した。支援的価値は、DTxが有する特徴(日常の連続データの取得、デジタル技術を用いた治療介入、教育の提供による疾患理解の促進等)によりもたらされるアウトカムに基づいており、「DTx特有の価値」と捉えることが可能であろう。

また、医療的価値に加え、DTxの利用が社会に波及する価値(社会的生産性の向上、医療資源の効率化、医療コストの適正化)も同様に認識されるべき価値(社会的価値)として整理した。これらの社会的価値のいくつかは、医薬品でも同様に評価されるべき価値として言及されており、医薬品の多様な価値評価の議論を参考にした取り組みも重要となると考える。

図4 筆者が考えるDTxがもたらす価値の整理

4. まとめ

本稿では、ドイツ、英国の事例を参考に、価値享受者の観点から、DTxがもたらす価値を「医療的価値」と「社会的価値」の2つに大別し、それぞれに関連する価値を体系的に整理した。前述のとおり、医療的価値の中でも、治療過程を最適化し、治療効果の向上または治療機会と自己管理能力の拡大に関わる「支援的価値」はDTxの特性によりもたらされる「DTx特有の価値」と考える。イノベーションを適切に評価し、革新的なDTxが継続的に生み出される環境を構築するためには、有効性・安全性といった治療的価値に加え、本稿で示した「支援的価値」や「社会的価値」も含めて考慮される仕組みを整備することが求められよう。

一方、産業側としては、診療報酬制度におけるDTxの多様な価値の評価の必要性を求めるだけでなく、その価値を客観的に評価できるエビデンスを創出するとともに、価値の享受者へ正しく伝えていくことが不可欠と考える。産業側がまずなすべきことはDTxの多様な価値を具体的に提示し、産官学民のステークホルダーとDTxの多様な価値について議論していくことではないだろうか。

今後、デジタル技術の進歩に伴い、生まれる新たなDTxに応じて、もたらされる価値やその要素は見直されていくべきであるが、本稿がDTxの多様な価値の議論を促進する一助となることを期待する。

このページをシェア

TOP