Points of View 糖尿病について

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医薬産業政策研究所 統括研究員 伊藤 稔

1. はじめに

近くは令和4年12月22日に開催された第16回経済財政諮問会議において提示された新経済・財政再生計画 改革工程表 20221)においても、「予防・健康づくりの推進や高齢者の就業・社会参加に向けた健康寿命の延伸」が社会医保障分野の政策目標の一つとして示されており、健康寿命延伸の重要性は疑いようがない。次世代ヘルスケアの重要目標の一つは「健康寿命の延伸」にある。その実現のためには、ヘルスケアの重心が、病気の治癒を中心とする「診断・治療」から、病気になる前の「未病・予防」や、病気に罹患しても可能な限り制限を受けずに生活していく「共生」に拡大することが望まれる。「健康寿命の延伸」を考慮した場合、糖尿病はその患者及び患者予備群が多数であることより、健康寿命へ大きな影響を有する。そこで本稿においては、糖尿病について、その状況、対策の在り方等を把握する一方、製薬産業が貢献の中心となり得る治療薬の開発状況、更には関連する医療DXの状況についても動向を把握することを目的に調査・研究を進めた。

2. 糖尿病とは

糖尿病は、「インスリンの不足や作用低下が原因で、血糖値の上昇を抑える働き(耐糖能)が低下してしまうため、高血糖が慢性的に続く病気」であり、1型糖尿病と2型糖尿病がある。1型はインスリン依存型とも呼ばれ、自己免疫疾患等が原因でインスリン分泌細胞が破壊され発症する。一方で2型はインスリン非依存型と呼ばれ、遺伝的要因に過食・運動不足等の生活習慣が重なって発症する。糖尿病の恐さは、自覚症状のないままに重篤な合併症が進展することで、微小な血管の障害(細血管障害)である網膜症・腎症・神経障害の三大合併症のほか、より大きな血管の動脈硬化(大血管障害)が進行して心臓病や脳卒中のリスクも高まる。動脈硬化進展作用は耐糖能異常(糖尿病予備群)レベルから出現するとされている。よって、糖尿病においては予防が特に重要であり、生活習慣改善により糖尿病発症の手前で防ぐ一次予防、発症しても血糖値を良好にコントロールし健康に生活する二次予防、更に合併症の発症を食い止める三次予防のいずれもが重要である。2)

3. 糖尿病の状況

図1 「糖尿病が強く疑われる者」、「糖尿病の可能性を否定できない者」の推計人数の年次推移

厚生労働省が健康増進法に基づき実施している国民健康・栄養調査において「糖尿病が強く疑われる者」、「糖尿病の可能性を否定できない者」の推計人数が一定期間毎に示されている(図1)3)。なお、前者は「糖尿病」、後者は「耐糖能異常(糖尿病予備群)」と読み替えることができる。

「糖尿病が強く疑われる者(糖尿病)」は2016年に初めて1,000万人を超え、2019年(医薬産業政策研究所にて、他年と同様の方法にて独自算出)も引き続き増大している可能性がある。この背景には、糖尿病発症割合が高い高齢者の増加が影響していると考えられている。一方、「糖尿病の可能性を否定できない者(糖尿病予備群)」は、2007年の1,320万人をピークに減少し、2016年は1,000万人となった。2019年はほぼ横這いとなっている可能性がある。この背景には、後述する国の施策である健康日本21(第二次)による糖尿病への関心増や2008年に開始された特定健康診査・特定保健指導による予防効果が寄与していると考えられている。5)

図2 糖尿病が強く疑われる者における治療状況

国民健康・栄養調査では、「糖尿病が強く疑われる者(糖尿病)」のうち、現在治療を受けている者の割合も調査されている。2019年(令和元年)調査では、76.9%(男性78.5%、女性74.8%)だった。性・年齢階級別では男女とも40歳代の割合が低いことが窺われ、糖尿病合併症進展の温床と考えられている。(図2)

未治療の原因としては、初期には症状がなく、糖尿病域の血糖レベルでも糖尿病の自覚がない者が多いこと、健診で糖尿病の疑いが示されても受診しない者が多いこと、一度受診しても初期治療のみでその後の受診が中断されてしまうことが想定される。5)(受診中断率は年8%程度と推定されている6)

図3 糖尿病の国民医療費の年次推移(0歳以上)

糖尿病に関する国民医療費は、「糖尿病が強く疑われる者」の増加傾向を反映してか、右肩上がりに増大している。(図3)2019年は12,154億円に達しており、その構成比は全体の3.8%で、疾患順位としては7位を占めていた。

筆者は、政策研ニュースNo.658)において、健康寿命の補完的指標として最も妥当と考えられている介護系データを用い、40歳以上において介護が必要となった主な原因について調査した。その結果、糖尿病は2019年では原因全体の2.9%を占め、原因疾患順位としては9位であった。

以上のように、糖尿病はその患者数の多さから、国民医療費や国民の健康寿命に大きな影響を有しており、有効な対策の実施が期待される。

4. 糖尿病の対策

4-1. 健康日本21(第二次)

国の糖尿病対策として重要な取り組みは、健康日本21である。健康日本21は、国民の健康増進の総合的推進を図るための基本的方針として2000年にスタートした。健康日本21(第一次:2000年度~2012年度)では「一次予防の重視」等を基本方針とし、健康日本21(第二次:当初は2013年度~2022年度でスタート、その後2023年度まで期間を1年延長)では「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」を最終目標として国民の健康づくりを推進してきた。健康日本21(第二次)の基本的な方向は、①健康寿命の延伸と健康格差の縮小、②生活習慣病の発症予防と重症化予防の徹底(NCD(非感染性疾患)の予防)、③社会生活を営むために必要な機能の維持及び向上、④健康を支え、守るための社会環境の整備、⑤栄養・食生活、身体活動・運動、休養、飲酒、喫煙、歯・口腔の健康に関する生活習慣の改善及び社会環境の改善の5つである。生活習慣病の発症予防と重症化予防の徹底に関する目標としては「がん・循環器疾患・糖尿病・COPD」が具体的疾患として挙げられ、2022年10月には健康日本21(第二次)最終評価報告書が公表されている。9)

図4 糖尿病の目標設定の考え方、目標項目の評価
表1 糖尿病の目標項目の評価

糖尿病の対策としては、生活習慣の見直し、肥満の是正、健診による早期発見と保健指導、適切な医療等が切れ目なく行われることが重要とされ、これらは健康な環境づくり、地域・職域の保健事業、健診・保健指導、医療の各段階における対策の強化と連携が必要とされた。合併症(①糖尿病腎症による年間新規透析導入患者数の減少)、糖尿病の適切なコントロール(②治療継続者の割合の増加、③血糖コントロール指標におけるコントロール不良者の割合の減少)、発症予防(④糖尿病有病者の増加の抑制、⑤メタボリックシンドローム該当者及び予備群の減少)、対策(⑥特定健康診査・特定保健指導の実施率の向上)が具体的目標として設定され、最終評価報告書においては目標の評価が示されている。(図4、表1)

目標③血糖コントロールが改善し、目標①糖尿病腎症の新規透析導入患者数はC評価であったが、75歳未満の新規導入者が減少したことより、重症化予防の取組・糖尿病医療の進歩が寄与した可能性が示唆されると評価された。目標②治療継続者は横這いであり、受診勧奨の在り方を検討すべき旨が指摘された。目標④糖尿病有病者数は、代替手法による推計にて、目標値に未達だが一定程度増加が抑制されたと考えられた。目標⑥特定健康診査・特定保健指導の実施率は、顕著な上昇を認めたが設定された目標には未達であった。目標⑤メタボリックシンドロームは中間評価以降悪化傾向があり、今後の特定健康診査・特定保健指導においてより効果的な戦略を用いる必要性が示唆された。服薬中のメタボリックシンドローム該当者の対策は(服薬者は特定保健指導の対象外となるため)不十分であり、今後は服薬中の該当者への対策も重要と評価された。

最終評価報告書では、これらの評価に基づき、糖尿病対策に関する今後の課題について言及されている。糖尿病の一次予防、二次予防、三次予防の各段階において切れ目・漏れのない対策が重要とされ、「適度な運動・適切な食生活・禁煙・健診の受診」の取組を進め、発症・重症化予防や適切体重の維持、健診受診率の向上を推進すべきとされた。健康増進事業を引き続き実施し、栄養・食生活、身体活動・運動等の各生活習慣に関する研究を推進する旨も言及された。糖尿病患者高齢化に伴う高齢者糖尿病対策につき自治体等への周知の必要性が指摘され、サルコペニア・身体活動低下の影響が大きい旨や、認知症のある糖尿病患者への支援の在り方の修正が必要な旨等が示された。がん・認知症と糖尿病に関する研究・対策の推進も言及されている。また、糖尿病に対するスティグマ(社会的偏見による差別)の是正が求められる旨も示された。糖尿病にはうつ状態合併が多く、心理面に配慮した対策の必要性も指摘された。

4-2. 次期国民健康づくり運動プラン

図5 次期プランの推進について(案)

2023年度の健康日本21(第二次)期間満了を見据え、2022年9月より次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会が設置され、2024年度開始に向け次期プランの検討が開始されている。11)(図5)

執筆時点(2023年1月)では5回の委員会が開催され、次期プランの基本的な方針の骨子案、目標案が検討されている。骨子案12)においては、2000年の健康日本21開始以来、基本的な法制度の整備や仕組みの構築が行われ、自治体、保険者、企業、教育機関、民間団体等多様な主体が予防・健康づくりに取り組むようになり、健康寿命は着実に延伸してきたとの総括が示されている。一方で、一部指標(特に一次予防)が悪化している旨、全体は改善しても一部の性・年齢階級別では悪化指標がある旨、健康増進関連データの見える化・活用が不十分である旨、国・自治体ともPDCAサイクルの推進が不十分である旨等の課題が指摘されている。

基本的な方向としては、以下の4点が示されている。①健康寿命の延伸と健康格差の縮小、②個人の行動と健康状態の改善、③社会環境の質の向上、④ライフコース(胎児期から老齢期に至るまで人の生涯を経時的に捉えた健康づくり)。個人の行動と健康状態の改善(方向②)においては、がん、循環器疾患、糖尿病、COPDをはじめとする生活習慣病の発症予防、合併症発症や症状進展等の重症化予防に関して引き続き取組を進めていく旨が示されており、健康日本21(第二次)に引き続き、糖尿病が具体的疾患名として言及されている。

表2 次期プランにおける目標(案) 糖尿病関連

次期プランにおける糖尿病に関連した目標案13)を表2に示す。

健康日本21(第二次)では6目標であったが、次期プランでは7目標が示されている。合併症に関して「糖尿病腎症による年間新規透析導入患者数の減少」から「合併症(糖尿病腎症)の減少」に目標が変わり、より重症化程度が低い層に焦点が当てられている。血糖コントロールについては、「不良者の割合の減少」が「不良者の減少」と修正された。また、従来1つに纏められていた「特定健康診査・特定保健指導」が2つの項目に分離された。大きな流れに変更はないが、健康日本21(第二次)では、最終評価が良好とは言い難い結果であったため、次期プランではその取り組みに期待したい。

4-3. Healthy People 2030(米国)

表3 Healthy People 2030の糖尿病関連目標

日本の対策の参考として、米国の対策を調査した。米国における糖尿病対策では、Healthy People2030(以下、HP2030)14)が大きな役割を担っている。HP2030は、米国保健福祉省(HHS:UnitedStates Department of Health and Human Services)が1979年に開始したイニシアチブであり、国民が直面する健康上の懸念を特定し、健康増進と疾病予防の測定可能な(2020年から2030年までの)目標を設定し、複数のセクターが行動を起こすように設計された国家アジェンダである。HP2030では、複数の疾患・健康状態が対象とされているが、その一つとして糖尿病が設定されている。15)

米国では3,000万人以上が糖尿病を患っており、死亡原因の第7位を占めている。HP2030では、糖尿病の症例、合併症、死亡を減らすことに重点が置かれている。具体的な糖尿病の目標を表3に示す。一見して理解できるように、健康日本21(第二次)や次期国民健康づくり運動プランでは(一次・二次・三次)予防に重点が置かれていることに対し、HP2030では予防も含む疾患対策(糖尿病の症例、合併症、死亡を減らす)を重視している旨を確認することができ、この点の相違が明らかであった。日本の目標数が6~7項目であるのに比し、HP2030では14項目とより詳細であることも相違点と思われた。例えば合併症については、日本では腎症のみが具体的に目標設定されているが、HP2030では網膜症・腎症・神経障害(下肢切断)の三大合併症が全てカバーされ、合併症毎に具体的な目標16)が設定されている。また、HP2030では死亡率も目標に含まれている。特定健康診査・特定保健指導が日本では有効な対策として重視されているが、HP2030では教育が重視されている点は糖尿病ケア環境の違いを反映していると思われた。

5. 治療薬開発(製薬産業の貢献)について

糖尿病に対する製薬産業の貢献を考えた場合、治療薬開発への期待がまず最も上位に位置づけられると推察される。就いては、グローバルな治療薬開発動向を調査した。調査は「明日の新薬(㈱テクノミック)」のグローバル検索機能を用いて実施した。分野は医薬品並びに再生医療とし、ステージはActiveな「前臨床・臨床準備中・Phase1-3・申請中・承認済・発売済」とした。なお、「中止・続報なし」は除外し、「承認済・発売済」については古い品目も含まれるため、2016年以降の品目に限定し、実際の発売状況が判然としない場合もあるため合計値として示した。また、バイオシミラーは除外した。適応症は「1型糖尿病、2型糖尿病、糖尿病(型不明)」とし、糖尿病性の合併症として「糖尿病性網膜症、糖尿病黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害、糖尿病性神経障害性疼痛、糖尿病性足潰瘍、糖尿病性足感染症、糖尿病性大血管障害、糖尿病性心筋症、糖尿病性胃不全麻痺、糖尿病性ケトアシドーシス」も含めて検索した。

表4 糖尿病に関する開発品目数

結果として、糖尿病(合併症を含む)における、現時点(2022年12月28日)のグローバル開発品目数(グローバル検索における全Hit品目数を意味する。なお、複数適応で開発がなされている同一品目は一品目として扱った)は、203品目であった。国別に見た場合、米国143品目、欧州70品目、日本48品目の順で品目数が多かった。また分野の内訳をみた場合、グローバルの203品目は、医薬品155品目(低分子化合物84品目、バイオ医薬品71品目)、再生医療21品目(遺伝子治療9品目、細胞治療12品目)、その他・不明27品目で構成されていた。17)新たなモダリティである再生医療(遺伝子治療・細胞治療)については、米国が9品目・5品目と開発が活発であり、欧州が1品目・4品目とそれに次いでいた。一方、日本は0品目・2品目との状況であった。欧米に比し、日本は低分子化合物に開発が集中する傾向が見て取れた。(表4)

表5 糖尿病に関する開発プロジェクト数

引き続き、現時点における開発状況を検討した。なお、同一品目が複数の適応症で開発されている場合、適応症によって開発進度が異なるケースがあるため、適応症毎に個別に集計した。また、同一適応症でも複数国で開発がなされている場合も、開発進度が異なるケースがあるため個別に集計している。つまり、開発プロジェクト毎の集計となっている。結果として、グローバルでは397の開発プロジェクトが進行していることが見て取れた。国別では米国が158プロジェクトと最多であり、欧州が82、日本が56との順であった。開発進度が第2相、第3相にあるプロジェクトが多数であったが、米国では前臨床~第1相等の若いフェーズでの開発プロジェクト数も比較的多い傾向にあり、新規の開発が活発な状況が伺えた。日本は前臨床12・第1相5との状況であり、欧州と共に米国に次ぐ位置を占めていた。(表5)

表6 糖尿病に関する適応症(開発プロジェクト別)

更に、糖尿病(合併症含む)のどのような適応症で開発がなされているかを検討した。集計は開発プロジェクト毎に実施した。18)(表6)

結果として、全397プロジェクト中152のプロジェクトが2型糖尿病を対象に進められており、次いで糖尿病性網膜症等が78プロジェクト、1型糖尿病が63、糖尿病性腎症が43を占めていた。合併症でも少なくない数のプロジェクトが取り組まれており、糖尿病における合併症対策の重要性を伺わせる結果となっていた。

表7 糖尿病に関する適応症(モダリティ別)

適応症については、モダリティとの関係を詳細にみる目的で別途の検討を実施した。本検討はグローバル全体の状況のみを表出している。(表7)同一品目が複数適応症で開発されている場合、適応症毎に集計しているが、国別の区分は行っていないため表6とは集計数が異なることには注意が必要である。全般的な結果として、低分子化合物は合併症も含む幅広い適応症で開発が進んでいることが見て取れた。タンパク・ペプチドも、低分子化合物に次いで幅広い適応で開発が進んでいた。

適応症毎にモダリティの状況をみた場合、最近のニュースとして2022年11月にFDAが1型糖尿病の発症を遅らせる世界初の抗体薬「Teplizumab」を承認した旨が世間の耳目を引いたが19)、1型糖尿病では細胞治療の開発が多いことも特徴的であった。インスリンを産生・分泌する膵臓β細胞をES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞から分化誘導する試みが2010年前後より活発になされつつあり20)、1型糖尿病の根本治療として今後が期待される。2型糖尿病では、低分子化合物やタンパク・ペプチドが開発の中心を占めていることが見て取れた。また、糖尿病性網膜症では、抗体の開発が盛んなことが特徴的であり、抗VEGF抗体、抗VEGF受容体抗体等の開発が進んでいた。VEGF(vascular endothelial growth factor)は、網膜症における血管新生及び血管透過性亢進を制御する分子カスケードにおいて、最も重要な役割を担うサイトカインの一つであり、糖尿病性網膜症では発現が亢進していることが知られている。21)

以上のように糖尿病並びに糖尿病性合併症では、低分子化合物やバイオ医薬品(タンパク・ペプチド、抗体、核酸医薬等)に多くの開発品が控えており、遺伝子治療や細胞治療等の再生医療も開発が進みつつあることが確認できた。日本での開発情報が確認された品目も散見され、この領域における製薬産業の貢献を確認することができた。これらの開発品が早期に上市され、合併症を含む糖尿病治療に貢献することに期待したい。

6. 糖尿病に関連する医療DXについて

糖尿病では、前述の通り予防が特に重要であり、生活習慣改善により発症手前で防ぐ一次予防、発症後に血糖値を適切コントロールし健康に生活する二次予防、更に合併症の発症をくい止める三次予防のいずれもが重要である。しかしながら、健康日本21(第二次)の目標である「メタボリックシンドローム該当者及び予備群の減少」は悪化傾向にあり、「治療継続者の割合の増加」も変化なしと評価されている現状がある。9)つまり、食事・運動・服薬等セルフマネージメントのサポートや自覚症状のない糖尿病の治療継続モチベーション持続が重要な問題である。この有力な対策の一つとして、IoT機器を用いたセルフマネージメント支援があげられる。次期国民健康づくり運動プラン12)においても、デジタル技術を積極的に活用することで、より効果的・効率的に健康増進の取組を進めることが期待され、ICT・オンライン・アプリを用いたサービスを活用した健康づくり検討の必要性が言及されている。

表8 糖尿病に関連する医療DXの動向

就いては、糖尿病に関連すると考えられる医療DXの事象を調査した。残念ながら、医療DXを十全に調査するに足るデータベース等は未だ存在しないため、各種メディア22)から、過去2年間の医療DX関連情報を国内外問わず収集・分類した。(表8)

結果として49件の事象が確認された。糖尿病に関連する医療DXの全般的傾向として、「デバイスを活用したモニタリング」と「AIを用いたリスク管理」が主要な方向性と思われた。「デバイスを活用したモニタリング」では、発症前の一次予防段階での健康管理や運動支援、発症後の二次予防段階での食事療法・運動療法管理やインスリン投与管理、血糖値測定等が挙げられる。一方、「AIを用いたリスク管理」では、一次予防段階での2型糖尿病の発症予測や三次予防段階(合併症予防)での糖尿病性網膜症のAIスクリーニング等が該当する。代表的な情報を以下に例示する。

  1. (1)
    大阪府が府民に提供している無料の健康管理アプリ「アスマイル」は、2021年12月時点で利用者が27万人を超えた。健康に有用な行動によりポイントが付与される仕組みが優れており、国保加入者は特定健診データが自動転送される。蓄積された健診データを用い、糖尿病を含む3大生活習慣病の発症確率をほぼ正確に予測するAIも開発した。また、伴走型AIとしての機能開発も進め、運動・食生活が生活習慣病罹患リスクをどの程度低減可能かを定量的に示すことを目指している。23)
  2. (2)
    イリノイ工科大学の研究チームは、「糖尿病患者のための人工膵臓システム」を構築する大規模プロジェクトの一環として、米国立衛生研究所(NIH)から120万ドルの助成を受け、インスリン自動投与用の機械学習ツールを開発する。同システムは血糖値管理をサポートするトータルシステムであり、グルコースセンサー、リストバンド、専用スマートフォン、全自動インスリンポンプで構成される。食事・運動等、代謝変化に応じて自動的に最適なインスリン投与を行うことができる。患者行動を機械学習ツールで分析し、血糖コントロールに影響を与える行動を識別・予測する機能を付加しようとしている。24)
  3. (3)
    糖尿病性網膜症のAIスクリーニングを展開するEyenuk社は、同社のAIシステム・EyeArtが「従来の散瞳眼底検査を大きく上回る検出感度を達成した」とする検証結果を発表した。糖尿病性網膜症スクリーニングの有用な補助手段となる。EyeArtは、2020年の米FDA認可以降、米国14州を含む世界18カ国・200以上の施設で使用され、6万人以上の患者でスクリーニングを実施している。25)

糖尿病に関連する医療DXの取り組みを考えた場合、医師が処方する糖尿病自己管理アプリであるWellDoc社のBlueStar Ⓡが、2010年7月FDAより世界初のDTxとして承認を受けたことは大きなトピックだったと思われる。26)BlueStar Ⓡは、服薬遵守、食事・運動管理、心理・社会的健康等の患者の健康行動をサポートし、医師向けの診断サポートを提供することで、患者・医療従事者の血糖コントロール向上を支援するモバイルヘルスシステムである。最近では2020年6月FDAより追加機能の承認を受け、インスリンのリアルタイム調整を容易にするインスリン調整プログラムが追加された。27)日本では、2019年11月にアステラス製薬株式会社より、日本及び一部アジア地域においてWelldoc社と共同でBlueStar Ⓡを開発・商業化する旨が発表された。28)BlueStarⓇの経済効果については、2018年IBM Watson Healthより2型糖尿病における推計が、使用開始時のHbA1c値(過去1~2ヵ月の血糖状態を示す指標)により3ケースに分けて示されている。メディケアの場合、患者一人あたりの年間コスト削減額は、①HbA1c値7%以上の全平均:$1,392、②HbA1c値8%以上の全平均:$3,048、③HbA1c値9%以上の全平均:$3,672であり、全ケースでコストベネフィットがあると予測された29)

また、更なる製薬産業による医療DXの取り組みとしては、2022年2月にノボ ノルディスク ファーマ株式会社がインスリン投与データを自動的に記録し、スマホアプリと連携して患者が投与歴を確認できるインスリンペン型注入器の発売をアナウンスした。データの正確な記録が可能となり、医療従事者との話し合いが充実し、より良い治療効果と長期的転帰の改善に結び付く用量調整の支援が可能となるとされている。30)

糖尿病に関連する医療DXの取り組みは、一次予防・二次予防・三次予防の幅広いフェーズで進みつつあり、製薬産業が本領域で貢献しようとする事例も確認できた。デジタル技術を積極的に活用することで、より効果的・効率的に国民の健康寿命の延伸を成し遂げようとする新たな取り組みの動向には、引き続き注視が必要と思われる。

7. まとめ

高齢化の進行と共に「糖尿病が強く疑われる者」が1,000万人超えて増えつつあり、「糖尿病の可能性を否定できない者(患者予備群)」も1,000万人程度で近年は横這い傾向がみられる等、糖尿病の状況は必ずしも良好とは言えない。その数の多さより、介護が必要となる主原因、国民医療費等で小さくない位置を占めており、国民の健康寿命や社会全体に大きな影響を与える疾患である。通算すると既に20年を超える国民の健康づくり(健康日本21)が推進され、健康寿命は着実に延伸してきたが、全体は改善しても一部の層では指標の悪化傾向が残っている。2024年からは次期国民健康づくり運動プランの実施が予定されており、こうした状況の好転が期待される。

製薬産業には治療薬開発での貢献が最も期待されていると思われ、相応数の品目が開発ステージにある。しかしながら、本邦におけるバイオ医薬品・再生医療(遺伝子治療・細胞医療)等の新規モダリティへの取り組みは、欧米に比しやや見劣りする傾向が見受けられた。引き続き、糖尿病に対する研究・開発の取り組みが期待される。

また医療DXの取り組みは、一次予防・二次予防・三次予防の幅広いフェーズをカバーしつつあり、自覚症状のない糖尿病の治療継続モチベーション持続、食事・運動・服薬等のセルフマネージメントサポート等において、現状を好転させる対策の一つとして今後の展開を期待したい。

糖尿病は予防が特に重要な疾患である。筆者は政策研ニュースNo.6731)において、「循環器病は、生活習慣の改善が重要であることより、国民も疾患との戦いに行動変容との形で積極的に参戦することが望ましい」旨を言及したが、この点では糖尿病も同様である。そういった意味では、糖尿病対策は国民(患者・患者予備群)を含めたもう一つの総力戦と位置づけられるであろう。

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