Points of View 英国NICE のHST から見る医薬品の価値評価

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医薬産業政策研究所 主任研究員 三浦佑樹

1. はじめに

英国NICE(National Institute for Health and Care Excellence;国立保健医療研究所)では、年間50製品程度の医薬品(適応追加等を含む)が医療技術評価の指定を受け、分析・評価を経て公的医療制度での使用推奨が判断されている。1)一般的に医薬品は、技術評価(Technology Appraisal、以下、TA)という枠組みにおいて評価が実施されるが、“非常に希少な疾患の治療技術”に関してはHighly specialized technologies(以下、HST)2)という特別な枠組みが導入された。HSTの詳細は、後述するが、2015年に初めて評価結果(ガイダンス)が公開され、2020年2月時点までの評価内容は、政策研ニュースNo.591)で報告されている。

HSTで評価された場合、費用対効果の基準が大きく引き上げられること(10万~30万ポンド/QALY)に加え、アプレイザル(総合的評価)の過程で費用対効果評価以外の定性的な要素(家族の負担や患者の社会参加可能性など)がTAよりも頻繁に考慮されることもある3)

本稿は、政策研ニュースNo.59で報告したものから2022年9月時点で新たにHSTの対象となった薬剤と修正が加えられた薬剤計10件(HST12~21)のガイダンス4)を対象に、費用対効果評価での定量的分析に加えて、あるいは新たに定性的に行われた1)「イノベーション」、「介護負荷」、「終末期」、「公平性」の観点での評価結果を整理し、考慮された要素や方法を明らかにする目的で調査を行った。

2-1. 英国の医療経済評価の概要

NICEにおけるTAは、従来の治療(薬)と新規の治療(薬)について臨床効果、費用対効果の両方の観点から、推奨される使用法を定めるために行われる。NHS(National Health Service;国民保健サービス)に新規に導入する医療技術は、NICEにおいて費用が効果に見合っているかが検討され、NHSでの使用を推奨するか否かが評価される。5)

HSTは、2017年から導入され、選定条件(図1)に合致したものを対象とする。

図1 HSTの選定条件

2-2. NICEの評価結果の概要とその取扱い

NICEが行うTAは、費用対効果分析を用いる。ここで用いられるアウトカム指標は、QALY(Quality-adjusted life year)である。QALYは、質調整生存年と訳され、生存年数と健康関連QOL(効用値)の積で求めることができる。また新しい治療(薬)を使用したときにかかる追加のコストを、新しく得られた追加の効果(効用)で割ったものがICER(Incremental cost effectiveness ratio;増分費用効果比)である。NICEでは分析ガイドラインに基づき算出されたICERが費用対効果閾値の上限を下回れば一般的に費用対効果が良いとされ、推奨される。

NICEがNHSでの使用を推奨しないという評価を下した治療(薬)は、以降はNICEで再評価されることは原則行われない。NICEにおいて費用に見合った効果が認められないと評価された治療は、NHSの下での使用は実質できなくなる。しかし、抗がん剤などの高額薬剤について製薬企業がPAS(Patient Access Scheme)を申請し、適用が認められた場合には、患者に負担を課すことなくNHSでの使用が可能となる。5)

2-3. HSTの概要

HSTは、図1の選定条件から、対象患者が非常に少ない(英国での有病率が、5万人に1人または、1,100人未満の疾患)こと、慢性的で重度の障害を伴う疾患であること、治療コストが高額であること、生涯にわたって使用される可能性がある、このすべての条件を満たす必要がある。2)

HSTに選定された薬剤で行われる費用対効果評価について、2017年度からHSTへの費用対効果閾値(10万ポンド/QALY)が設定された。6)HSTにおいて、新技術が患者の生涯にわたり獲得したQALYの値に応じて、1~3のウェイト(重みづけ)が適用される等の措置が設けられているのが特徴である。

また希少疾病など治療効果の不確実性の大きな医薬品について、NICEが期限を切って推奨することで早期アクセスを実現する。これはMAA(Managed Access Agreement)に基づき実施されるが、MAAはData Collection Arrangement(以下、DCA)と価格を低下させるためのPASあるいは、Commercial Access Agreement(以下、CAA)からなる。6)DCAでは、「臨床的不確実性」を解決するために収集が必要なデータについて合意するものである。CAAは、Managed Accessの期間の医薬品価格や総予算を決定する。これは、NHS Englandと製薬会社との秘密協定となるが、製薬企業は、NICEによって決定された費用対効果の閾値を潜在的に満たすであろう妥当な範囲で、評価(価格)を申し入れる必要がある。6)

3. 調査方法

本調査の対象は、NICEが公開しているwebサイト2)に掲載されているHSTガイダンス10件(HST12~21)を対象とした。

製品名は、英国のものを表記している。

集計に反映した前提条件を次の通り述べる。各評価は、調査対象であるNICEが公開しているwebサイト2)をもとに確認できたもののみを集計対象とした。評価結果は、NHSでの使用が推奨されているか非推奨かを示した。また、ICER算出時に用いられるQALYとCostに加えて評価時に言及され、費用対効果の内外で考慮に至った要素を4つ(イノベーションの大きさ、介護負荷、終末期、公平性)に整理し、3つの尺度で表した。即ち、ガイダンス内2)で考慮が明確なものを○、言及のみのものを△、言及されていないものを-とした。

これらの前提条件は、中野らの報告1)と基準を揃えた。

4-1. HST評価結果の全体概要

表1 HSTの評価一覧(HST12~21)
表2 前回報告したHSTの評価一覧(HST1~11)

HST評価一覧を表1に示した。

本評価結果から、対象となっている10件いずれもNHSでの使用が推奨であった。10件のうち2件にMAAが締結されており、MAAが締結されていないものはいずれもPASが適用されていた。前回の報告1)時点のものもあわせると、該当した20件すべてが推奨となっている。

イノベーションに関する評価は、調査対象となったHST12~21(10件)の中で、9件がガイダンス中に言及がなされており、そのうち6件は意思決定に考慮されていた。

介護負荷の評価は、10件すべてが、評価内での考慮が明確であった。この結果に関して、詳細は後述する。

終末期等の致死的な疾患での延命治療(以下、終末期)に関する評価はいずれも該当しなかった。今回の調査で終末期は、TAと比較していないため、詳細について言及することはできないが、HSTの対象疾患は、遺伝子の異常が原因になって起きる若年発症の疾患が多いこと、生涯にわたって治療される可能性が高いといった側面から、考慮に該当しなかったものと考えた。

公平性の評価は、2件が意思決定に考慮されていた。今回の調査対象となる疾患がいずれも若年発症する疾患であったため、この点について考慮がなされていた。

前回の報告1)は、2019年10月までが調査対象となっていた。今回は、2022年8月までを調査対象としており、この間で価値評価に違いがあったのか比較した(図2)。前回の報告1)は、11件について言及がなされ、本調査は10件の調査であった。比較に際してHSTのガイダンスで評価内での考慮が明確なものである○と、言及のみされている△の数の和を調査件数で割り、比率を算出した。前回の報告1)では対象となった件数が11件、今回調査では10件とサンプル数が限られているため、統計的検定は行っていない。

結果を図2で示した。前回の報告1)と今回調査では、対象となる疾患や治療薬のモダリティや投与経路など様々な違いはあるものの、その傾向は非常に類似していた。

図2 前回調査と今回調査の評価項目の割合比較

4-2. HSTの個別評価事例

ここでは、表1で示した考慮に至った要素について詳細を述べる。特にHSTのほとんどで言及されているイノベーションと介護負荷(家族等)の代表例について評価事例を取り上げた。なお、各ガイダンスにおける原因や病態に関しては、巻末の補足1にまとめたため参照願いたい。

HST12(神経セロイドポリフスチン症2型)

本ケースは、患者数が非常に少なく、利用可能なエビデンスが限られていた。患者とその家族、介護者にとって重要な痛みなどが分析モデルには含まれていなかった。これらは介護者、家族関係およびこの疾患の兄弟姉妹に対する感情的影響など不可測費用が該当していた。

費用対効果分析で想定されていた家族介護の負担を見ると、健康状態1~2の効用値はデータがなかったため、臨床専門家の意見をもとに設定し(表3)、以降の健康状態は介護者の効用値が直線的に増えていくと仮定されている。家族介護が感じる負担と同様に兄弟姉妹のQOLの影響を示すため、モデルが追加された(表3)。兄弟姉妹の効用値は、通常の状況を1としたとき、CHU-9D7)から得られた効用値0.91との差分から0.09が健康状態7(健康状態3~9の中間)に適用された。健康状態3~9の間は、直線的なモデルに従い効用値が仮定されている。薬物治療によって、病状(健康状態)の悪化を抑えることが期待される。介護者や家族の負担を軽減する可能性がある限り、次の4つに影響を与える可能性があるとされていた。①介護者が患者(子供)を介護することによる感情的・心理的影響、②家族関係および社会的関係の影響(患者だけではなく兄弟姉妹の影響を含む)、③患者(子供)の教育と社会的な交流、④家族の経済状況の4つであり、これらは表3で示した効用値にすべて反映されておらず、その意思決定において、考慮された。家族(親・兄弟姉妹)の介護負荷の効用値は次の通りであった。

表3 介護者と兄弟姉妹の効用値

本ケースの病態は、言語発達の遅れ、続いて発作及び運動機能障害(転倒の増加など)を呈する。ほとんどの患者は6歳までにサポートなしで座ることもできないとガイダンス上で記載されていた。他にも視力障害もきたし、失明にも至る。症状が進むにつれ、患者はますます介護者に依存する。企業が行ったアンケート調査では、患者をフルタイムでケアするため、仕事をやめなければならず、経済状況に影響を及ぼす。家族は様々な手当や給付を受けていることが報告されていると言及され、この給付手続きや申請など家族は身体的・精神的負担が大きいとされている。患者を介護する家族は、感情(心理)的、身体的、経済的に多くの困難な課題に対処しなければならない。これらの課題は、子供の死後まで続き、長期的な影響として捉えられている。またガイダンスでは、有効な治療法に対するアンメットニーズが存在することを念頭に置き、入手することが可能なエビデンスと臨床専門家およびPatient expert8)の意見を検討した結果、本剤が革新的であることを認めた。

HST13(家族性カイロミクロン血症(FCS))

本ケースは、急性膵炎の発症と絶え間ない入院による心理的な影響だけではなく、予測不可能な入院によって、家族は仕事に影響をきたすこと、患者の食事制限のため、通常の家族生活が送れないこと、家族が仕事に就くことをあきらめ、経済的な影響があることなどについて言及されていた。介護負荷について、-0.02の効用値が含まれていた。しかしながら、急性膵炎に対する保護効果、モデルに使用された効用値に関して不確実性があることについて言及された。これら分析モデルでは完全にとらえ切れないベネフィットを考慮にいれて意思決定を行った。その他の要素としてイノベーションについて記載されている。治療法が確立されれば、患者自身にも、家族や介護をする人にも希望を与えることができると説明されていた。

HST14(脂肪異栄養症)

本ケースは、6つのマルコフサブモデルで構成されており、膵臓、肝疾患、心血管疾患、腎臓、神経障害および網膜症である。詳細はここでは言及しないが、患者の合併症など様々なシナリオに応じてEQ-5D9)を用いた介護者の負担の改善、および1.67人の介護者が必要とガイダンスでは言及されており、その影響はいずれもICERに反映していた。

HST15(脊髄性筋萎縮症(SMA))

SMAは重篤な疾患である。子供が小さい場合、呼吸のサポートのため、1時間ごとに体勢を変えること、定期的な体温管理、窒息の恐れがあるため、食事の時間が長くなること、その他侵襲的な治療や自宅での医療機器の使用など、様々な面で患者を管理する必要がある。ガイダンスでは、介護負荷の影響について認めた。その一方、分析では介護負荷を経済評価に含めなかった。その理由は、介護を必要とする子供が長生きした場合、介護者の生産性への悪影響やHRQoL10)への影響が不明であるため、介護者の負担を含めると違和感を覚える結果になる可能性があるためであるとしている。

実際に行われた分析でも薬物治療によって、介護の負担が短期的には軽減され、生存期間が長くなることで、生涯に渡って介護する量が増えていく可能性があり、介護負荷を分析に含めると、ICERは増加した。長期的に必要となる介護のレベルに不確実性があったため、経済分析にこれらすべて含めることは困難であると結論づけた。介護者の効用は意思決定において考慮されるべきであるが、その定量化は極めて困難であるとの結論に達した。

HST17(進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(PFIC)

PFICは、早期発症(通常は乳児期)し、急速に進行し、肝不全に至るため、手術や肝移植をおこなわなければ一般的に20歳を超えて生存することができない。分析結果について詳細は言及しないが、本ケースの費用対効果評価分析のモデルでは捉えられていない要素があったとガイダンスで言及されていた。具体的には次の通りである。①肝移植後の免疫抑制剤の服用を遅らせることまたは、服用の中断による健康上のベネフィット、②PFIC患者の介護者のQOLに与える影響、③他の治療法が侵襲的であること、④PFICの発症年齢が低いこと、⑤本剤が革新的であることの5つすべての要素を考慮に入れ、推奨と判断した。

ここでは、PFIC患者の介護者のQOLに与える影響がどのような過程を経て考慮に入れられたかについて述べる。

本来、介護者の影響はモデルに組み込むべきであるが、その程度は不確実であると結論付けられたこと、しかしながら、Patient expert8)、臨床専門家によって、介護に伴う時間の負担(労働時間の減少や介護のため長期間の休みを必要とすること)、経済的な負担、通院回数についてのコメントがなされ、薬物治療によりこれらの負担が軽減する可能性が認められ考慮に至っている。その他の要素としてイノベーションについて記載されていた。本ケースは、経口投与が可能(非侵襲的)であり、新規作用機序を有することで、搔痒を改善・胆汁酸レベルの低下、相互作用がないなど、標準治療と比べて革新的であること、またこの患者集団においてアンメットニーズが高いことについてガイダンスで言及されていた。

HST18(異染色白質ジストロフィー(MLD))

MLDは、アリルスルファターゼAの欠損により発症する常染色体劣性遺伝形式を示す遺伝病であり、中枢及び末梢神経障害をきたす。病状が進行すると、痛みを伴う痙攣、てんかん、認知症、呼吸障害、失禁や胃腸障害など24時間のケアが必要となると言及されている。そのため身体的、心理的影響、また働くことができないことなどからMLD患者、その家族、介護者の生活に大きな影響を与えると結論付けた。イノベーションに関して、MLDの治療選択肢は限られており、MLDの治療においてアンメットニーズがあることが認められている。MLDの治療の選択肢として本剤を歓迎するだろうとされた。これらの要素について、いくつかは経済分析に含まれているが、これらすべてが定量化されているわけではないと言及がなされ、意思決定においても考慮されていた。

HST19(ムコ多糖症Ⅳ A型(MPS4A))

MPS4Aは、関節や骨の異常、呼吸器症状、痛み、疲労、車いすへの依存などを引き起こす疾患であり、患者およびその家族、介護者の生活の質に大きな影響を与える。分析結果について詳細は言及しないが、本ケースの分析モデルには次の不確実性があった。①病状の進行に応じて患者は車いすに頼るが、病状がどのように進行するのか不明確である点、②長期的なベネフィットをとらえるために不確実な仮定に基づいていた点、③データに不備がある点、④少数のみのデータに基づいた効用値を使用している点(特に車いすに関して)の4つが指摘されている。この他にイノベーションの評価は、新規作用機序を有し、MPS4Aの唯一の治療であり、本剤がもたらす治療効果を認めた。イノベーションの評価も上記と同様にデータの測定、分析が適切にされることで、今後の分析モデルに盛り込まれる可能性を示唆した。これら不確実性を考慮し、費用対効果分析から(ICER/QALYは、30万ポンド未満であった)閾値の範囲内にあるため、推奨された。

HST21(POMC、PCSK1または、LEPR欠乏肥満症)

本ケースは、POMC、PCSK1または、LEBP欠乏肥満症に関するガイダンスであるが、本ガイダンスでは、肥満症が患者・家族にもたらす影響に関して言及されている。具体的には、患者が食べ物を求めることを制止し、食事の管理することなどが挙げられた。本ケースの介護負荷は、HST14で使用された値に基づき負の効用値が一部に適用されたものの、家族(介護者、兄弟姉妹、その他の家族)に及ぼす大きな影響(精神的な影響を含む)、家族の経済的影響などこれらのいくつかは経済分析に含まれているとしたが、健康上のベネフィットを超えたベネフィットは定量化されておらず、意思決定において定性的に考慮したとされた。費用対効果分析から(ICER/QALYは、30万ポンド未満であった)閾値の範囲内にあるため、推奨された。その他の要素としてイノベーションについて記載されていた。本剤は肥満と過食の根本的なメカニズムを治療する最初の薬剤であること、患者集団の中で高いアンメットニーズであることから革新的である可能性があると結論付けた。

4-3. 個別事例から得られた考察

イノベーションの評価に関する考察

イノベーションが評価された事例は、対象となる疾患のアンメットニーズがある・高いことで評価されていた。加えて分析モデルでは捉えきれないものとして、剤形・投与経路の変更や、新しい作用機序を有すること、いままでの標準治療にない治療ができることなどが評価されていた。しかし、これらの要素は、新しい作用機序を有するため、治療効果および安全性が変わることと、生活の質が向上すること、患者の感じる価値は必ずしも一致するとは限らないのではないだろうか。検査値が改善することよりも生活の質が維持・改善する方が患者にとって価値があると考える人もいるかもしれない。実際に費用対効果では生活の質の改善・増加の評価しているため、イノベーションの評価がもたらす価値、たとえば治療ニーズの高さや疾患の重篤性などを定量的に反映することは難しく、今回の調査では、アンメットニーズの高さが意思決定に考慮されるケースが見られた。患者のアドヒアランスが向上するような剤形の工夫や治療ニーズが高いような疾患に対する治療法の確立、新しい作用機序を有する薬剤の登場は、治療選択肢を増やし、治療満足度を高めるためには非常に重要な要素である。そういった意味では、イノベーションを費用対効果とは別にどのように価値として積み上げていくか今後の課題になると考えた。

介護負荷の評価に関する考察

介護負荷の影響について、多くの事例で健康状態・合併症ごとに設定された効用値を薬物治療によって維持・改善することでICERに反映していた。これは、HSTの選定条件の中でも治療期間が長いこと、慢性で重度の障害を伴う疾患であることから、より顕在化しやすい要素であったからであると考える。しかしながら、介護負荷への影響は、費用対効果評価の中だけでは捉えきれない要素があり、データ取得の制約や患者数が少ないこと、分析モデルの不確実性など様々な要素が考えられるが、重要な要素として認められ、意思決定に反映していることが分かった。この要因は、アプレイザルの過程で、データのばらつきが大きい場合や信ぴょう性のあるデータが存在しない場合、臨床試験が終了した段階でコストを正確に把握できない場合に臨床専門家やPatient expert8)の意見をもとに質的に意思決定に考慮されていた。それに加え、分析モデルの不確実性やデータ取得に関して、MAAによって、今後のデータ収集・分析、安全性情報などの確認がなされ、再度ガイダンスの更新と推奨・非推奨を決定する仕組みを構築している。これらの措置は、患者アクセスを阻害しないように推奨・非推奨の決定に寄与していた。

患者自身の生活の質は、どの程度、患者の日常生活に障害があるのかといった点で、その価値を定量化することができるようになっている。またその指標の改良が行われ、より日本人の価値観にあった評価がなされるようになってきている11)。一方で、患者を介護する家族やその兄弟の生活の質を網羅的かつ一律に定量化することは難しいように感じた。本調査で取り上げた事例でも生活の質を測定するため、EQ-5D9)が用いられていた。患者の家族の影響をどのように測るのか、更に検討が必要になってくるのではないかと考えた。

また、HST15のように薬物治療によって短期的に介護負荷が軽減するものの、生存期間が長くなることで、生涯に渡って介護する量が増えるものもあり、介護負荷を分析モデルで網羅することは難しかった。データの蓄積によって分析モデルに組み込むことができればいいが、長期治療によって得られるエビデンスを限られたデータ収集・分析期間の中で医薬品の価値としてどのように評価していくか今後は更なる事例調査が必要だと考えた。

5. まとめ

本ニュースでは、英国NICEにおけるHSTで評価された事例の中で、難病という枠組みではありながら、費用対効果評価とは別に考慮された要素や評価過程の一部が明らかとなった。特にイノベーション、介護負荷の意思決定に考慮された要素では、質的に考慮されたものが散見された。

これら調査結果を踏まえ、本邦における医薬品の価値評価を言及するには、対象疾患、各国のHTAの位置づけや、経済条件など多くの前提が異なるが、定量化できない要素も患者やその介護者など多くのステークホルダーにとって重要な価値であることを認識し、医薬品の価値が、定量化できる要素の積み上げ以外にもあることが認識できたのではないだろうか。ではこれらの価値をどのように評価していくかが課題である。今回は希少疾病を対象としたガイダンスの中で特に難病のような限られた調査対象であったため、データ取得の制約や分析モデルの不確実性などを持つケースでは臨床医やPatient expert8)の意見から意思決定に考慮された事例が明らかになった。すべての薬剤が一律に評価されることは難しいが、今回の調査対象のような希少疾病・難病のようなケースでは、様々なステークホルダーの意見が踏襲された中、評価が進んでいくこと、アンメットニーズの高い疾患において患者アクセスを阻害することなく医療を受けられることが国民にとって納得感の高い価値評価となるのではないだろうか。

本稿で述べた、この定量化できていない価値をいつどのように価格として反映していくかについては、データ取得の制約や疾患ごとのQALYへの寄与度合い、新薬のアクセスなど様々な条件を踏まえた検討が必要となるため、更なる事例の蓄積が期待される。

補足1 HST12~20の適応疾患ならびにその原因・病態

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