Points of View 日本におけるデジタルメディスン開発の加速 -臨床ニーズを具現化する人材・場所-

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医薬産業政策研究所 主任研究員 辻井惇也

1. はじめに

医療・ヘルスケアのあり方が、従来の治療中心から予防・予後に至るライフコース全体へと拡大する中、日常生活から健康に関与するデジタルヘルスは、新たな医療モダリティとして、その存在感を増している。我が国においても、主に一般消費者に向けた健康増進ツールであるデジタルヘルスのみならず、医薬品による治療効果の測定等を行うデジタルメディスンや治療的介入を提供するデジタルセラピューティクス(DTx)等、様々なソリューションの開発・利用が進んでおり、連続的に収集される健康医療データの活用や継続介入による医療の高質化が期待されている1)。しかしながら、新たな医療機器・ヘルスケア開発の推進及び実用化を目指し設置された「医療機器・ヘルスケア開発協議会」において、デジタルヘルスと関連が深いウェアラブルデバイスやセンシングデバイス等に対する日本の競争優位性の低さが指摘されている2)。さらに、政策研ニュースNo.64(2021年11月)で筆者が言及したように、デジタルメディスンの臨床試験動向から見た日本の開発は、現状、他国をリードする状況にあるとは言い難い1)

このような課題の中、2022年5月には、デジタル機器を含む革新的医療機器の研究開発と普及推進を目的とする「国民が受ける医療の質の向上のための医療機器の研究開発及び普及の促進に関する基本計画(以下、基本計画)」の見直しが行われた3)。これは、平成26年に閣議決定された我が国初の医療機器政策に特化した文書である。今般、新型コロナウイルスの世界的感染拡大やSoftware as a Medical Devices(SaMD)の登場等の環境変化を踏まえ改定された第2期基本計画では、医療機器の研究開発の促進のため、我が国で魅力的な「人材」、「場所(医療機器の研究開発を行う医療機関等の場や機会)」、「資金」、「情報」を確保できる環境の構築が目指されている。そこで本稿では、我が国のデジタルメディスン開発の加速に不可欠なこれらの要素のうち、中長期的視点での対応が求められる「人材」、「場所」に焦点を当て、国内外の現状を踏まえつつ、日本の課題と考えうる対策について考察した。なお、本稿は臨床的エビデンスを伴うデジタルヘルス(以下、デジタルメディスン)を念頭に置いた論考であることに留意いただきたい。

2. デジタルメディスン開発とスタートアップ

筆者は、政策研ニュースNo.64において、グローバルでのデジタルメディスン(モバイルアプリ、ゲーム、Virtual Reality/Augmented Reality)の臨床試験動向について報告した1)。今回、同様の検索条件のもと、世界保健機関(WHO)が提供するICTRP(International Clinical Trials Registry Platform)に2022年4月15日時点で収載された全ての情報をデータ範囲とし、プライマリスポンサー(主要依頼者)、セカンダリスポンサー(共同依頼者)及びマネタリサポート(金銭的支援者)のいずれかに該当する企業を抽出した結果4)、212社(重複あり)の関与が認められた(図1a))。このうち、124社(約6割)は、自社でデジタルメディスンの開発に取り組む企業(以下、デジタルメディスン関連企業)であり、特にプライマリ及びセカンダリスポンサーとしての関与が多かった(図1b))。さらに、デジタルメディスン関連企業(124社)のみに着目し、設立年並びに臨床試験登録年を調査したところ、2000年以降に設立された企業が8割以上を占めるとともに(図1c))、会社設立から5年以内に登録された臨床試験が約6割、設立10年以内の登録まで広げると約8割あった(図1d))。なお、デジタルメディスン関連企業の国籍は、米国が半数を占め、日本は4%であった(図2a))。特に米国では、シリコンバレー/サンフランシスコ・ベイエリア及びボストンに所在する企業が多数関与しており、ライフサイエンス領域で高い存在感を示す2地域から多くのイノベーションが創出されていることが見て取れた(図2b))。

図1 デジタルメディスンの臨床試験における企業の関与(企業分類、設立年等)
図2 デジタルメディスンの臨床試験における企業の関与(国籍、所在地)

加えて、DTx承認/認可数の多い米国、ドイツに対し、DTx開発企業の設立年を調査したところ、大半の企業が2000年以降に設立されていた(34社/35社、図3a))。また、会社設立から承認/認可取得までの期間(中央値)は、米国で5年、ドイツで6年であった(図3b))。

図3 DTx開発企業の設立年と承認/認可までの期間

現状、スタートアップの定義として一義的に決まったものはないが、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が2021年7月に公開した調査報告書では、「設立が2000年以降の企業」と定義している7)。これを参考にした場合、スピード感あるデジタルメディスン(DTx含む)の開発に、スタートアップが主要な役割を果たしていると言える。

なお、スタートアップの創設には、アカデミア発の革新的技術が重要な役割を担っていることも忘れてはならない。前述した米国のDTx開発企業では、19社のうち13社で、アカデミアの創製技術が起業の起点となっていた8)。例えば、世界初のDTxとして、2010年に米国食品医薬品局(FDA)より薬事承認を受けたWelldoc社の起源はメリーランド大学であり7)、ゲームベースのデジタル治療として、世界で初めてFDAの薬事承認を取得したAkili Interactive Labs社はカリフォルニア大学サンフランシスコ校での研究成果をもとに創業された9)。米国以外でも、複数のDiGA(ドイツ語でデジタルヘルスアプリの意)に対する承認を取得しているドイツのHelloBetter社はロイファナ大学リューネブルクでの研究を10)、ヤンセンファーマやアストラゼネカ等、多数の製薬企業と提携するオーストラリアのResApp Health社はクイーンズランド大学での研究を起源としており11)、アカデミアが新しい技術の供給源として貢献していると言える。

3. デジタルメディスンの開発を加速する各国の取り組み

3-1. 人材

デジタルメディスン開発において、スタートアップが大きな役割を果たす中、その中核を担う「人材」の育成が重要となっている。はじめに、デジタルメディスンのイノベーションに資する人材育成策について、各国の取り組みを調査した。なお、スタートアップに求められる人材は開発の各段階により様々であるが、本稿では、第2期基本計画で育成の必要性が言及される「臨床ニーズを見出し、研究開発から事業化までけん引可能な人材」について取り上げたい3)、12)

1)アカデミア主導の取り組み

デジタルメディスンを含む医療機器の開発では、主に医療現場や患者さんのニーズを起点とした「Bedside to Bench to Bedside」の手法が取られる13)。その際、ニーズを迅速に探索し、最適な解決策を創出する思考法として、「デザイン思考」が用いられる。デザイン思考とは、製品やユーザーが抱える本質的な課題を見極め、短期間でソリューション開発とユーザーからのフィードバックによる修正を繰り返しながら、課題解決を進めるアプローチである14)

このデザイン思考に基づくイノベーション人材の育成プログラムとして、2001年に米国スタンフォード大学で開始されたBiodesignがあり、デジタルヘルスに特化したプログラム(Biodesign for digital health、Building for digital health)も準備されている15)。Stanford Biodesignは学生や社会人を対象としているが、このうち、社会人を対象とした「Biodesign Innovation Fellowship」では、10ヵ月のカリキュラムを通じ、ニーズ探索・スクリーニング(IDENTIFY)からコンセプト生成・スクリーニング(INVENT)、戦略開発、事業計画(IMPLEMENT)に至る一連のプロセスを学ぶプロジェクトベースの実践的なプログラムを提供している(図4)。異なる専門性(医学、工学、コンピューターサイエンス、ビジネス等)や属性(人種、性別等)を持つメンバーがチームを組み、「多様性」から生み出されるイノベーションを重視しているのが特徴である16)、17)

図4 Stanford Biodesignにおける医療機器イノベーションへのアプローチ

この一気通貫のプログラムから多くのイノベーションが生まれており、既に53のヘルステック企業が設立されている18)。主な例を表1に示す。例えば、2005年度の受講生によって設立されたiRhythm Technologies社は不整脈の診断を支援するウェアラブルシステムの開発を行っており19)、時価総額として約40億米ドルの企業にまで成長している20)。また、2012年度の受講生によるCALA Health社は、本態性振戦に対して新たな治療法を提供するリストバンド型医療機器を手掛け、FDAの承認を取得している21)

表1 Biodesign Innovation Fellowshipの受講生によるデジタル機器関連の起業例

スタンフォード大学の他、カリフォルニア大学サンフランシスコ校では、グローバルなアントレプレナーシッププログラム(起業家教育)を提供し、これまで5大陸300人以上の多様な受講生を受け入れている22)。さらに、ハーバード大学では、大学院生や社会人を対象に、臨床ニーズの観察からイノベーション実装に至るプロジェクトベースのプログラム(Healthtech Fellowship)を提供している23)。本プログラムの開始は2020年と最近であるが、医師やエンジニア、医療技術メーカーの事業開発マネージャー等、様々なバックグラウンドを持つ人材が参加している。

このように、米国では多くの大学が独自の人材育成プログラムを提供している。ただし、共通して言えることは、多様な専門性(医学、工学等)や属性(人種、国籍、性別、アカデミア/企業等)を重視し、イノベーション人材の育成に取り組んでいるということである。革新的イノベーションの創出には、現在の延長線上にないアイデアや技術応用が不可欠であり、人材の多様性はその実現を引き寄せる重要な因子となろう。

また、英国では近年、各大学がデジタルヘルスイノベーションを加速するための人材育成に注力している。オックスフォード大学では2022年度より「Applied Digital Health」という大学院講座を開設し、海外人材を含むアーリーまたはミドルキャリアの専門家に対し、デジタルヘルス開発に資する知識やスキルを基礎から学ぶ機会を提供している24)。この他、セント・アンドリューズ大学25)やブリストル大学26)等、複数の大学が独自のフルタイムプログラムを提供している。これらのプログラムの多くは、1年以上という長期に渡り行われるものであり、デジタルヘルス開発に特化した人材育成として、特徴的な取り組みと言える。

2)国主導の取り組み

他方、国が人材育成を主導する事例もある。前述のStanford Biodesignは医療機器イノベーションの成功事例として、日本をはじめ、アイルランドやシンガポール、インド、イスラエル等、数多くの国で導入されているが、シンガポールでは、経済開発庁や科学技術研究庁(A*STAR)といった政府機関がプログラムの立ち上げと運営の中心的役割を担っている27)。2010年の開始から、59のプロジェクトが資金提供を受け、さらに16社のスタートアップが設立されている。シンガポールのような小規模国家においては、人材を国家成長の源泉(人的資本)と捉え、国が積極的に育成に関与している。

また、英国では、National Health Service(NHS)の一部であるHealth Education England(HEE)が中心となり、医療専門家(医師、薬剤師、看護師等)に対して、組織課題(臨床ニーズ)を解決するデジタルソリューション開発を目指すプログラム(Topol Digital Fellowship)を提供している28)。本プログラムは、保健・社会ケア大臣からの委託に基づきまとめられた、英国での医療労働力戦略の構築に関する文書(The Topol Review: Preparing the healthcare workforce to deliver the digital future(2019年2月発行))から生まれた施策の一つであり29)、NHSで働くすべての医療専門家に門戸が開かれている。2019年の開始からの選抜者は100名を超え、具体的なプロジェクトベース30)の支援を通じ、デジタルイノベーションを具現化するための人材育成が進められている。

3)官民連携の取り組み

フランスでは2013年からFrench Techという施策を実行し、官民が協力しながら、自国のみならず、世界の優秀人材や投資家を取り込み、フランス発のイノベーション創出を目指している31)。また、2021年には「デジタルヘルス加速戦略」を公表し、フランスから革新的なデジタルヘルスを生み出すための国家的支援を強めている32)。ここでは、官民連携による特徴的な取り組みとして、「STATION F」に言及したい33)

STATION Fはパリに居を構える世界最大のスタートアップキャンパスであり、フランス通信事業大手「Iliad社」の創設者であるXavier Niel氏の私財をもとに、2017年に設立された34)。本キャンパスには、約1,000社のスタートアップやベンチャー・キャピタル、パートナー企業に加え、French Tech Missionと呼ばれるフランス政府の代表チーム等も在籍しており、官民の多様なプレイヤーが参画している35)。STATION Fが手掛ける人材育成策として、初期段階のスタートアップに対する「FOUNDERS PROGRAM」や移民/難民及び低所得者のような困難な背景を持つ起業家を対象とした「FIGHTERS PROGRAM」(1年間無料で受講可)、女性起業家への「Female Founders Fellowship」、FemTech起業家に特化した「FemTech Program」等36)、30を超えるユニークなアントレプレナーシッププログラムが準備されている。

STATION Fは自らの価値として、「多様性の構築」を掲げており、上記のように様々な人材に対する育成策が進められている。海外人材や女性起業家に対する積極的な支援が功を奏し、STATION F入居者の1/3をフランス国外の人材が占めるとともに37)、女性が関与するスタートアップも45%に達している。加えて、これらの起業家が集う住居施設も整備されており(延べ4,500人超が利用)、多様な人材の化学反応からイノベーションの創出が目指されている。

また、オーストラリアでは、2017年に承認された「Australia’s National Digital Health Strategy」に基づき、デジタルヘルスサービスの普及に向けた取り組みが進められている38)。本文書では、2022年までに達成すべき7つの戦略的優先事項を設定しており、その1つに「世界レベルのイノベーションを実現するデジタルヘルス産業の繁栄」を掲げている。国家全体でデジタルヘルスの活用を推進する中、その開発の中核を担う人材育成に、官民が連携し取り組んでいる。

米国やその他の国と同様、オーストラリアでも「Biodesign Australia」が実施され、デジタルメディスン等の革新的イノベーションを目指す起業家や様々な専門性を有す研究者に対し、プロジェクトベースの実践的プログラムを提供している39)。Biodesign Australiaは、オーストラリア全土の5つのプログラム(パース、メルボルン、シドニー、アデレード、ブリスベン)をネットワーク化し、リソース、講師及びベストプラクティスを共有することで、参加者に質の高い体験を提供している点が特徴的である。アカデミア(西オーストラリア大学やシドニー大学等)が運営の中心的役割を担う一方、企業や医療機関、政府機関等もパートナーとして名を連ねており、官民が連携した人材育成が行われていると言える。また、博士課程の学生を対象としたiPREP(Industry and PhD Research Engagement Program)Biodesignでは、アカデミアと産業界が連携し、バイオデザインに基づくトレーニングを提供している40)。産業界は、このプログラムで種々のスキルを学んだ優秀な学生の採用機会に対して恩恵を受けることができ、企業におけるイノベーション人材の供給源としての役割も果たしている。

一方、複数国が連携する取り組みもある。欧州連合(EU)の機関であるEIT Health(European Institute of Innovation and Technology Health)では、EU全体のビジネス、研究、教育に関する150以上の組織(アカデミア、企業、政府機関等)とスタートアップを繋げ、ヘルスケア領域でのデジタルイノベーション実現に向けた支援を行っている41)。「教育」においては、EIT Healthがデザインした活動に対し、産官学の様々なプレイヤーが協力する形で、起業家や医療専門家等に教育プログラムを提供している。アントレプレナーシップ教育をはじめ、製薬企業が提起する課題をベースとした実践的プログラム42)もあり、2016年からの4年間で、既に40以上の製品が販売に至っている。加えて、ドイツ等、EUの8つの地域にハブ組織を置き、ハブ毎で独自の教育プログラムも提供している。「起業」と「高付加価値ソリューションの構築」の両立を見据えた特徴的な施策と言える。

4)各国の取り組みのまとめ

人材育成に対する各国の取り組みを表2にまとめる。各国で様々な取り組みが進められているが、筆者は、「多様な人材の確保」、「プロジェクトベースの実践的支援」、「女性起業家や医療専門家等への特化型プログラムの提供」、「国・地域全体で連携(ネットワーク化)する人材育成」をキーポイントとして挙げたい。

表2 各国の「人材育成」への取り組み

3-2. 場所

医薬品同様、デジタルメディスンの開発においても、様々なプレイヤーが相互連携し、イノベーションの種を育てていく必要がある。図5にデジタルメディスンの開発フローの一例を示したが、このフローを確実に、そして迅速に進めていくためには、「臨床ニーズと技術シーズのマッチングの場」及び「実証検証の場」の整備が不可欠と筆者は考える。次に、これらの「場所」に関連する各国の取り組みを俯瞰したい。

1)臨床ニーズと技術シーズのマッチングの場

Stanford Biodesignの創始者であるPaul Yock氏が「A well-characterized need is the DNA of a great invention」と述べているとおり、明確な臨床ニーズの把握は優れたデジタルメディスン創出の起点であり、臨床ニーズと技術シーズのマッチングが開発上、最も重要なプロセスと考える。臨床ニーズは、医療現場の観察から得ることが最も効果的とされ、Stanford Biodesignでは、プログラム全体の3割もの時間をかけ、医療現場を観察し、未充足の臨床ニーズを特定した上で、技術シーズの開発を進めている43)。また、米国ミネソタ大学のEarl E. Bakken Medical Devices Centerでは、医療機関と企業の連携を通じた臨床ニーズの特定、プロトタイピング施設の提供による技術シーズの検証・開発等を推進し、臨床ニーズにマッチした技術シーズの開発をコーディネートしている44)

図5 デジタルメディスン開発フローの一例と必要な「場所」

加えて、世界各地で形成されるエコシステム46)においても、アカデミアや企業、医療機関等による学際的な連携を通じた臨床ニーズと技術シーズのマッチングが加速している。

「ヘルスケアのシリコンバレー」と称される米国ミネソタ州の「Medical Alley」では、医療機器トップメーカーを含む1,000以上の医療関連企業に加え、米国のベストホスピタルに挙げられるメイヨークリニックや前述のミネソタ大学、政府機関等の産官学医のプレイヤーが、臨床ニーズを踏まえたスタートアップのシーズ開発を支援している47)

また、ドイツには、ドイツ連邦経済・気候保護省がイニシアチブを取るデジタルハブ(de:hub)がある48)。これは、ドイツ全土で選定された12地域のハブが連携し、地理的制約を超えたスタートアップへの技術的/ビジネス的支援を通じて、デジタルイノベーションを加速するエコシステムである。デジタルヘルスの開発においては、ニュルンベルク/エアランゲンやマンハイム/ルートヴィヒスハーフェンが中心的役割を担っている49)。このうち、ニュルンベルク/エアランゲンは、ドイツ最大の医療技術クラスターである「Medical Valley EMN」を抱え、500以上の医療関連企業と65以上の医療機関、80以上のアカデミア等による学際的な協力により、臨床ニーズに沿った技術シーズの開発を支援している50)

他方、アカデミアが保有する技術を可視化する取り組みがある。米国大学技術移転管理者協会(AUTM)は、アカデミアが創出した利用可能な技術と企業をマッチングさせるデータベース(AUTM Innovation Marketplace)を作成しており、現状、28,000以上の技術がリストされている51)。本データベースは臨床ニーズと技術シーズのマッチングを目的とした施策ではないが、臨床ニーズ(医療機関)との効果的なマッチングという点で、技術シーズの可視化は参考となる取り組みであろう。

2)実証検証の場

図5のとおり、臨床ニーズの具現化に向けては、医療現場等での迅速な技術シーズの検証が必要である。そのため、適切な実証検証の場の整備が、デジタルメディスン開発の加速に繋がる重要な因子となる。

2016年1月に、米国マサチューセッツ州において開始された包括的な官民パートナーシップであるMass Digital Healthは、約350のデジタルヘルス企業と79の医療機関、アカデミア、研究機関等が連携するエコシステムとして、デジタルヘルスイノベーションを推進している52)。Mass Digital Healthの特徴的な施策の一つに「サンドボックスプログラム」があり、新たな製品やサービスの検証を支援する「場所」が整備されている。医療機関やリビングラボ等の9つのサンドボックスが施設の特徴とともに広く公開されており、目的に応じて、企業等が適切な実証検証の場にアクセスすることが可能となっている53)

加えて、ドイツのMedical Valley EMNの一部であるメディカルバレー・デジタルヘルス・アプリケーションセンター(dmac)は、革新的なアイデアや技術をより速く、より効果的に市場に到達させるため、医療機関での臨床試験の設計や実施、リビングラボでの検証等をコーディネートしている54)

また、デジタルメディスンに特化した施策ではないが、スウェーデンでは、「Swedish testbeds」と呼ばれる環境を整備し、デジタルソリューションの実証検証を促進している55)。この中では、3つ(実験室環境、シミュレート環境、実際の環境)に分類されたテストベッド(12カ所)の情報が一般公開されており、検証目的を踏まえ、企業等が各テストベッドへ容易にアクセスすることが可能となっている。

3)各国の取り組みのまとめ

場所の構築に対する各国の取り組みを表3にまとめる。各国で様々な取り組みが進められているが、筆者は、「技術や実証検証環境に関する情報の可視化」、「産官学医の広範な連携」、「臨床ニーズと技術シーズのマッチング及び実証検証の実施を支援するコーディネート機能」をキーポイントとして挙げたい。

表3 各国の「場所の構築」への取り組み

4. デジタルメディスンの開発を加速する日本の取り組み

ここまで臨床ニーズを具現化するための人材育成や場所の構築について、各国の取り組みを紹介したが、次に日本の現状について見ていきたい。

4-1. 人材

日本においても、大阪大学・東京大学・東北大学が中心となり、2015年からスタンフォード大学と連携した実践的なイノベーション人材育成プログラム(ジャパンバイオデザイン)を開始している56)。医学、工学、ビジネスといった異なる専門性を持つ数名のメンバーがチームを組み、臨床ニーズの探索から事業化までの実践に加え、シリコンバレー等の現地企業でのエクスターンシップ(短期間の実践的な就業体験)を通じて、臨床ニーズの具現化に取り組んでいる。現在まで8社のスタートアップが起業する等、一定の成果をあげている。また、平成31年度から開始された「次世代医療機器連携拠点整備等事業」では、医療ニーズを満たす医療機器開発を担う人材育成の拠点整備を目的に、全国14の大学・医療機関が選定されている57)。例えば、京都大学では、企業人材が医療現場に入り、具体的なプロジェクトの実践に基づく人材育成が行われている58)

起業家人材の育成という観点では、文部科学省が主体となり、若手研究者や社会人等を対象としたアントレプレナーシップ教育が行われている。2017年から始まった次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)では、大学等での研究成果をもとにした起業や新事業創出に挑戦する人材の育成、ベンチャー・エコシステムの構築を目的に、5つのコンソーシアム(24大学)が採択され、これまで130社を超えるスタートアップが起業している59)。現在、この後継事業として、スタートアップ・エコシステム拠点都市(2020年7月に内閣府が選定)における実践的なアントレプレナーシップ教育や起業活動の支援等を行う「大学・エコシステム推進型 スタートアップ・エコシステム形成支援」が開始されている60)。2021年10月には、京阪神(主幹機関:京都大学)、東京(主幹機関:東京大学、早稲田大学、東京工業大学)、東海(主幹機関:名古屋大学)の3つのプラットフォームが選定され、独自のアントレプレナーシップ教育の提供による人材育成が進められている61)

4-2. 場所

1)臨床ニーズと技術シーズのマッチングの場

4-1項で取り上げた「次世代医療機器連携拠点整備等事業」では、医療機器開発の環境構築に向け、開発の鍵となる臨床ニーズと技術シーズのマッチングの機会も提供している。例えば、国立がん研究センター東病院や京都大学では、医療現場のニーズをホームページ上で公開し(京都大学ではニーズ閲覧にユーザー登録が必要)、技術シーズを保有する企業・アカデミアとの連携を促進している62)、63)。加えて、筑波大学では臨床現場の困りごとを収集し、臨床ニーズに基づく企業シーズとのマッチングをコーディネートしている64)。また、大分大学では2017年からCENSNET(センスネット)を立ち上げ、医療・福祉現場でのニーズとアカデミア・企業等のシーズの情報交換の場を設けている65)。2022年5月31日時点で、527件のニーズ、42件のシーズが登録されており、21件で具体的な取り組みが進んでいる。

他方、厚生労働省によるベンチャートータルサポート事業(MEDISO)では、「シーズ宝箱」として、スタートアップやアカデミアの技術シーズを公開している66)。ただし、会員限定の公開であり、スタートアップとベンチャー・キャピタル、既存企業とのマッチングを主目的としている。

2)実証検証の場

日本におけるデジタルメディスンの実証検証の場として最も環境整備が進んでいるのは、「神戸医療産業都市」であろう。神戸医療産業都市は日本最大のメディカルクラスターとして我が国のライフサイエンス領域のイノベーションをけん引しているが、デジタルヘルス分野の事業化も手厚く支援している67)。実証検証においては、神戸にある8つの高度専門医療病院と企業が連携し、医療サービスや技術の実証が可能となっている。特に、神戸医療産業都市に拠点を有する企業に対しては、医療現場との連携をより深化させた「医療現場革新プログラム」を提供している。また、実証検証の場は医療機関に留まらず、2,000を超える市民サポーターを活用したモニター・実証試験も推進しており、日常生活との関連性が深いデジタルヘルスの特性を踏まえた様々な場が整えられている。

東北大学病院では、「医療プロフェッショナルとともに、医療現場に最も近いところでコンセプトを実証する」ことを目的に、旧病床機能を研究開発実証フィールドとして企業に提供する「OPEN BED Lab」を2020年から開始している45)。もともと、東北大学病院では、企業が医療現場に入り、現場観察を通じた医療ニーズの探索を行う「アカデミック・サイエンス・ユニット」というプログラムを立ち上げており、OPEN BED Labと組み合わせ、医療ニーズの探索から実証までをシームレスに繋ぐユニークな開発環境の構築を目指している。

さらに、我が国でも実証検証の場の一つとしてリビングラボの活用が進み始めている。リビングラボは地域社会が有する課題に対し、日常環境での実験を通じて解決を図るオープンイノベーション活動であり、ヘルスケア領域においても、市民や行政、企業等が共同で検証を行う事例が増えつつある68)。例えば、神奈川ME-BYOリビングラボでは、官民が連携し、メンタルヘルスアプリや生活習慣改善アプリ等の実証検証に取り組んでいる69)

5. 日本のデジタルメディスン開発のこれからを考える

5-1. 我が国の課題と対策

4項のとおり、我が国においてもデジタルメディスン開発の加速に繋がる種々の方策が講じられ、既に一定の成果が出始めている。しかしながら、日本がデジタルメディスンにおけるイノベーションの世界的な中心地の一つとなるためには、「人材育成」、「場所の構築」のそれぞれにおいて、まだ克服しなければならない課題があると考える。国内外の取り組みを踏まえ、筆者が考える日本の課題と対策について考察した(まとめは表4参照)。

表4 筆者が考える「人材育成・場所の構築」における日本のデジタルメディスン開発の課題と対策案

デジタルメディスン開発を加速する「人材育成」

種々の人材育成策の成果により、日本のスタートアップは、質・量ともに拡大しつつある。しかしながら、デジタルメディスンの臨床試験動向(図2a))やDTx開発状況を見ると、欧米に比べ、我が国のデジタルメディスン領域をけん引するスタートアップは未だ十分とは言えないであろう。また、起業を支えるアントレプレナーシップ教育も、現状では大学生(学部・修士)の1%にしか提供されていない59)。グローバルでの起業家精神に関する調査(Global Entrepreneurship Monitor(GEM)(2021/2022))によると、我が国の起業活動の活発さ(TEA:Total early-stage Entrepreneurial Activity)70)や起業意思(3年以内の起業予定)は低水準にあることが指摘されている(図6)71)。これらの課題に対して、官民が連携した実効性ある対策を打ち出していくことが求められる。

図6 各国の起業家精神の比較

まず、バイオデザインやアントレプレナーシップ教育等、デジタルメディスンのイノベーションに関わる人材育成プログラムの拡充があろう。米国や英国では各大学が独自のプログラムを提供しているが、デジタルメディスン黎明期と言える我が国では、体系的な人材育成策により、現状、一部の大学や機関に留まるこれらの教育プログラムの対象を拡大し、スタートアップの裾野(起業数)を広げていくことが必要と考える72)。この際、オーストラリアの施策を参考に、人材育成において先行する大学や機関が核となり、実施機関の間で講師や育成プロセス等を共有することで、限られたリソースの中でも日本全体の人材育成基盤の底上げを図ることが重要である。特に、デジタルメディスン開発に深く関わる医・工学系学部に対しては、バイオデザインやアントレプレナーシップ教育に関するカリキュラムの拡充により、若手研究者のキャリアパスの一つとして、デジタルメディスン開発(並びに起業)が選択肢に入ることが望ましい。

さらに言えば、初等・中等教育から起業に触れる機会を提供することも重要である。前述のGEMレポートでアントレプレナーシップ教育が最も進む国として挙げられるフィンランドでは、学習指導要領の中で、小・中学校で育成すべき能力の一つにアントレプレナーシップを位置づけている73)。日本においても、小・中学校での起業体験74)や高校生を対象にした国際起業コンテスト75)等により、早期から起業家人材の育成を目指しているが、教育水準はLevel A国(図6注釈参照)で未だ最下位にあり71)、取り組みの強化が求められる。

また、質の高い人材確保に向けては、起業等の経験を有する人材が新たなイノベーション人材の育成に貢献するというサイクルが自律的に回ることが望ましい。ただし、現状、そのような役割を担う起業家やイノベーション人材が我が国に豊富に存在するとは言えない。そのため、海外の優れた人材育成拠点へ積極的に人材を送り込み、日本におけるイノベーション人材の育成に貢献できる人材を増やしていくことが短期的視点では重要と考える。この推進のためには、官民による経済的支援等、意欲ある人材の海外での成長を後押しする施策が必要となろう。

他方、中長期的な視点で見た場合、我が国のデジタルメディスン開発を加速する上で、日本自体が優秀なイノベーション人材の供給源となることが不可欠であり、より高度で実践的な人材育成プログラムを提供する拠点の設置が必要と考える。その拠点としては、官民が連携するフランスの施策を参考に、選抜された有望な人材やスタートアップが集積する「スタートアップビレッジ」を設立し、先輩起業家や官民の専門家等による多様な教育プログラムの提供を通じた人材育成の強化が求められる。(教育の場に加え、オフィスやラボ、住居等も含めた複合的環境を意図し、スタートアップ“ビレッジ”と称した。)さらに、企業やベンチャー・キャピタル、政府機関等も集い、スタートアップが有する具体的なアイデアを事業化するための技術上・ビジネス上の支援を推進することにより、スタートアップの人材育成と事業化の両輪で、我が国のデジタルメディスン開発を加速させることが望ましい。

加えて、デジタルメディスン開発においては、各国で重視される「人材の多様性」の確保も重要と考える。しかしながら、例えば、ジャパンバイオデザインでは、企業やアカデミアに所属する医師、エンジニア等、専門性を有する人材が幅広く参加しているものの、女性(延べ受講者の約17%)や海外人材(延べ受講者の約9%)の参加はまだ多くはない76)、77)。具体的な打ち手として、スタートアップビレッジにおけるオフィスやラボ、住居の無償提供、家族の生活環境の整備等により海外の優秀人材を集積させること、女性起業家や医療専門家等を対象とする特化型育成プログラムを充実させること等が多様性を生み出す一手となるであろう。特に、グローバル展開を見据えるスタートアップを増やすためには、海外人材を含む多様な人材の連携が重要であり、in personでのネットワーキングにより、様々な人材の出会いを促進する必要がある。スキルの専門性に加え、属性も含めた多様性を意図的に生み出すことが、革新的イノベーションの創出を促進する一助となると考える。

デジタルメディスン開発を加速する「場所の構築」

本稿では、デジタルメディスン開発に重要な「場所」として、「臨床ニーズと技術シーズのマッチングの場」及び「実証検証の場」を挙げた。我が国においても、個々に優れた取り組みが進められる一方で、それぞれの活動が必ずしも密接に連携してはおらず、所属コミュニティや地理的な制約等により、スタートアップが適切な「場所」にアクセス出来ない可能性があると考える。

このリスクの低減に向けては、第一に、「臨床ニーズと技術シーズの可視化」によるマッチング機会の拡充があろう。企業等が実際に医療現場に入り込み、特定した臨床ニーズを開発に繋げる機会の拡充が重要であることは論をまたないが、これに加え、臨床ニーズとアカデミア・スタートアップ等が有する技術シーズを登録・一元化し、公開することで、日本全体での臨床ニーズと技術シーズのマッチング機会を拡大することが可能と考える。既にいくつかの機関が個別に臨床ニーズや技術シーズを収集、公開しているが、ドイツ(de:hub)の施策を参考に、我が国全体の取り組みを一つのエコシステムとして連携させ、マッチングの確率を高める仕組みの構築が必要である。(なお、知的財産権保護等の観点から、技術シーズに対しては一定の閲覧資格を設けることが望ましい。)

第二に、実証検証の場も同様に、一元管理を通じた情報の可視化により、国内外のスタートアップが自らのコンセプトに合った適切な実証検証の場に容易にアクセス出来る仕組みを構築することが重要と考える。4-2項で示したとおり、我が国では医療機関やリビングラボが、組織や地域の特徴を活かしたユニークな実証検証の場を提供している。一方で、それらの情報は分散しており、スタートアップが自身のコンセプトに合った適切な実証検証の場にたどり着くためには相応の時間と労力を要することが想定される。そこで、欧米(Mass Digital Health、Swedish testbeds)や国内(神戸医療産業都市等)の事例を踏まえ、日本国内の実証検証の場の情報を、その特徴とともに一元的に可視化し、スタートアップがより効率的・効果的に実証検証の場と出会える仕組みを整備することが必要と考える。また、世界に先駆けて少子高齢化や人口減少が進み、ヘルスケア領域の課題先進国と言われる日本は、裏を返せば、世界的に魅力のある実証検証環境を整えることが可能である。情報の一元化は、日本発の技術シーズの実用化を加速するのみならず、日本の魅力ある開発環境を広く世界に発信し、実証検証の場として海外の優れた人材や技術を日本へ取り込むことも期待できる。今後、日本の高質な医療技術と多様な医療環境を活かし、魅力ある実証検証の場をさらに拡充していくことも重要となろう。

ここまで述べた2つの「場所」を効果的に機能させるためには、コーディネート機能を持つ専門家機関(政府機関または政府機関により認定された民間機関を想定)が必要と考える。技術や規制、ビジネス等に精通した専門家から構成される機関が、実用化までの将来性を見据えた臨床ニーズと技術シーズのマッチングや実証目的を踏まえたスタートアップと医療機関・リビングラボとの橋渡し等を適切にコーディネートすることが望ましい。

5-2. 製薬産業が果たしうる役割

ここまで大局的な視点から、日本のデジタルメディスン開発について考察してきたが、製薬産業がどのような貢献を果たせるかについても考えたい。

企業人材の育成によるイノベーションの加速

日本で起業が少ない最たる理由は「失敗に対する危惧」である78)。起業の失敗により、金銭的・社会的に再起不能な痛手を負うことへの心理的不安が大きいことが背景にある。さらに、人材流動性の低さも指摘される日本の事情を考慮すると、「社内起業」や「出向起業」等、企業に属した状態での挑戦支援も、革新的イノベーションを加速する一手となるのではないだろうか。

ロート製薬では2020年4月に社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」を開始し、組織の枠を超えた新しい働き方を支援している79)。「明日ニハ」では、Well-beingに繋がる事業が推奨され、クラフトビールの販売やオンライン料理教室等、既に4社が起業する成果をあげている。

一方、出向起業は、企業人材が所属企業を辞職せずに、スタートアップを立ち上げ、新規事業創造に挑戦する取り組みであり、経済産業省が経済的支援等を行っている80)。所属元企業からの出向となる点や所属元企業以外の資本を80%以上活用して起業すること等が社内起業とは異なる。現在、23社が立ち上げられており、企業人材による新たな起業の形として注目されている。

企業人材によるイノベーションの加速には、上記のような起業支援と同時に、デジタル技術等、時代の潮流を捉えた新たな能力開発も欠かせない。しかしながら、日本企業の人的投資(OFF-JT費用、対GDP比)は欧米の10分の1から20分の1と低く、近年さらに低下傾向にあることから、十分な投資が行われているとは言い難い81)。一方、従業員側も、終身雇用制の中で、新たな技術を得なければ、グローバルも含めた他社との競争の中で劣後するとの危機感は決して高くなく、いずれも改善すべき課題と言える。このような中、2020年9月に経済産業省から「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」が公表された82)。「人材」を企業価値に影響を及ぼす無形資産の中核(資本)と捉え、企業に対し、急速な技術進化等に対応するための従業員の自律的なリスキル・学び直しの機会の提供を求めている83)、84)。例えば、住友ファーマや塩野義製薬では、社内公募型のデータサイエンティスト研修や複数プログラムからなるDX研修等、デジタル分野でのリスキルを推進している85)、86)

外部支援のみならず、社内起業等による従業員の挑戦支援やデジタル技術等の新たな専門性に対するリスキル機会の提供を通じ、イノベーションを生み出す企業人材を育成することが、これからの製薬産業が果たしうる役割の一つとなるのではないか。

6. おわりに

本稿では、臨床ニーズの具現化に貢献する人材の育成や技術シーズの実用化を加速する場所の構築について、国内外の取り組みを参考に、日本の課題と考えうる対策を考察した。我が国においても、個々に優れた取り組みが行われ、既に一定の成果をあげていることが確認できた。一方で、日本がデジタルメディスンにおけるイノベーションの世界的な中心地の一つとなるためには、人材育成の質・量両面での充実や臨床ニーズ・技術シーズのマッチング促進、適切な実証検証の場へのアクセス性向上、世界的に魅力のある実証検証の場の構築等が鍵となると述べた。この実現に向けては、個別施策の拡充に加え、大学や医療機関、地域等の従来の垣根を取り除き、日本全体の取り組みを有機的に連携させることが重要と考える。また、このような開発環境が誘因となり、世界の優秀人材や技術シーズが日本に集積したり、海外エコシステムとの連携を強めたりすることで、グローバル展開を見据えた我が国のデジタルメディスン競争力の強化も期待できよう。

上記のように、日本全体を一つのエコシステムと捉え、産官学医の強固な連携のもと、デジタルメディスン開発に資する人材の育成や開発環境の整備を確実に進めることで、米国や欧州等と伍する強力なイノベーション創出環境を我が国で構築することが可能となろう。人材育成や場所の構築は中長期的な対応が不可欠であり、一朝一夕にして効果が出るものではないが、粘り強い取り組みの先には、世界有数のデジタルメディスン開発拠点や人材・技術が集積するハブとしての地位を日本に確立することが出来るのではないか。

また、本稿では、「臨床ニーズを見出し、研究開発から事業化までけん引可能な人材」について取り上げたが、デジタルメディスン開発を進める上では、疾患理解や臨床試験等にかかわる法規制、ビジネス戦略等、開発ステージに合わせたライフサイエンス領域特有の様々な知識や経験を持つ人材が求められる。しかしながら、開発経験の乏しいスタートアップがこれらに単独で対応していくことは、時間やコストの損失に繋がり、失敗のリスクも高まる。そのため、開発フロー(図5)の各段階において、産官学医の多様なプレイヤーによるスタートアップの適切な支援が不可欠となる。製薬産業が有する疾患理解や臨床現場とのネットワーク等は、スタートアップ支援に貢献できる強みであろう。一方で、スタートアップが有する最新の技術情報やデジタルメディスン特有の開発ノウハウ等は、製薬産業においても参考となる部分がある。革新的イノベーションを目指すプレイヤーとして、製薬産業もともに学び、成長する姿勢が重要と言える。

急速なデジタル技術の発達は、今後、予想もし得ない新たなサービスやソリューションを医療・ヘルスケアにもたらし、そのあり様を大きく変えるかもしれない。そのような中、我が国が世界に先駆けて、医療・ヘルスケアの高質化に繋がる革新的なデジタルメディスンを生み出すためには、未充足のニーズを見出し、その本質を捉えた効果的なシーズを迅速に具現化することが求められる。その土台となるのは、アイデアやシーズを創造する「人材」であり、具現化を加速する「場所」である。これは、単独のプレイヤーのみで実現できる未来ではなく、産官学医が一体となった対応が欠かせない。我が国全体としてこのような取り組みを加速させるためには、具体的なビジョンとゴールを定めた方針を打ち出し、明確な国家戦略のもと、強力に取り組みを進めることが重要である。その道筋を示す一つが「第2期基本計画」と考えるが、今後起こりうる様々な社会変化や技術革新等を踏まえ、その方針は都度見直していくことが求められよう。我が国のデジタルメディスン開発のさらなる加速に向け、各プレイヤーが一枚岩となり、種々の取り組みが推進されることを期待したい。

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