目で見る製薬産業 近年における国際共同治験の動向調査

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医薬産業政策研究所 主任研究員 東 宏

要約

  • 近年の国際共同治験動向を更新し、2016年までの全体では横ばいの中、日本参加の共同治験は着実に増加していた。
  • グローバルの国際共同治験のトレンドでは、Phase1およびPhase1/2の比率が増加し、Phase3比率が相対的に低下した。
  • 臨床試験全体では2021年に急増し、米国および中国におけるがん関連の治験数増加(単一国試験)であった。
  • COVID-19関連の治験数は2020年及び2021年でがんに次ぐ2番目の疾病割合であった。

1. はじめに

国際共同治験は、日本の患者さんへ最新医薬をより早く届ける上では重要な取り組みである。これまで政策研ニュースにて国際共同治験の状況や参加国の分析を報告している1)-3)。また国内未承認薬の課題に代表されるドラッグ・ラグの解消に対し、国際共同治験は大きな意味を持つ4)。本稿では、前報となる政策研ニュースNo.58(2019年11月)3)との比較を中心に、直近3年の動向を調査するとともに、年々と重要視されている早期臨床ステージの動向についても分析する。さらに、近年の医療において、新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)の影響が多方面に出ていることは論を俟たない。本稿ではCOVID-19の治療薬やワクチンの治験が、治験全体の水準と構成に与えた影響にも簡単に触れる。

2. 研究方法

政策研ニュースNo.58と調査対象はまず同様の手法を取った。即ち、4節-5節において、米国国立衛生研究所(NIH)等によって運営されている臨床試験登録システム(ClinicalTrials.gov)を用い、同システム内で登録されたInterventional Studies(Clinical Trials)のうち、PhaseがPhase2(1/2含む)またはPhase3(2/3含む)で、Funder TypeにIndustryを含む登録がされている試験を調査の対象とした(2022年4月8日時点)。続く6節-7節は上述に更に対象を拡大しPhase1を含めた。また、本稿では実施国が1ヶ所のみ登録されている試験を単一国試験、2ヶ所以上登録されている試験を国際共同治験と定義した。さらに、疾患別分類については世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)を参考に分類した5)

3. 日本で実施された国際共同治験

まず、本邦で実施された国際共同治験の状況について示す(図1)。

図1 国際共同治験に係る治験計画届件数の推移

国際共同治験に係る治験計画届けの件数は年々増加しており2020年度は450件であった。2011年度の124件から3.6倍にもなり、10年間における年平均成長率は15.4%であった6)。また全治験数に対する割合も上昇傾向が継続し、57.0%と半数以上が国際共同治験となっていた。これは官民様々な施策と尽力により、国内承認薬における国際共同治験の増加が確認されたと考えられる。他方、海外で実施されている国際共同治験と比較することで、本邦の立ち位置を正しく把握できると考え、以降の調査を進めた。

4. ClinicalTrials.gov 登録試験数の推移

ClinicalTrials.govに登録された試験について、図2は試験開始年ごとの推移を2000年から2021年まで示している。世界的に臨床研究結果の公表を促す流れに加え7)、米国食品医薬品局(FDA)改正法8)による米国における治験の事前登録義務化の影響で、2000年代初頭からと登録試験総数が急増した。以降、一度は横ばいに転ずるものの、再度2016年から緩やかな増加傾向となっていた。前回(2018年)の報告からの推移に着目すると、2021年は著しく試験数が増加していた。その内訳を紐解くと、単一国試験数がより増加に大きく寄与していた。詳細な国別毎及び疾患毎の分析は後述する。また直近3年間の変化としてCOVID-19の影響を無視することはできない。この点においても本稿後半で分析を報告する。

図2 ClinicalTrials.gov登録試験数推移

5. 国別の国際共同治験/単一国試験の実施数

2000年から2021年にわたる累積治験数を国別毎、試験タイプ毎(国際共同治験、単一国試験及び試験総数)に分類し、上位30か国を表1に示す。各国の全体的なトレンドは前報と同様であった。本稿では前回との比較や順位変動に着目したい。まず、米国が両試験タイプ及び総数において突出しているのに変化はなく、国際共同治験で11,708件、単一国試験で15,560件と依然として影響力が大きかった。他方、本邦の順位は、国際共同治験は28位から23位に上がっており試験数も3年間で約700試験上乗せしていた。これは本邦の国際共同治験の推進が世界の中でも進んでいるものと理解できる。一方、単一国試験では約200件の増加があったものの、中国の躍進によって前回2位から3位に順位を落としていた。総数としては16位から14位と若干上昇していた。

ここで、特徴的な変化があった国として中国が挙げられる。従来、単一国偏重型であり今回も国際共同治験は35位(1,311試験、表記載外)であったのに対し、単一国試験は前回1,094試験数から約倍増の2,087試験数とし、順位が2位へ上昇している。実施企業の国籍まで調査できていないが、中国における臨床試験の実態については今後注視したい。また、国際共同治験における東欧諸国の動向についても言及したい。既に政策研ニュースNo.58にて米国CRO(開発受託機関)による東欧諸国での率先した治験推進について報告している。そして周知のとおり、本年2月末よりロシア・ウクライナ紛争が発生している。両国で実施している国際共同治験数は試験数全体に対し決して無視できず、ロシアは11位、ウクライナは25位である。紛争における統計への影響はまだ集計時(2022年4月8日時点)では表出していないと推察できる。当該地域における種々の経済活動が現在停滞しており、各試験数は大きく減少することが想定される。今後の変動や他国への影響は注視すべき点であろう。

表1 国別及び試験タイプ別ClinicalTrials.gov登録累積試験数(2000年~2021年)

続いて、図3にて主要国(米国・日本・中国・ドイツ・フランス・イギリス)毎の国際共同治験数の年次推移を、また図4にて当該年で実施された全国際共同治験に対する参加割合の年次推移を示す。2010年からの推移をみると、2016年までは横ばい、以降2018年まで各国とも増加の傾向にあった。本邦は諸国に比べるとより着実に増加しており2018年時点で217試験、全世界の1,035試験(図2)の中では21.0%の参加率であった。また中国も2016年から参加試験数を急激に伸ばしていた。

図3 主要国の国際共同治験数の年次推移
図4 主要国の国際共同治験に参加する割合の年次推移

直近3年の推移に焦点を当てると日本を除き各国とも減少していた。しかし、この点についてそのまま治験数が減少していると認めるのは尚早である。つまり、各治験において開始段階では単一国試験で進め、経時的に別国への治験登録が拡大するケースである。実際にClinicalTrials.govからデータを集計する時期によって、図5に示す通り、約1割程度の試験数が3年程かけて単一国試験等から国際共同治験へ移行する傾向があった。これは実施国不明であった試験の国名登録が進む事例、並びに単一国試験であった治験が国際共同治験へと登録拡大することに起因している。直近のデータは実態を過小評価していることに注意したい。

図5 集計日の違いによる国際共同治験数の変化

6. Phase1を含めた治験動向

これまではPhase2またはPhase3試験について分析した。一方、近年Phase1試験の意義が変化し、その存在感は高まってきている。特にがん領域においてバスケット試験・アンブレラ試験といったプラットフォーム型の試験が盛んに行われている。またこれらの試験がFDA承認においてピボタル試験となる例が出始めている4)。そこで、Phase1試験も加味した解析を図6に示す。

図6 Phase1からPhase3におけるClinicalTrials.gov登録試験数推移

まず国際共同治験(上段)に着目すると、2000年時点で登録数がほぼ0であったPhase1及び1/2の試験数並びに割合が2017年まで漸増し、近年は2~3割の比率を占めるまでに成長していた。詳細には、2010年におけるPhase1及び1/2が計180試験だったものが、2017年には計299試験となり、1.7倍増加していた。また2010年以降、全Phaseを合算した総数の伸びが緩やかになる一方、Phase1及び1/2の割合が増加していた。対照的にPhase3の試験数は2006年から横ばい基調であり、相対的に割合が減少したことから、国際共同治験の早期ステージ化が進んだといえる。

一方、単一国試験(下段)は、前述のとおり2021年の試験数が増加していた。Phase内訳は前年からの変化があまりなく、どのステージにおいても均等に試験数が増えていたことがわかった。また、全年代を通じてPhase内訳は国際共同治験と大きく異なっており、2011年以降の単一国試験ではPhase1及び1/2で半数以上を維持していた。

ここで、図2及び図6でわかった2021年の治験数増加の要因を探るため、治験実施数の国別推移を国際共同治験該非に分け、各上位国を中心に抜粋して表2に示す。多くの国で年次推移が緩やかな変化に留まる中、2020年から2021年における単一国試験において、米国と中国がそれぞれ225試験増、182試験増と顕著に増加していた。さらに各々の試験に対し、ClinicalTrials.govに記載のCondition項目を参考に疾患別内訳をみてみると(表3)、主因はがん領域の試験拡大によるものであり、米国は127試験増、中国は103試験増となっていた。COVID-19関連試験も併せて調査したが、むしろ米国では67試験減であり、中国は4試験増とほぼ横ばいであることがわかった。

表2 国際共同治験該非における治験実施数の国別推移(2021年上位国抜粋)
表3 米国及び中国で実施された単一国試験の疾患別内訳(2021年における上位5疾患を抜粋)

7. COVID-19の治験数推移に与える影響

国際共同治験から話題を少し変え、COVID-19に関わる治験の全体治験数の推移に与える影響に触れる。2019年12月にWHOに初めて報告9)されたCOVID-19であるが、ワクチン開発等に代表される治験が2020年から各国において開始された。実際にどの程度の試験数が実施されているのかを把握するため、前節同様にPhase1からPhase3を対象とし、ClinicalTrials.govに記載のCondition項目を参考に疾患別内訳で分類した。図7に示す通り、2020年では504試験、2021年は408試験であり、全体へ占める割合は11.4%、7.8%と、共にがん領域に次ぐ2番目の多さであった。また、2020年は単純にCOVID-19関連試験分が全体数の増加に直結していないことから、他領域の試験開始が遅延していることと推察する。一方、2021年はCOVID-19関連試験が2020年から96試験減となっていたが、総試験数は795試験増であった。これはCOVID-19対策が進捗し、2020年に停止・遅延していた試験が再開した結果であるものと考察できる。

図7 疾患別治験分類(2019年~2021年)

各疾患別の増減率を表4に示した。COVID-19が突如猛威を振るった2020年において、呼吸器・感染症等(COVID-19除く)・皮膚はそれぞれ29.7%、28.8%、26.6%の減少が見られた中、がんにおいてはほぼ同数を維持し、視覚領域では10.3%の増加が見られた。特に大きな減少が見られた呼吸器領域及び肺炎等を合併症に含む感染症領域は、COVID-19禍で治験を並行すると正しいデータが得られない懸念による鈍化の表れと考えられる。またリスクとベネフィットの関係で、生命に関わる疾患が多いがん領域の治験には影響が少なく、他方、皮膚疾患は一定の遅延が許容される状況だったのか、治験が減少した可能性がある。

続く2021年は医療現場のCOVID-19への対処法がある程度確立され治験実施基盤が回復した為か、COVID-19関連と視覚を除く各領域で2桁増が見られ、精神・呼吸器・皮膚はそれぞれ51.1%、42.2%、41.5%の増加であった。また、COVID-19関連を除く試験総数の増減からわかる通り2年でV字回復していることから製薬産業は柔軟に対応したものと考察する。

表4 疾患別治験増減率(2019年~2021年)

さらにCOVID-19関連試験を国際共同治験該非並びに開始年で分類し、2年合計上位30か国を表5に示す。国際共同治験では米国が合計で1位であり、114試験、64%の参加率であった。続いてブラジル(72試験、参加率40%)、メキシコ(55試験、参加率31%)、スペイン(51試験、参加率29%)、南アフリカとアルゼンチン(43試験、24%)となった。本邦は14試験、参加率7.9%の23位であった。他方、単一国試験では米国が1位で241試験であり、以下、中国(49試験)、ブラジル(30試験)、韓国(29試験)、イギリス(24試験)と続き、本邦は19試験の8位であった。COVID-19については、各国の感染状況や患者数、また各国政府の取った感染対策方針の違いなどがあり、表1に示す他の疾病治験とは異なる順位の傾向が見られた。

表5 COVID-19関連試験の試験タイプ別実施国数(2020-2021年合計上位30位まで)

8. まとめ

近年における国際共同治験及び単一国試験の動向をClinicalTrials.govの登録試験を基に報告した。さらに、Phase1を含めた国際共同治験における状況を解析した。本邦の今後の在り方を考察すると、国際共同治験試験数の増加傾向はドラッグ・ラグの改善にとって良い兆候であるものの、図3に示した通り主要国間で比べた際には、比率はまだ低いと言わざるを得ない。またCOVID-19の治験全体に与える影響は今後も一定期間続くことが予想されるため、動向を注視していく。

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