Topics 新薬と介護確率:疾患重篤化、長期化の予防

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医薬産業政策研究所 客員研究員、学習院大学教授 西村淳一
医薬産業政策研究所 所長、東京経済大学教授 長岡貞男

新薬は病気の治療という医療上の価値だけではなく、症状の緩和によって医療従事者の負荷を軽減したり、治癒によって退院した患者が健康に働いたりといった社会的な価値も創出する1)。例えば、具体的な疾患を想起した場合には、疾患に応じて重要視する社会的価値が変わり、特に関節リウマチ、がん、認知症等の疾患では「介護負担の軽減(病気のケア・サポートを行う家族介護者等の身体的・精神的・経済的な負担の軽減)」の重要度が増加していた2)。また、政策研ニュース第65号では「国民生活基礎調査」に基づき、介護度(要介護状態等区分)を高齢者の健康寿命の補完的指標として利用し、その経年的変化を確認するとともに、公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団のデータと組み合わせることで介護度への薬剤貢献度について考察している3)

新薬は疾患の重篤化を予防することにより介護負担を減少させる可能性があるが、他方で、新薬は重篤な患者を回復させることによって介護負担を短期的には高める可能性もある。したがって、新薬が患者の介護確率にどの程度影響し、また、それが入院の長期化を抑制することにつながるのかどうかは実証的に明らかにすべき課題であるが、入院患者の介護確率に焦点を当てた実証分析はデータの制約もあり非常に少ない。本稿は疾病と介護をリンクした疾患別のパネルデータを構築し、それによって介護確率への新薬の貢献を明らかにしていく。筆者は新薬の貢献について、国民の寿命延伸、入院患者の平均在院日数の抑制、そして入院患者の治癒率の視点から分析を行ってきたが(政策研ニュース第36号、第37号、第45号、第55号)4)、基本的に同じ分析枠組を利用する。新薬は(1)介護の原因となるような疾患の発症確率を下げる効果(例:脳卒中の確率を低下させる)、および(2)発症しても重篤化、長期化を回避し、介護になる確率を下げる効果(例:関節リウマチの重篤化を阻止)の両面で介護確率を下げると考えられる。本稿では療養型病床等に入院している患者を対象に(2)の新薬の効果に注目して検証する。

分析の目的と方法

本稿は厚生労働省の「患者調査」とIQVIAの国際疾病分類(ICD-10)別の医薬品処方データ5)を用いて、療養型病床等の入院患者を対象に主に以下の三つを検証していく6)。第一に、入院患者の「心身の状況」について、特に「移乗」、「食事摂取」、「嚥下」、「排便の後始末」に注目し、これらの行為における入院患者の介護確率(%)を国際疾病分類別に計算し、当該疾患分野における医薬品ストックの増加との関係を分析する。第二に、療養型病床等の入院患者の平均在院日数について、介護確率と同様に国際疾病分類別のデータを利用し、当該疾患分野における医薬品ストックの増加との関係を分析する。この分析によって、療養型病床等の入院患者の重篤化や(症状や入院の)長期化を抑制する新薬の効果を検証する。最後に、療養型病床等の入院患者数を全病床の入院患者数で除し、療養型病床等の入院患者数の比率(%)を国際疾病分類別に計算し、当該疾患分野の医薬品ストックの増加との関係を分析する。これは長期にわたり療養を必要とする入院患者数を抑制する新薬の効果を検証するものである。これらを実証的に分析することで、介護負担の軽減や医療負荷の軽減等、医薬品の社会的価値についての客観的なエビデンスの提供を目的とする。以下では分析モデルと推定方法について説明する。

本稿では以下の三つの推定を行う。

  • 介護確率it

    =α1医薬品ストックit+α2サイエンスの重要度it+α3手術実施率it+α4入院患者平均年齢it+疾患固有効果i+年固有効果t

  • 平均在院日数it

    =β1医薬品ストックit+β2サイエンスの価値it+β3手術実施率it+β4入院患者平均年齢it+疾患固有効果i+年固有効果t

  • 入院患者数比率it

    =γ1医薬品ストックit+γ2サイエンスの価値it+γ3手術実施率it+γ4入院患者平均年齢it+疾患固有効果i+年固有効果t

分析モデルのiは国際疾病分類、tは年(1999、2002、2005年)、それぞれの変数のα、β、γは推定される係数値(パラメータ)をあらわす。推定では誤差項が含まれるが、モデル式では省略している。まず、(1)式では被説明変数(結果)として、国際疾病分類別、各年における移乗、食事摂取、嚥下、排便の後始末別に介護となる確率(%)を計算して用いた。(2)式では療養型病床等の退院患者の平均在院日数(対数値)を用いた。(3)式では療養型病床等の入院患者数の全入院患者数に対する比率(%)である。説明変数(原因)は(1)~(3)式で共通で、医薬品ストック、サイエンスの重要度、手術実施率、入院患者平均年齢である。これらの変数も国際疾病分類別、各年に計算されており、詳細は次節で説明する。

分析モデル(1)~(3)はそれぞれパネル固定効果推定によって係数値を求める。疾患固有効果として国際疾病分類ダミーを、年固有効果として年ダミーを入れている。疾患固有効果は直接把握することが困難な疾患固有の特性をコントロールすることができる。例えば、介護になりやすい疾患や重篤度の高い疾患では、同時により多くの新薬が開発される傾向があるが、固有効果をモデルに含めることで医薬品ストックの介護確率への影響をよりバイアス無しに推定することができる。もし固有効果をコントロールしない場合、分析モデルでは重要な変数が欠落することで、係数値は推定バイアスの影響を受ける。あるいは、重篤度の高い疾患では介護確率が高く、その結果、その治療を目的とした新薬開発が促されるという逆因果の関係を把握してしまう可能性がある。これらの欠落変数や逆因果による推定バイアスは内生性の問題といわれ、疾患固有効果をモデルに含めることでその問題を緩和することができる。同様に、年固有効果についてモデルに含めることで、変数として観測されない時変的なショックの影響を考慮することができる。例えば、推定期間における医療制度や入院患者の構成等の経年的な変化の影響を年固有効果によって吸収することで説明変数の推定バイアスを補正していく。

それぞれのパネル固定効果推定では、国際疾病分類別の入院患者数で重みづけを行った。このように重みづけを行うことで、入院患者数の多い疾患分野のデータの傾向が反映されやすくなる。例えば、入院患者数が1人しかいない疾患分野と、数万人の入院患者数がいる疾患分野を同列に扱うのは問題であろう。それぞれの疾患分野では観測される入院患者数(サンプルサイズ)が異なることでデータのバラつきも異なり、より多くの入院患者数がデータとして得られる疾患分野の結果が反映されやすくなることで推定の安定性が増す。そこで、(1)式と(2)式では療養型病床等の入院患者数で重みづけを行い、(3)式では全病床の入院患者数で重みづけをした推定を試みた。

最後に、推定における留意点について述べておく。本稿で利用する患者調査は毎年9月~10月頃にかけて全国の医療施設に対して層化無作為抽出を行い、調査回答データから推計患者数等を計算して求めている。そのため、特定の患者に対して継続的な調査を行ったものではない。よって、入院患者については調査時点で入院したばかりの患者、入院から1年経過した患者、既に長期入院している患者等、様々な状態の入院患者が含まれていると予想される。しかし、本稿の推定ではその入院患者の構成は経年的には大きな変化がないと仮定している。もしその患者構成が疾患別にみて経年的に大きく変化している場合、介護確率等の被説明変数に影響し、係数値は推定バイアスをともなうだろう。ただし、パネル固定効果推定では疾患別の固有の特性は疾患固有効果によって除去されるため、推定される係数値はある疾患における経年的な平均的変化を捉えている。よって、その疾患の患者構成が経年的に大きく変化している場合は問題となるが、年固有効果を分析モデルに導入することである程度その問題は制御されているといえる。

変数とデータ

ここでは分析モデルで用いる変数についてより詳細に説明する。まず、被説明変数である介護確率、平均在院日数、入院患者数比率はすべて患者調査から測定されたものである。患者調査は2005年調査まで療養型病床等の入院患者について心身の状況を調査していた。患者調査は3年ごとの調査であるが、1999年、2002年、2005年の期間においては移乗、食事摂取、嚥下、排便の後始末という4点について、それぞれ「自立して行える」、「見守りが必要(介護者の指示を含む)」、「一部介助が必要」、「全介助が必要」(嚥下については「できる」、「見守りが必要(介護者の指示を含む)」、「できない」)という区分けで入院患者数のデータを共通して入手することができる。よって、本稿ではこれらの行為を自立して行える患者を除き、それ以外の患者は何らかの介護や見守りが必要なものと判断し、この入院患者数を全入院患者数で除することで介護確率を測定した。その際、介護確率は65歳以上と65歳未満(0歳~64歳)で年齢階級別に計算した。また、患者調査は国際疾病分類と部分的に接続できるようにデータが構築されている。そこで、国際疾病分類と接続することで約40疾患の介護確率をパネルデータとして構築できた(補論表1)。次に、平均在院日数は療養型病床等の退院患者の平均在院日数を患者調査より入手した。入院患者数比率は療養型病床等の入院患者数を全病床の入院患者数で除した値を計算した。これらの被説明変数についても国際疾病分類でみて約40~50の疾患分野でパネルデータとして構築できた。なお、介護確率以外の被説明変数については、1999年、2002年、2005年以外の期間についてもデータを入手することはできるが、分析結果の比較のため、同期間のデータを用いている。

療養型病床等の入院患者とは主として長期にわたり療養を必要として入院された患者をさす。1999年の療養型病床等の入院患者総数は約27.4万人、2002年に32.5万人、2005年には36万人と増加傾向にある。これは国勢調査でみる高齢化率や65歳以上人口の増加率と似たような傾向をもっており、療養型病床等の入院患者数の増加傾向は制度変更というより、このような高齢者の増加に起因するものと予想される。実際に、分析期間においては2001年の医療法改正によって療養病床の再編が開始されたが、病院や診療所の療養病床において長期療養に相応しい療養環境を提供できるよう、以前の基準と同じ人員配置基準や構造設備基準が定められ、療養病床における医療提供体制に大きな変更はなかった7)。また、2005年12月1日の政府・与党医療改革協議会による医療制度改革大綱では入院患者の平均在院日数を短縮するための一つの取り組みとして療養病床の再編が述べられ、2006年7月には慢性期入院医療(療養病床)にかかわる診療報酬が大幅に改定され、医療区分・ADL区分によって算定されるようになったが、これらの制度変更は本稿の分析期間対象外であり、本分析には大きな影響をもたらすものではないと考えられる8)

次に、説明変数について述べる。まず、最も重要な変数は医薬品ストックとサイエンスの重要度である。これらの変数の作成とデータの詳細は政策研ニュース第45号と第55号にて説明しているため、ここでは簡潔に述べる9)。医薬品の革新性を考慮するため、医薬品を保護する特許群の科学論文引用情報より、サイエンスの寄与度が高い(少なくとも1件以上の論文引用が発見された)医薬品成分を特定した。本稿ではそのような医薬品をサイエンス集約的医薬品と呼ぶ。医薬品は1つの疾患分野において、かなりの数の成分が処方されており、その多くは栄養剤等の治療補助剤も含まれている。これらの医薬品は治療をサポートすることに貢献はするが、疾患それ自体への治癒の貢献をみるにはノイズになりうる。そこで、国際疾病分類別に売上高の高い医薬品の薬効をみることで、当該疾患分野でメインに処方される(栄養剤、補助剤などではない)医薬品成分を特定した。これらの手順を通して、サイエンス集約的メイン成分ストック、サイエンス非集約的メイン成分ストック、サイエンス集約的非メイン成分ストック、サイエンス非集約的非メイン成分ストックという4つの医薬品ストック変数を国際疾病分類別に1995~2012年の期間で構築した。このうち、サイエンス集約的メイン成分ストックが最も治療への貢献度が高いと予想している10)。ただし、これらのストック変数はあくまで成分ベースのカウントデータであり、各疾患における利用可能な医薬品の多様性を測定しているが、引用している科学論文がどの程度重要なものかを評価していない。そこで、医薬品成分が引用している科学論文の被引用件数(対数値)の平均値からサイエンスの重要度を測定した。このサイエンスの重要度の指標についても、国際疾病分類別に同期間で測定し、かつメイン成分と非メイン成分に分けて作成している。

医薬品以外の様々な医療行為も入院患者の心身の状況に影響するだろう。これらの医療行為の実施状況を分析モデルで制御することで、医薬品の貢献をより正確に検証することができる。そこで、国際疾病分類別に手術実施率(各疾患の手術実施件数を該当疾患の入院患者総数で割った値)を患者調査より求めて分析モデルに組み込んだ。また、入院患者の状態は患者の年齢にも依存すると予想されるので、国際疾病分類別の入院患者の平均年齢を計算し分析モデルに入れた。ただし、これら2つの説明変数は療養型病床等の入院患者についてはデータがとれないため、全病床における入院患者を対象としたデータより作成している。被説明変数は療養型病床等の入院患者のみを対象に作成されているため、この2つの説明変数には測定誤差というノイズが生じるかもしれない。そこで、これらを除去した推定も行い結果の頑健性を確認したが、医薬品ストックやサイエンスの重要度の係数値に大きな影響はなかった。

分析結果

分析モデル(1)~(3)の詳細な推定結果は補論にまとめている。ここでは主たる結果について述べるとともに、医薬品ストックとサイエンスの重要度に関する推定された係数値から、その影響度についてまとめる。

まず、65歳以上の入院患者を対象に(1)式の介護確率の推定結果(補論表2)をみると、移乗と排便の後始末において、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)の係数値が負で有意となっている。例えば、移乗のモデル2でみれば、サイエンス集約的メイン成分ストックの係数値は-0.477で、これはある疾患においてサイエンス集約的メイン成分ストックが1品目増加すれば、その疾患における移乗の介護確率が平均的に0.477%減少することを意味する。また、サイエンスの重要度(メイン成分)の係数値は-11.14で、これはある疾患においてサイエンスの重要度(メイン成分)が1%上昇すれば、その疾患における移乗の介護確率が平均的に0.111%減少することを意味する。移乗と排便の後始末の推定結果から、説明変数を段階的に入れ替えると多重共線性ゆえに、説明変数の係数値の大きさや有意水準に変化はみられるが、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)についてはそれらの介護確率の減少に貢献しているとみてよい。一方で、食事摂取と嚥下については医薬品ストックの有意な影響はみられなかった。これらの行為においては入院患者の年齢に大きく左右されると思われる。このような推定結果は65歳未満の入院患者についても同様の結果が得られている(補論表3)。ただし、65歳未満の推定結果の方が、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)の係数値が大きく、医薬品とサイエンスの貢献が大きいものと考えられる11)

図1は補論表2のモデル2で得られた係数値から、移乗の介護確率に関する実測値と仮想値の推移を示したものである。ここで実測値とは、1999、2002、2005年のそれぞれの期間で実際に観測される移乗の介護確率の疾病横断的な平均値である。また、仮想値とは、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)の両変数が仮に1999年時点の初期値から変化しない場合の移乗の介護確率の疾病横断的な平均値である。実測値をみてわかるように、この期間における移乗の介護確率は増加傾向にあり、1999年に58.07%だったが、2005年には73.03%へと14.96%の増加だった。この理由については本稿の検証の範囲外であるので定かではないが、高齢化率や65歳以上の人口増加が影響しているのかもしれない。仮想値については、2005年に76.82%へと増加しており、1995年と比べて18.75%の増加である。これらを総合すると、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)がこの期間に増加することで、1999年を基準に2005年時点で評価して、3.79%の介護確率の減少に貢献したといえるだろう。この3.79%は全体の増加分18.75%のうち20%程度となる。

図1 移乗の介護確率に関する医薬品ストックとサイエンスの重要度の貢献

次に、(2)式の平均在院日数の推定結果(補論表4)をみると、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)の係数値が負で有意であった。例えば、モデル1では、サイエンス集約的メイン成分ストックの係数値が-0.042で、これはある疾患においてサイエンス集約的メイン成分ストックが1品目増加すれば、その疾患における平均在院日数が平均的に4.2%減少することを意味する。モデル2では、サイエンスの重要度(メイン成分)の係数値が-0.970で、これはある疾患においてサイエンスの重要度(メイン成分)が1%上昇すれば、その疾患における平均在院日数が平均的に0.970%減少することを意味する。(1)式の結果と同様に、説明変数を段階的に入れ替えると多重共線性ゆえに、説明変数の係数値の大きさや有意水準に変化はみられるが、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)については平均在院日数の減少に貢献しているとみてよい。このような平均在院日数の推定結果は、(1)式の介護確率の移乗と排便の後始末の結果と整合的といえるだろう。

さらに、(3)式の入院患者数比率の推定結果(補論表5)をみると、いずれの説明変数も統計的に有意な影響はみられなかった。モデル1~モデル3において、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)の係数値は負であるが、統計的に有意ではない。また、モデル4では、多重共線性ゆえにそれらの係数値も正となっているが有意ではない。新薬ストックの拡大は療養型病床等の入院患者だけではなく、それ以外の入院患者も減少させると考えられるので、比率では効果が測定できない可能性がある。

最後に、推定結果の頑健性について行った2つの分析結果の概要を報告しておく。まず、医薬品の普及ラグを考慮し、説明変数のラグ付きモデルによる推定も行った。新薬は上市されたとしても、その有効性が認知されるには時間を要し、徐々に市場シェアを獲得していくものと想定される。そこで、そのような普及ラグを考慮して、医薬品ストックとサイエンスの重要度の説明変数について1年~2年ラグを付けて補論表2~5と同様に推定を行った(例えば、1999年の介護確率に対して、1998年あるいは1997年のサイエンス集約的メイン成分ストックの件数で回帰分析を行うということ)。その結果、1年~2年ラグでは、ラグ無しモデルの推定結果とほぼ同様の結果が得られたが、係数値の大きさでは1年ラグが最も大きいことがわかった。これらの結果から、ラグ付き説明変数のモデルでも結果は頑健といえる(ただし、3年以上のラグ付きモデルでは説明変数はすべて有意ではなくなったので、1~2年以内におおよその新薬は普及していると考えられる)。

次に、我々はデータの制約によって短期間のパネルデータを使った分析を行っているが、他の成果指標でもこのような短期間の分析で有意な結果が得られるかである。このため、全病床における入院患者の治癒率と平均在院日数のデータを用いた推定を行った。補論表2~4の結果は療養型病床等の入院患者を対象とした結果であるが、これと同時期間において全病床における入院患者の治癒率と平均在院日数にも医薬品ストックとサイエンスの重要度が同じような影響を及ぼすかどうかも検証した。詳細な推定結果は省略するが、サイエンス集約的メイン成分ストックとサイエンスの重要度(メイン成分)は入院患者の治癒率に有意に正の影響を与え、また、サイエンス集約的メイン成分ストックは平均在院日数に有意に負の影響を与えることが確認できた。これらの結果は総合して、補論表2~4と整合的な結果といえるだろう。

おわりに

本稿は新薬と介護確率について、療養型病床等の入院患者を対象に、患者調査と医薬品ストックのデータを国際疾病分類別に接続して、介護-疾患-医薬品ストックのパネルデータを構築して、分析を行った。疾患のパネル固定効果推定による推定の結果、入院患者の心身の状況について、移乗と排便の後始末では、重要なサイエンスの知識を活用した新薬ストックの拡大がそれらの介護が必要となる確率を下げる効果をもっていた。例えば、移乗の介護確率については、1999年を基準に2005年時点で評価して、3.79%の介護確率の減少に貢献していた。この3.79%は介護確率の全体増加分18.75%のうち20%程度を占める。このような介護確率の引き下げによって、入院患者の自立が促進されれば、介護負担や医療負荷の軽減に寄与するものと思われる。また、自立によって入院患者の生活の質も改善されるだろう。このように、新薬は入院患者の重篤化や長期化の予防、そして既に介護を目的として入院している患者や医療従事者の負担を軽減することにも貢献していることが示唆される。その結果、早期退院にもつながると予想され、それは療養型病床等の退院患者の平均在院日数の減少にもなるだろう。本稿の推定結果はこれらと整合的な結果を得ている。

本稿では残された課題も多い。まず、データの制約について、本分析では患者調査の1999年、2002年、2005年のデータのみが利用可能であり、本来は、より最新の情報を入手し、最近の新薬の動向を踏まえた分析が求められる。残念ながら患者調査では、回答者負担の軽減から入院患者の心身の状況については2008年調査から実施されなくなった。また、国民生活基礎調査では要介護度別に患者数を測定しているが、国際疾病分類別のデータがないため、本稿で用いた医薬品ストックとの接続もできない。このように、介護への医薬品の影響を分析していくにはデータの制約がある。政策研ニュース第65号「介護系データから見た高齢者の健康状況-健康寿命の補完的指標による分析-」で指摘されるように、近年ではナショナルデータベース(NDB)の疾患レセプトデータと介護データベースの要介護認定情報・介護レセプト等の情報の連結も検討されており、今後、より計量分析に利用しやすいデータベースの開発が必要である。

次に、(3)式の療養型病床等の入院患者数の全体入院患者数に対する比率の推定では、医薬品ストックやサイエンスの重要度の貢献がみられなかった。サンプルサイズの問題も考えられるが、療養型病床等の入院患者で介護となっている患者数の全体入院患者数に対する比率へと被説明変数を変更することも検討に値する。このように、より重篤な入院患者となる確率を抑制する効果があるかどうかをみることで、新薬の貢献はより明確になるかもしれない。最後に、疾患別の分析が必要である。介護確率は疾患別に大きく異なるが、本稿では疾患固有効果としてこの影響を除去しており、疾患別の新薬の貢献は推定していない。しかし、疾患別の分析を行うには各疾患における経年的なデータの拡張が必要であり、患者調査のデータでは分析の限界があるだろう。例えば、米国では患者レベルで医薬品の投与とその後の健康状態を追跡調査したデータベースがあり、患者の属性も考慮しつつ、疾患別の分析も可能である12)。今後はこのようなデータベースの開発に取り組むとともに、分析モデルの改善を行う必要がある。

補論表1 国際疾病分類別の介護確率と入院患者数(全期間の平均値)

補論表2 介護確率(%)の推定結果(分析モデル(1)、65歳以上対象)

補論表3 介護確率(%)の推定結果(分析モデル(1)、65歳未満対象)

補論表4 平均在院日数の推定結果(分析モデル(2))

補論表5 入院患者数比率(%)の推定結果(分析モデル(3))

  • 1)
    本研究は科研費基盤B(「創薬イノベーションとインセンティブの研究」、18H00854)の支援を受けて実施した。本稿の研究には医薬産業政策研究所の研究員各位から有益なコメントを頂いたことに感謝申し上げたい。
  • 2)
    医薬産業政策研究所「医薬品の多様な価値-国民視点および医療環境変化を踏まえた考察-」リサーチペーパー・シリーズNo.79(2022年3月)
  • 3)
    医薬産業政策研究所「介護系データから見た高齢者の健康状況-健康寿命の補完的指標による分析-」政策研ニュース第65号(2022年3月)
  • 4)
    医薬産業政策研究所「新薬の貢献-寿命、医療費と経済的価値の視点から-」政策研ニュース第36号(2012年7月)。医薬産業政策研究所「医薬品と寿命-上市年数、疾患領域別の分析-」政策研ニュース第37号(2012年11月)。医薬産業政策研究所「サイエンスの貢献-医薬品と寿命、在院日数からの分析-」政策研ニュース第45号(2015年7月)。医薬産業政策研究所「革新的医薬品による治癒効果の経済的価値-入院患者アウトカムへの医薬品と手術の貢献-」政策研ニュース第55号(2018年11月)。
  • 5)
    Copyright© 2022 IQVIA. MDI 2008年7月~2013年6月をもとに集計(無断転載禁止)
  • 6)
    患者調査における療養型病床等は調査時期によって若干の変更はあるが、病院あるいは一般診療所の療養病床(医療保険適用病床)、病院あるいは一般診療所の療養病床(介護保険適用病床)、老人性認知症疾患療養病棟(医療保険適用病床)、老人性認知症疾患療養病棟(介護保険適用病床)についてデータが収集されている。
  • 7)
    療養病床についての保険制度上の取扱いは医療保険適用と介護保険適用のものに分かれて適用されている。しかし、実態としては両区分の入院患者の状態に変わりがないことが指摘されている。
  • 8)
    療養型病床等では、特に革新的な新薬は使用されにくいということも指摘される。本稿の医薬品ストックのデータは日本における国際疾病分類別の薬剤の利用可能性を反映するものであり、療養型病床等における薬剤の使用状況についてはデータを入手できない。ただし、療養病床での薬剤の使われ方に関するアンケート調査(日本慢性期医療協会(2017年)「療養病床における薬剤使用に関するアンケート集計結果まとめ」)によれば、入院患者のうち内服薬を服用している患者は約85%存在し、それらの患者は複数の内服薬を定期的に服用しており、そのような患者に対する薬剤の利用可能性が増えることの効果はみられるだろう。
  • 9)
    脚注4を参照。使用したデータはIQVIAの医薬品処方データ(Copyright© 2022 IQVIA. MDI 2008年7月~2013年6月をもとに集計(無断転載禁止))、サンエイレポート、IMS R&D focus、IMS Patent Focus、明日の新薬、Web of Scienceである。
  • 10)
    実際に、サイエンス集約的メイン成分ストックが、寿命の延伸、在院日数の短縮、入院患者の治癒に最も貢献していることは脚注4で紹介した分析で確認している。また、公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団のデータと接続することで薬剤貢献度との高い相関も確認している。このサイエンス集約的メイン成分ストックはその革新性ゆえに価格プレミアムとの高い相関も確認している(政策研ニュース第64号(2021年11月)「新薬の革新性と価格プレミアム-日米独のマッチト・サンプルによる分析-」)。
  • 11)
    療養型病床等の入院患者について、65歳以上と65歳未満では疾患の分布に有意差はみられなかった。このことは65歳未満の入院患者の方が、各疾患における医薬品の効果が平均的に大きいことを示唆するが、その要因については今後の研究課題である。
  • 12)
    Lichtenberg, F.(2013). The Effect of Pharmaceutical Innovation on Longevity: Patient Level Evidence from the 1996-2002 Medical Expenditure Panel Survey and Linked Mortality Public-use Files. Forum for Health Economics and Policy 16, 1-33.

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