Topics 政策研主催「医薬品の価値ワークショップ-医薬品の価値やその評価について、国民・患者視点で考える-」

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医薬産業政策研究所 主任研究員 中野陽介
医薬産業政策研究所 主任研究員 吉田晃子

はじめに

製薬産業は革新的な医薬品を創出し続け、患者さんにいち早く届けていくことが求められている。しかし、それを実現するには、イノベーションの結果生み出された医薬品の多様な価値が適切に評価されていくことが重要であり、これは製薬産業だけでなく国民・患者視点でも考えなければならない課題であると思われる。

そこで、医薬産業政策研究所(以下、政策研)では、「医薬品の価値やその評価について、国民・患者視点で考える」と題したワークショップを企画し、2021年10月20日に開催した。著名な専門家・有識者によるご講演およびディスカッションを通じて、国民・患者視点で解決すべき課題や解決策などについて学びを深め、我々製薬産業ができる取組み、なすべき取組みなどについて参加いただいた皆さまと共に考える機会を持つことができたのではないかと考えている。

本稿では、ワークショップにおける各セッションでの発表及び全体ディスカッションで議論された内容についての要旨を報告する。

ワークショップの概要

本ワークショップは2つのセッションおよび全体ディスカッションという構成で実施した。

まずセッション①では、『医薬品の多様な価値』をテーマとし、政策研の中野陽介主任研究員より、『医薬品の多様な価値の考察および国民アンケート調査結果』についての調査研究内容を報告した。そして、横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット准教授ならびに東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学客員准教授の五十嵐中氏より、『コロナ禍および新薬動向を踏まえた医薬品の価値のあり方』についてご講演いただいた。

続くセッション②では、『国民・患者視点から見た医薬品の価値の評価について』をテーマとし、政策研の吉田晃子主任研究員より、『日本での「医薬品の価値」の評価における主な論点』について提示し、その後に、一般社団法人医療開発基盤研究所代表理事ならびに東京大学大学院薬学系研究科ITヘルスケア社会連携講座客員教授の今村恭子氏より、『国内でのPPI(患者・市民参画)の現状と価値評価におけるPPIの意義』について、キャンサー・ソリューションズ株式会社代表取締役社長の桜井なおみ氏より、『どう測る?医療の価値』について、それぞれご講演いただいた。

最後に2つのセッションを踏まえ、今村氏(モデレーター)、五十嵐氏、桜井氏の3名によって、全体ディスカッションを行った。

セッション①:
医薬品の多様な価値
演者1:
医薬品の多様な価値の考察および国民アンケート調査結果 中野 陽介 主任研究員

五十嵐氏らと共に、医薬品の多様な価値の中でも主に「社会的価値」に焦点を当てた調査研究を実施し、そのアウトカム指標・測定の現状や国民へのWebアンケート調査等を行った1、2)。本調査における社会的な価値要素については、ISPORレポート3)で提唱された価値12要素の中の“社会的観点”の9要素をベースとしつつ、英国NICEの評価事例および新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)を契機とした海外評価機関の言及内容等を踏まえ、「介護負担の軽減(主に家族介護者)」、「医療負荷の軽減(人的・物的負荷)」も重要な要素と考え、これらの2要素も検討対象に加えることとした(図1)。

そして、調査結果をもとに、社会的な価値要素を「定量化可能性」および「Payer(日本の保険者)にとっての受け入れやすさ」の2軸で整理した(図2)。評価の可能性の観点で見ると、大きく3つのグループに分けることができる。1つ目は、定量化可能かつ保険者が受け入れやすい、つまり、『評価が比較的しやすい』グループで、これは、「労働生産性」、「介護負担の軽減」が該当する。逆に『評価は極めて難しい』と考える2つ目のグループは、不明瞭かつ将来的な影響を考慮する必要がある「科学の普及」。そして、3つ目のグループとして、場合によっては『定性的な評価の可能性』があり得るのが、中心に寄ってプロットしたそれ以外の要素である。それ以外の要素に関しては、例えば、支払意思額調査等を用いて金銭的な価値を示すことで、定性的な考慮を検討できるのではないかと考える。

図1 調査対象とする社会的な価値要素

図2 社会的な価値要素を2軸で整理

続いて、「国民から見た場合、医薬品の社会的価値のどの要素を重要視するのか?」について調査したWebアンケートの結果を報告した。結果の一例(疾患想起なし)として、最も高い回答割合であったのは、いわゆる個別化医療に関連するもので、効果や副作用の程度を予見できることを意味する「不確実性の低下」であった(図3)。さらに、医療従事者の負担軽減等を意味する「医療負荷の軽減」を重視する人も多く、これはCOVID-19の影響を反映した可能性が考えられた。なお、3つの具体的な疾患(高血圧、関節リウマチ、がん)を想起してもらった場合、前述と同様に、どの疾患においても「不確実性の低下」を重視する人が多かった。その一方で、疾患に応じて、重要視する価値要素が変わることが確認され、特に、関節リウマチやがんでは、家族等の「介護負担の軽減」を重視する人が増加していた。

以上の通り、国民が重要視する薬の多様な価値(主に社会的価値)について、COVID-19の影響も反映した現状を報告した。

図3 有効性・安全性・治療費以外に重要視する薬の価値

演者2:
コロナ禍および新薬動向を踏まえた医薬品の価値のあり方
横浜市立大学医学群 健康社会医学ユニット 准教授、東京大学大学院薬学系研究科 医薬政策学 客員准教授 五十嵐 中氏

まずCOVID-19を通じて、多くの人は医療資源が有限であることに改めて気づかされ、お金以外の医療資源配分の議論が行われるようになった(図4)。さらに、これまでは通院が当たり前であった医療において、病院に「行かないこと」自体に価値があるという考え方も生じてきた。ここから言えるのは、医療における価値は流動的なものであり、価値を構成する要素も変わり得るということである。

ただし、価値があるからといって、全ての価値要素を同じように主張すべきではなく、濃淡をつけて価値評価の検討・議論を展開していくべきであろう。そのために、政策研との調査研究の中で、図2で示したように医薬品の多様な価値の整理を行った。そして、議論を進めるためには具体的な事例および評価指標も必要であり、例えば、COVID-19の影響で浮き彫りになった医療従事者の負担軽減に焦点を当てた評価指標が作れないかと試行しているところである。また、生産性損失に関しても、WEBパネルを用いて疾患ごとの生産性損失の規模を示せないかと現在取り組んでいる。

図4 COVID-19による医療資源に対する考え方の変化

図5 多様な価値を評価していく上での要点

図6 参加者アンケート結果(n =431, 複数回答可)

新薬の動向という観点では、認知症に対する新薬への社会的関心が高まってきている。認知症は医療コストよりもインフォーマルなコスト(介護費用や家族の負担など)の方がはるかに大きく、さらに家族等の介助者のQOL低下も招くものである。つまり、認知症においては、従来の医療という観点以外の価値をいかに考慮するかが重要だと考えている。加えて、COVID-19ワクチンもその影響の広範さを鑑みると、多様な価値を評価すべきと考えると共に、多様な価値に対する社会の認知を広げる非常に良い機会になり得るとも捉えている。これまでの内容を踏まえ、多様な価値を評価していく上での要点は図5で示した通りである。

最後に、本ワークショップの冒頭に協力いただいたアンケート結果を共有する(図6)。アンケートでは、参加者の皆さんがコストとQALY以外に重要だと思う医薬品の価値要素について、「重要だと思う価値要素」と「測定可能だと思う価値要素」に分けて回答(複数回答可)してもらった。測定可能だと思われている価値要素でも、実際には測定が難しい要素(医療従事者の負担軽減など)もある。そのため、重要度は高いが、測定指標が乏しい要素等に関してのGAPを埋めていくことが今後必要であり、新たな評価指標の開発が期待されると共に、定量化が難しい場合には総合評価(アプレイザル)での評価も検討していくことが望ましいと考える。

セッション②:
国民・患者視点から見た医薬品の価値の評価について
演者3:
日本での「医薬品の価値」の評価における主な論点 吉田 晃子 主任研究員

日本での「医薬品の価値」の評価における主な論点を国民や患者さん視点で考え、3点提示(図7)した。

図7 日本での「医薬品の価値」の評価における主な論点

1点目に、医療用の医薬品についてはとりわけ、価値や評価だけに限らず全般的に「国民・患者さんが知る機会」が十分でないことを、教育や広告規制の面の事例をあげて説明した。そのような中で、製薬産業・関連団体は、まだ十分とは言えないものの国民や患者さんが正しい情報にたどり着けるよう情報発信等に取り組んでおり、医薬品の価値やその評価についてもこれまで以上に国民や患者さんに知ってもらう機会が必要になっていくと考えている。

2点目に、「国民・患者さんの声を聴くしくみ」について取り上げた。国民・患者さんの声を聴く仕組みが各国(日本、欧州、米国)でどうあるかについて、様々な視点で紹介した。日本においては、特に情報公開に関して、近年徐々に開かれつつあるものの、国民・患者さんの参画という点では十分とは言えないのではないかと発表者は感じている。医薬品の開発段階におけるPPI(patientand public involvement)の取り組みが日本でも活発化しつつあるが、欧州では、開発段階にとどまらず、承認審査、市販後の全過程で、patient inputの機会があり、国民や患者さんの声を取り入れることが可能となっている4)。薬価を決める制度やプロセス等は各国毎に異なるが、ドイツやフランスでは価値の評価に対する患者さんの参画機会が設けられている5)

米国については、少し視点を変え、患者エンゲージメントとして、疾患ごとに患者さんの声を聴く取り組み『PFDD(Patient-Focused Drug Development)-meeting』に着目し、当該meetingの一事例として、特定の原因がなく痛みが慢性的に続く「慢性疼痛」について提示した。(図86))痛みが続くことによる最も重要な影響は、実は「疲労感や睡眠困難」であり、日常生活に及ぼす影響としては「情緒的影響、対人関係への影響、活動する力、キャリアへの影響等」であったという結果である。また、患者さんの声からは、慢性疼痛を管理するための効果的な治療選択肢に対する希望と、継続的な研究の必要性という患者ニーズをつかんでいる。

そして3点目に、医薬品の価値の評価が「国民・患者視点であるか」について述べた。収載時の薬価情報は、中医協資料で国民・患者さんも見ることが可能となっており、見える価値の評価の一つである。(図9)しかし、その医薬品にどんな価値があって、どのように評価されたのかを国民・患者視点で理解するには情報が不足しているのではないだろうかと発表者は考える。国による違いは、制度だけでなく多岐に渡ることから一概に比較はできないものの、例えば、欧米のような患者さんの声を聴く仕組みがあれば、国民・患者さんの感じる価値の評価が何らかの形で反映できるのではないかと発表者は考える。そして製薬産業は、くすりの価値が適正に評価されることは、革新的な新薬へのアクセスを最良に保つことに繋がるということを国民・患者さんに対して伝え、理解を求めていく必要もあるのではないだろうか。

図8 米国のPFDDmeetingの一事例

図9 国民・患者さんに見える価値と感じる価値の評価

演者4:
国内でのPPI(患者・市民参画)の現状と価値評価におけるPPIの意義
一般社団法人医療開発基盤研究所代表理事、東京大学大学院薬学系研究科ITヘルスケア社会連携講座客員教授 今村 恭子氏

最近の新薬開発は、治療満足度、薬剤貢献度が高い領域から低い領域(開発難易度が高い領域)へのシフトがなされ、キュアだけでなくケアも重要な疾患が増えている。開発や販売面でも患者・市民参画が効果的な影響を与えることが求められており、AMEDでも、研究者主導の研究の後押しを中心にPPIを推進しており、PPIガイドブックも発行されている。つまり、公的研究で「患者・市民参画」が推進される時代になってきている。

製薬協が実施のアンケート調査の結果によると(図10)、ペイシェント・セントリックな開発になっているかについては、主要5項目ともに、日本は欧米に比べ劣っているという結果であった。日本では患者・市民が参画して意見交換する機会が乏しい現状がある。さらに、制度的な特性として、それほどまでの患者コミットを必要とせずとも承認、薬価収載されるという面がある一方で、そこにはアンメットニーズが隠れているのではないかとも考えている。また、日本の患者団体の特徴としては、任意団体で小規模なものが多く、まとまって声を発することが難しい環境にある。声を聴く仕組みについても、中医協委員構成を見ても患者枠は1人しかなく、患者の声を直接届ける仕組みにはなっていないのではないだろうか。

続いて、海外での患者参画の取り組み例として(図11)、PARADIGM7)では3つの目的(研究の優先順位化、臨床試験のデザイン、当局や薬価組織との早期協議)に対する患者参画プロセスとツールが構築されている。また、「意見交換をする機会が生まれること」は全ての側面からのPPI促進に役立つと考え、公開中のPARADIGMの作成ツールから、「患者参画に関する合意書指針」を翻訳したので活用いただきたい。さらに、EUPATI8)ガイダンス9)(HTA)には、全ての段階で患者参画があり、日本でもこうあってほしいと思っている。

図10 製薬協のアンケート調査

図11 PARADIGMでの患者参画の取り組みについて

HTAへの患者参画の課題としては、患者が参画できるように、誰が体制を構築してくれるのかという点がある。議論に参加するには事前教育や理解の標準化が重要であり、誰が参画すべきなのかについては、患者個人、介護者、アドボケート、患者(支援)団体、患者エキスパートといったステークホルダーを整理した検討も必要である。実情として、全ての患者会・支援団体が議論に参加できるのかというと、意識の高い患者団体ばかりではない。ただし、組織化されていなければ意見が出せないのかというとそうでもないはずである。加えて、同じ疾患に複数の患者団体がある場合、参画する患者(団体)の利益相反はどう評価するのかについても確保しなければならない。課題は様々あるが、そもそも社会として何を負担するのかの議論が不可欠である以上、患者(団体)と市民(団体)の参画が必要である。

演者5:
どう測る?医薬品の価値
キャンサー・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長 桜井 なおみ氏

価値は実に多様であり、価値をどうやって社会、地域、個人個人と共有していくかが重要だと考えている。特に、公共財は社会への説明責任と、説明する際にはわかりやすい言葉を用いて価値を社会共有していくことが大切である。ところが患者になってみて、医療では、いつの間にか全てが決まってしまっており、こうした価値の共有がないことに気が付いた。患者の立場であっても、治療や薬剤のエビデンス情報や費用などについて、将来性も含めて知りたいところである。また、薬による労働生産性への寄与については、社会での理解が得られやすいと感じており、医療における価値の社会共有が進展していくことを望んでいる。

「患者の声を生かす」取り組みは、欧米に遅れをとってはいるが、日本も徐々に変わってきている。ただし、患者の声を取り入れるということが様々な言葉(患者・市民参画、リサーチ・アドボカシー、ペイシェント・セントリシティ等)で語られているが、もっと初歩的にできることがあるのではないかと感じる。例えば、安定供給について、医療者向けの情報しか出ないことに対し、患者向け情報の提示について要望書を出してようやく提示された事例がある。「ペイシェント・セントリシティ」と言いつつ、医師や病院が中心のように感じ、がっかりすることもあり、患者に情報が届くことの重要性を再認識いただきたい。加えて、薬の有効性の評価として、全身の筋肉量や握力を測るより、心の状態として食欲があったか、食事が楽しめたかといった指標の方が患者にとっては訴求力がある場合もある。

図12 患者市民参画

図13 価値の共有化=国民を幸せにする活動

現在、EUのガイダンス(EUPATI)等も活用され(図12)、研究開発の後期段階で患者の声が取り入れられる事例が増えつつあるが、いったん進んだ段階で元に戻るのは難しいため、より早期段階からの患者関与が望ましく、今後の更なる発展を期待する。

一方で、製薬企業の皆さんも自社のどの段階(研究の選択、臨床試験策定段階、臨床試験の実施中、薬価・保険収載、市販後管理意思決定)で、患者参画が実行できているのか改めて考えていただきたい。

最後に、図13に示す通り、HTA(適正なイノベーション評価と無駄なコストの削減)、PPI(薬剤評価へのPPIの推進)、PRO(薬剤評価へのPROの導入)については、一つだけを切り出すことなく、それぞれがバランスよくつながっていることを忘れずに、患者の声を取り入れていってほしい。価値の共有化は国民を幸せにする活動であり、精度を高めていくことが大切である。

PPI活動の根源は、HIV(感染症)から始まっており10)、COVID-19に遭遇した今だからこそ、あらためてその「意義」を考え直す必要があり、『私たち抜きに私たちのこと決めないで』(障害者権利条約の策定過程において使用された)という言葉、まさにここに尽きるのではないだろうか。

全体ディスカッション

1. 多様な価値の中で、国民・患者にとって重要な価値とは?

五十嵐氏からは、COVID-19流行下に実施した医薬品の多様な価値に関する国民アンケート調査結果の事例(『医療従事者の負担軽減』の価値を重要視する人が多かった)を踏まえて、アンケート調査をCOVID-19流行前に実施していたら、『医療従事者の負担軽減』という視点が重要な価値として浮かびあがらなかったと推察される。つまり、医薬品の価値はその時代や社会環境によって変わり得るものであり、“時流”に応じて国民・患者にとっての重要な価値を見定めていく必要があることを示唆いただいた。

桜井氏からは、『国民・患者にとって重要な価値』を考えるにあたり、患者が患者視点で医薬品の価値等を考えた上で、自分たちの主張が外から見てどうか、つまり、国民視点(客観的な視点)に戻って考えることも必要であるとの意見を共有いただいた。また、先の国民アンケート調査に関連して、COVID-19への罹患歴がある人が多くいる現状を踏まえ、罹患歴がある人やその家族に限定したアンケート調査を実施した場合には、別の『重要な価値』が出てくるのではないか?との問題提起もあった。

今村氏は、COVID-19は急性感染症であり、価値評価に必要なデータは取得しやすい、そして、COVID-19感染後の後遺症についても問題視されていることから、国内においても今後の調査研究の発展を期待したいと述べた。

2. 国民・患者にとっての重要な価値が評価されるには、何をどうすればよいか?

五十嵐氏からは、多様な価値評価の議論において、製薬企業にとって有利になるような議論をしていると誤解を招かないように、これまでの枠組みで評価が難しい場合には、どこに問題があるのか(製品なのか、評価指標なのか、その両方なのか)を明確にしていくべきといった助言をいただいた。また、本ワークショップをはじめ、医薬品の価値や評価について議論する場は増えており、人々の関心の高いCOVID-19治療薬・ワクチンや認知症薬などの具体的な事例があるこの時期に、議論を進展させないといけないと主張された。

桜井氏は、最近、欧州EMAより、COVID-19の事例を踏まえたワクチンの承認プロセスを丁寧にわかりやすく解説いただいたことに触れ、我々にとって身近な話であり、ワクチンが極めて短期間に開発、承認された開発ストーリーに感動し、製品価値を実感したことを共有いただいた。しかしその一方で、国内では広告規制等の観点からそのような情報を共有する機会がないことに、国民としてのもどかしさを感じるとのコメントもあった。

加えて、薬価制度や費用対効果評価制度について、欧米と比較しての議論になりがちであるが、日本の特性(介護制度の充実や超高齢化社会)も考慮して、独自の在り方を考えるべきではないかとの発言があった。それに付随して、五十嵐氏は、そのような日本の特性を活かしたQOL測定指標を作ろうとする取り組みがあり、超高齢化社会を背景とした日本発の有益なデータを海外にも発信できるかもしれないと述べられた。

今村氏からは、日本における医薬品の価値の評価は、医師に対するものとなりがちであること、患者の声が研究開発の初期から入り、エンドユーザーである患者の評価を考慮したアプローチにすべきではないかとのご発言があった。

3. 製薬産業が取り組んでいくべきことは?

五十嵐氏からは、多様な価値の全てを定量化することはできないが、定量化できなければ価値がないというのも誤りであり、できるところから具体的提案をしていくことが望まれると助言いただいた。また、製薬産業としてどの価値から主張するかの意思統一を図ること、そしてそこに集中的にリソース投下しながら一つ一つ進めることが重要であり、中身なしに価値に基づいた価格を主張はすべきではないとのメッセージをいただいた。

桜井氏からは、費用対効果評価制度の導入時に、光が当たっていないところにようやく光が当たる(価値評価に患者が参画できる)ことを期待したが、それが実現しなかったことに触れられ、製薬企業は、規制当局のルールに縛られず、チャレンジをどんどん進めてほしいとエールが送られた。また、医薬品開発への患者参画を進めるにあたり、まずは自社のプロトコルが患者にとって本当にわかりやすい言葉や表現等になっているかどうか、読んでみてほしいとの示唆があった。

そして最後に、様々な課題はあるかもしれないが、やってできないことはないので、製薬企業として、製薬産業として一つでも取り組みを進めてほしいと、今村氏により締めくくられた。

(*本ディスカッションの内容をより分かりやすく伝える手段の一つとして、グラフィックレコーディング(絵と簡単な文字で描き表していく技法)を用いた図を作成(図14)したので合わせて参照いただきたい。)

終わりに

本ワークショップを通じて著者らが得た示唆を簡潔に述べたい。まず、医薬品には多様な価値があるが、医薬品の価値はその時代や社会環境によって変わり得るものであり、国民・患者にとっての重要な価値を見定め、時代が提起する機会を利用して、新たな価値評価の分析・議論を深めていくことが肝要である。そして、観念的ではなく具体的な事例やその根拠を持って主張すること、どの価値から主張するのかを製薬産業として意思統一していくことも必要である。

他方、国民・患者にとって重要な価値を評価していくには、国民・患者を巻き込んでいくこと(PPI)が肝要であるが、国内の現状は諸外国に比べて遅れている。単に諸外国の後追いをするのではなく、日本の特性(国民皆保険や介護制度の充実、超高齢化社会、国民性等)も考慮して、独自の在り方を考えていけると良いのではないか。結果として、患者の声が研究開発の初期段階から入り、エンドユーザーである患者の評価を考慮したアプローチが実現していくことが望ましい。そして、我々、製薬産業には、規制の枠組みに縛られず、果敢にチャレンジしていくことが求められている。

開催後、参加者からの声をアンケートにて頂戴した。ワークショップ全体に対して高い評価(「満足」以上が9割)をいただき、企画者としても大変喜ばしく感じている。さらに、フリーコメントとして、「今後、医療従事者や患者、介護者、行政等の幅広いステークホルダーを巻き込んだ議論をしていくべきでは」、「製薬企業の意識改革が必要」、「多くの国民が自分事として医薬品について考えることができる仕組み作りが必要ではないか」、「国や企業も国民・患者に対してより分かりやすい情報提供に努めていかなければ」といった参加者自身の立場を超えた熱い想いを多数頂戴した。

加えて、回答者の3割超で、医薬品にとどまらない、もっと視野を広げた“医療の価値”に関する企画も今後期待していることが分かった。このアンケートの内容を含め、本ワークショップでの学び・示唆は、今後の政策研の調査研究にも活かしてまいりたい。

最後に、本ワークショップ開催にあたり、ご尽力・ご協力いただいた演者ならびに関係者、そしてご参加いただいた皆さまに、この場をお借りして改めて御礼申し上げる。

補足)図14は、作成者(吉川観奈氏)の個人的認識に基づき、全体ディスカッションを俯瞰して作成されたものであり、参考として掲載する。

図14 グラフィックレコーディングによる全体ディスカッション

  • 1)
    医薬産業政策研究所、「医薬品の社会的価値の多面的評価」、リサーチペーパー・シリーズ No.76(2021年3月)
  • 2)
    医薬産業政策研究所.「一般生活者が考える薬の価値と受診等のあり方 -コロナ禍を踏まえたWebアンケート調査より-」政策研ニュースNo.62(2021年3月)
  • 3)
    Darius N Lakdawalla et al.、Defining Elements of Value in Health Care-A Health Economics Approach: An ISPOR Special Task Force Report[3]、Value Health. 2018 Feb;21(2): 131-139.
  • 4)
  • 5)
    ドイツ連邦合同委員会(G-BA)およびフランスの透明性委員会(CT)、医療経済学委員会(CEESP)に患者・市民の参画がある。
  • 6)
  • 7)
    EUの患者フォーラム(EPF)と製薬業界(EFPIA)による患者参画(Patient Engagement)のための官民事業。Patient Active in Research and Dialogues for an Improved Generation of Medicines の略。
  • 8)
    European Patients’Academy on Therapeutic Innovation(参考:https://eupati.eu/about-us/)、欧州で官民患のパートナーシップのもとに発展してきたオランダを起点とする非営利財団。提供する教材やトレーニングは、患者・市民が医薬品の研究開発に参画する際の参考になるように開発され、欧州で広く用いられている。
  • 9)
  • 10)
    「ACT UP(AIDS Coalition to Unleash Power)」という活動(団体)を指している。

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