Points of View 高齢化及び高齢者の状況について

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医薬産業政策研究所 統括研究員 伊藤 稔

1.はじめに

次世代ヘルスケアの重要目標の一つは「健康寿命の延伸」にある。その実現のためには、ヘルスケアの重心が、病気の治癒を中心とする「診断・治療」から、病気になる前の「未病・予防」や、病気に罹患しても可能な限り制限を受けずに生活していく「共生」に拡大することが望まれる。1)筆者は、政策研ニュース前々号(No62)2)・前号(No63)3)において、がんや認知症における疾病との「共生」を概観した。今後は「未病・予防」に研究の重点を移していきたいと思う。「健康寿命の延伸」との観点より「未病・予防」を考慮した場合、その主役の一人は高齢者である。近年、高齢者は「若返り」がみられるとの指摘があり、まずは現時点における高齢者の状況を把握することが必要と思われる。本号においては、本邦における、高齢化や高齢者の現状を把握することを目的に研究を進めた。

2.高齢化の状況

本邦における高齢化の状況については、政府より高齢社会白書が毎年公表されている。令和3年版高齢社会白書4)(以下、白書)は、2021年6月11日に公表された。図1に高齢化の推移と将来推計を示す。本図では、総人口、4区分した年齢構成、高齢化率(65歳以上の人口割合)、65歳以上人口を15~64歳人口で支える割合(以下、支える割合)の4点が出生中位・死亡中位推計に基づいて示されている。総人口は2015年以降一貫して減少し、2050年代には1億人を割り込み、2065年には8,808万人となると推計されている。一方、2015年に26.6%であった高齢化率は上昇を続け2065年には38.4%に達するとされている。また、支える割合は2015年2.3(65歳以上の者1人に対し現役世代は2.3人)が2065年には1.3にまで低下するとされている。白書の記載では、高齢化は将来的に大きな問題となると見て取れる。

図1 高齢化の推移と将来推計

では、本邦における高齢化の状況は更に長期的な視点で見た場合、どのような経過を辿ることになるのか。それが、白書の基礎となった国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計)」5)において、2115年までの参考推計として示されている。(図2)

結果として、総人口は一貫して減少し2115年には5,056万人となる。一方で高齢化率は2065年に38.4%に達した後、50年以上に渡りほぼ横這い(2115年38.5%)となり、支える割合も1.3でほぼ安定した状況となる。なお、推計においては、その前提となる出生・死亡を各3通り(低位・中位・高位)の計9パターンで検討している。到達時期に差があるものの、長期的にはどのパターンにおいても、高齢化率は横這い状態に達するとの結果となっており、今後の我が国においては、このような状況となることを前提としても成立し得る社会を構築していくことが求められる。

図2 高齢化の推移と将来推計(~2115年)

3.高齢者の状況(就業・経済生活)

白書においては、高齢期の暮らしの動向についても言及されている。年齢階級別に就業率の推移が示されているが、2020年の就業率は、65~69歳で約5割、70~74歳では3割超であった。2010年と比較しそれぞれ13.2%、10.5%伸びている。一方、75歳以上の就業率は約1割であり、10年間の伸びも2.1%と僅少であった。(図3)

図3 年齢階級別就業率の推移

また、「あなたは何歳まで収入を伴う仕事をしたいですか」との高齢者の経済生活に関する調査6)に対し、「70歳」「75歳」「80歳」「働けるうちはいつまでも」と回答した層の合計は、全体で約6割であり、現在収入のある仕事をしている者に限れば、約9割が高齢期にも高い就業意欲を持つことが示されている。(図4)年齢階級別に見た場合でも、65~79歳では、ほぼ同様の回答結果であった。(図5)

図4 何歳まで仕事をしたいか

図5 何歳まで仕事をしたいか(年齢階級別)

このように高い就業意向を持つ理由について、白書において欧米3か国との比較がなされている。「収入を伴う仕事をしたい(続けたい)」と回答した60歳以上の人を対象にその理由を尋ねた結果として、日本は「収入が欲しいから」が5割を超えて最多であり、「仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから」が最多となった欧米3か国との違いが表れている。(図6)

図6 就労の継続を希望する主な理由

就業意識の基礎となりうる経済生活については、高齢者の生活と意識に関する国際比較調査7)(以下、国際比較調査)おいて欧米3か国と比較されている。経済的な意味での「日々の暮らしに困ることの有無」の調査結果(図7)を見ると、日本では「困っている」「少し困っている」の合計が33.8%と3割を超えるのに対し、欧米3か国は約1~2割(13.6%~22.1%)に留まっており差が見て取れる。

図7 日々の暮らしに困ることの有無

また、「老後の備えとしての現在の貯蓄や資産の充足度」(以下、現在の貯蓄・資産の充足度)の調査(図8)では、「やや足りないと思う」「全く足りないと思う」の合計が、日本では55.5%と5割を超えたのに対し、欧米3か国は約1~2割(16.1%~20.0%)となり、大きな差が見て取れた。

図8 現在の貯蓄・資産の充足度

更に、「1か月当たりの平均収入額(税込み)」も調査が行われている。(図9)国毎に物価水準の違いがあり、米国の無回答率が24.6%を占める等、単純に数値を比較しにくい状況があるが、月収10万円未満の構成割合が日本では12.2%であり、欧米3か国(4.4%~6.8)に比較して高いことは特徴的と思われた。

図9 1か月当たりの平均収入額(税込み)

4.高齢者の状況(健康・福祉)

白書においては、健康や福祉の状況についても言及されている。現在の健康状況を各国の60歳以上の人に尋ねた調査において、「健康である」「あまり健康とはいえないが、病気ではない」を合計した回答割合は、日本を含む4か国とも9割を超えており、比較的良好な結果であった。(図10)

図10 現在の健康状況

更に、国際比較調査7)における「日常生活での介助や介護の必要性」調査においても、「まったく不自由なく過ごせる」「少し不自由だが何とか自分でできる」を合計した回答割合は、日本を含む4か国とも9割を超えており、高齢者の自立度は高い状況であった。(図11)

図11 日常生活での介助や介護の必要性

前述の通り、健康状況や日常生活における介助や介護の必要性の調査では各国間に顕著な差がなかったが、国際比較調査7)における「医療サービスの利用状況」調査においては、日本と欧米3か国に差がみられた。(図12)この調査は、日本においては令和3年1月に、欧米3か国では令和2年12月~令和3年1月に実施されており、新型コロナウイルス感染症が流行している状況下で実施されている。「ほぼ毎日」から「月に1回くらい」まで医療サービスを利用している割合は、日本では59.2%であったのに対し、アメリカは20.3%、ドイツは30.3%、スウェーデンは8.2%であり、日本における利用頻度の高さを示す結果となった。この差が、日本の高い平均寿命や健康寿命に影響を与えているか否かについては言及がなく不明である。

図12 医療サービスの利用状況

国際比較調査7)では、医療や介護を支える「社会保障制度の水準や負担の在り方」についても調査がなされている。日本では「負担を増やしても水準維持」が最も高く4割を超え、「負担を増やしても水準向上」が次に高かった。一方、欧米3か国は「水準向上」が最多であり、「水準維持」が次いだ。4か国とも約7割以上が負担増を許容した。(図13)

図13 社会保障制度の水準や負担の在り方

5.高齢者の定義の見直しについて

日本老年学会・日本老年医学会は2017年3月に「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ」報告書8)を合同で発表し、従来は暦年齢65歳以上とされてきた高齢者の定義の見直しを提言した。現在の高齢者では、加齢に伴う身体・心理機能の変化の出現が、10~20年前と比較し5~10年遅延しており「若返り」現象がみられるとした。特に65~74歳の「前期高齢者」は心身の健康が保持され、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めており、75歳以上を高齢者、65~74歳を准高齢者とし、超高齢者の分類を設ける場合は90歳以上とする定義(以下、新定義)を提唱した。(図14)

図14 高齢者の新たな定義

同報告書では、定義再検討の意義を、「支えられるべき存在としてのネガティブな高齢者のイメージを、社会の支え手でありモチベーションを持った存在としてのポジティブなものに変え、結果として、迫りつつある超高齢社会を明るく活力あるものにすることにある」としている。一方で留意点として、高齢者は心身の健康度・社会活動度において多様性のある集団であること、心身の老化現象の遅延が継続するかは不明であり、今後の医学・医療に課せられた課題であることを言及している。

高齢者の多様性については、先行研究として東京大学高齢社会総合研究機構 秋山弘子特任教授が、高齢者の自立度の変化パターンを報告している。89歳まで自立を維持できる層が約1割、新定義で高齢者と区分される75歳以降に緩やかに自立度が低下する層が約7割、新定義による准高齢期から援助を必要とする層が約2割との結果であった。(図15)高齢者の自立度(≒健康状態)に多様性がある事は、高齢者の問題を考える上で留意する必要があると言える。

図15 高齢期の自立度の変化パターン(男性)

6.健康寿命に関する考察

前述の白書等の記載を纏めると以下となる。

  • 総人口は減少し続けるが、高齢化率は長期的に定常状態となる。
  • 就業率は、65~69歳が5割・70~74歳が3割で、継続的に伸びている。75歳以上は1割で伸びも緩徐である。
  • 高齢期の就業意欲は6割が保持している。既に就業している者は9割と更に高率だった。就業理由は収入が欲しいが最多だった。
  • 経済的困窮を意識する層は3割、貯蓄・資産の不足を意識する層は5割、低収入(月収10万円未満)層は1割超である。
  • 健康状況は、健康・未病層が9割、介護からの自立層も9割と高率だった。(月1回以上の)医療サービス利用層は6割で欧米の倍以上だった。
  • 社会保障については、7割が負担増を許容した。

2050年代までは高齢化が進行する日本において、国民が健康で生きがいに満ちた生活を享受できること、介助・介護の必要が生じた場合には必要な支援が確実に得られるとの安心感を持てること、国民の社会的活躍を通じた我が国経済の維持・成長を図ること等を成し遂げるためには、「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ」報告書8)に示されているように、「支えられるべき存在としてのネガティブな高齢者のイメージを、社会の支え手でありモチベーションを持った存在としてのポジティブなものに変える」ことが処方箋の一つと考えられる。健康寿命は、個人的生活の充足といった側面がある一方、社会的活躍といった側面を色濃く持つと思われる。そういった意味では、健康寿命は「社会的活躍寿命」とも捉えることができる。白書においては、幸いなことに健康寿命が継続的に延伸していることが示されている。(図16)

図16 健康寿命と平均寿命の推移

社会的活躍を考慮した場合、まずは現時点でも高い就業率を示す准高齢者(65~74歳)の活躍を一層促進することがポイントと考えられる。65~69歳の就業率は5割に迫りつつあるが、70~74歳の就業率は3割であり、6割を示す就業意欲とは差がある。男性の場合は、現在72歳台である健康寿命の更なる延伸も必要であろう。

准高齢者の社会的活躍を期待することが可能になれば、介助・介護の安心感の基礎となる社会の支え合いの構造も良い方向に進むと思われる。白書においては「支える割合」は「15~64歳で65歳以上を支える割合」と考えられており、2.3人(2015年)が長期的には1.3人まで低下すると見做されている。これを「15歳~74歳で75歳以上を支える割合」に転換できれば、構造的に大きな改善が見込める。実際の就業意欲(59%)で調整しても、ほぼ2015年のレベルを維持することが可能となると思われる。(図17)

図17 社会の支え合い構造の推移予測

改正高年齢者雇用安定法10)が、令和3年4月1日に施行され、65歳までの雇用確保(義務)に加え、70歳までの就業機会の確保が努力義務として新設された。また年金制度改正法が、令和4年4月1日に施行され、年金受給開始時期の選択肢が60~70歳から60~75歳に拡大される予定である。11)このように准高齢者の社会的活躍が法的に整備され、活躍を前提とした措置も取られつつある。准高齢者の社会的活躍が常態化すれば、経済的な困窮意識や貯蓄・資産の不足意識も緩和される可能性があると思われる。

一方で、生きがいに満ちた個人生活の充足といった観点では課題が残っている可能性が大きい。高齢者の就業意向の理由(図6)は、「収入が欲しいから」が5割を超えて最多であり、「仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから」が最多(32.6%~43.3%)であった欧米3か国とは違いが顕著であった。現在の貯蓄・資産の充足度(図8)における高い不足意識ゆえに、「仕事を継続せざるを得ない」が高齢者の姿だとしたら、個人生活の充足や生きがいといった面では問題ではなかろうか。白書では、総合的な老後生活の満足度の調査結果(図18)が示されているが、欧米3か国で5~7割に達している「満足している」人の割合が、日本では2割台に留まっている現状は更に改善されることが望ましいと思われる。

白書の記載では、健康状況は「健康である」「病気ではない」との回答が多く、介助・介護の必要性についても高い自立状況を維持できており、総体的には高齢者の状況は良好であると解釈できた。一方で、高齢者が多様なパターンを示すことは十分勘案されなければならない。自立度が次第に低下する7割の高齢者の自立度低下を可能な限り緩やかなものにする一方、比較的早期に自立度が低下する2割を如何にレスキューするか、更に7割・2割との割合自体を如何に改善させるかについては検討を要すると思われた。また、ここに製薬産業が貢献できる可能性が示されていると考えることができた。

図18 老後生活の満足度

7.まとめ

本稿では、次世代ヘルスケアにおける「未病・予防」の検討を進める上で、まずは現時点における高齢化や高齢者の状況を把握することを目的に検討を進めた。検討の中で明らかとなったのは、総体的に「若返り」を体現し、高い就業意欲・比較的良好な健康状態を有する近年の高齢者の姿であった。一方で、高齢者は多様な自立パターンを示し、一括りで考えることは望ましくないことも理解できた。特に、健康面での健康寿命延伸への貢献が望まれる製薬産業が、どのようなパターンの高齢者にどのような貢献を今後実現することが望ましいのか、引き続き検討を進めていきたい。

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