Topics 医薬品の多様な価値に関する一考察 COVID-19およびDTx 等の動向から

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医薬産業政策研究所 主任研究員 中野陽介

1. はじめに

筆者らはリサーチペーパーNo.761)にて、医薬品の多様な価値(その中でも、特に社会的価値)に着目し、それらのアウトカム指標・測定の現状および海外(主に英国等)での評価の現状について調査した。医薬品の価値は、その時代の社会情勢やテクノロジーの進展によっても変化し得るものであると考えられ、昨今の新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)、そしてデジタル技術の進展によるデジタルセラピューティクス(以下、DTx)等の登場は、医薬品の多様な価値を検討していく上で、大なり小なり何らかの影響を及ぼしていくのではないかと推察する。

そこで本稿では、COVID-19およびDTx 等に関する動向に着目し、医薬品の多様な価値に関する示唆などについて考察する。

2. COVID-19に関する動向から考える

COVID-19パンデミックからの考察1)

まずはCOVID-19パンデミックそのもののが、医療および医薬品全般に与えた影響について考えてみたい。

2020年はじめから世界的に流行が始まったCOVID-19は、医療にも多くの影響をもたらした。これまでの常識であった対面診療・通院そのものが感染拡大のリスクとなり、患者の受診抑制・回避(国内では3~4割程度の患者が受診を抑制・回避したとの報告あり2、3))などが生じた。また、感染リスクを伴う中で身を挺して働く医療従事者の身体的・精神的な負担、人手不足も大きな問題となった。そして、日本を含め世界中で、感染症の専門病棟や人工呼吸器の不足が生じたことで、医療崩壊が現実の危機となった時期や地域もある。その結果として、医療崩壊を起こさないために、有限な医療資源(医療設備、医療従事者など)をいかに効率的に最適化しながら医療提供体制をマネジメントしていくかが問われるようになった。

実際に、英国では医療設備や医療従事者などの物理的な医療資源の供給を絶やさないために、既存の疾患で治療中の患者に対して「医療の質を保ちつつ、患者や医療従事者の感染リスクを最小化する」ための診療ガイドライン(COVID-19 rapidguideline)がCOVID-19流行直後から発行されている。4)

このガイドラインは英国の医療技術評価機関であるNational Institute for Health and Care Excellence(以下、NICE)にて作成され、2021年8月末時点において、19種のガイドラインが公表されている(表1)。その内、2つを除く17種は、COVID-19そのものの治療ではなく、別の疾患で治療を受けている患者について、COVID-19で医療供給体制が逼迫するなかでも適切な医療を提供するためのガイドラインである。それゆえ、患者の治療指針のみならず、「未感染の患者が医療機関で感染する可能性」「患者が潜在的にCOVID-19に感染しており、それが医療従事者にも感染する可能性」なども踏まえて、包括的な対策を提案している。

表1 COVID-19関連のNICE ガイドラインの一覧 (2021年8月末時点)

その中で例えば、がん治療(NG161)や関節リウマチ等(NG167)であれば、より来院頻度の少ないレジメンへの変更(静注から経口への変更、自宅で投与可能な薬剤、投与間隔の長い薬剤など)が提案され、これらの選択肢があること自体が患者だけでなく、医療従事者にとってもメリットになっている。COVID-19流行以前は、通院頻度の減少につながる薬剤は、患者側の利便性向上や負担減少という観点で主に捉えられてきた。しかしCOVID-19パンデミックの脅威の中では、感染リスクを伴う中で身を挺して働く医療従事者側にも感染リスク低減や負担軽減等で貢献し得ることが認識されるようになったのではないかと考えている。

COVID-19治療薬からの考察1)

次に、COVID-19治療薬における価値の観点から考えてみたい。現在、多くのCOVID-19治療薬の研究開発が進められており、国内においても経口薬をはじめ抗体カクテル療法などの薬剤が使用可能な状況になっている。引き続き、新たな治療薬の開発が国内外で期待されているところであるが、ここではCOVID-19治療薬の価値に対する言及事例を紹介する。

カナダ・ケベック州の医療技術評価機関「INESSS」が、2020年にCOVID-19治療薬であるレムデシビルの費用対効果や財政影響も含めた評価を実施した事例5)の中では、医療資源の効率化、医療逼迫の改善などの観点から以下のような言及がある。

  • レムデシビルの治療によって在院期間が短くなれば、その分、ほかの患者を治療することができる
  • パンデミックにより、病院の需要が逼迫したときには、レムデシビルを使うことで医療資源(ex. 治療に携わる人的リソースや集中治療室の利用)の消費を少なくできる

このように、医薬品によって治療期間の短縮化や医療資源の消費を抑えられることそのものが価値として、はっきりと打ち出されていることは、一考の余地があると考えられた。この価値自体は従来から考え得るものではあるが、COVID-19流行以前であれば、あまり認識されていなかった可能性は高く、COVID-19を契機として、強く認識されるようになったものと考えられる。

COVID-19ワクチンからの考察

続いて、COVID-19に対するワクチン(以下、COVID-19ワクチン)における価値の観点から考えてみたい。

国内において2021年2月より接種開始となったCOVID-19ワクチンであるが、現在、国内では自己負担なし(無料)で接種することができる(ただし、ワクチンの購入費用は国が負担)。しかし、インフルエンザワクチンと同様にいずれは自己負担(有料)による接種に移行する可能性はあり、それ以前に国による購入費用の妥当性に議論が及ぶことも想定される。その際にはCOVID-19ワクチンの費用対効果を含めた価値の評価が実施されると推察される。そして、その場合にはどのような費用や影響範囲内での価値評価を行うかは重要な論点になると考えられる。なお、2020年7月に米国政府はファイザー/ビオンテック社のワクチンを「1億回分で約20億ドル(一人あたりで換算すると約40ドル)」で購入契約しており、他の先進国への販売価格も同水準になるとされている6)

Bloom らは2021年の論文において、ワクチンの標準的な医療経済評価では、比較的狭い健康ベネフィットにしか焦点を当てておらず、ワクチンの価値が適正に評価されていないと述べている7)。しかし、COVID-19によって、多くの人々がパンデミックの広範な影響を経験、理解し、COVID-19ワクチンには、感染による罹患や死亡の回避、医療費の抑制にとどまらず、経済、社会への幅広いベネフィット(社会的価値)があることが、認識されつつあると言及している。そして、COVID-19パンデミックの広範な影響が明らかになったことで、COVID-19ワクチンの社会経済に対するベネフィットを適切に評価すべきということをポリシーメーカーに納得させることができるのではないかとも述べている。

また、Appleby は、COVID-19対策として、英国政府は医療以外にも多額の予算を計上しており(図1)、財政負担は相当に大きいと2020年の論文で指摘している。そして、COVID-19ワクチンの普及によって、これらの支出を抑えられるのならば、政府にとってワクチンは安い買い物になるはずであると言及している8)。つまり、このような国家財政や社会全体への影響を考慮した上で、ワクチンの評価・判断は行われるべきではないかということを問いかけている。

日本においても、COVID-19に関わる様々な対策実施のために、3回にわたって補正予算が編成され、2020年度の一般会計歳出の増加額は合計で76.8兆円にも及んだ9)(ただし、結果的に約30兆円は翌年に繰り越し)。これは当初予算を70%強も押し上げる結果であり、日本も同様に感染症パンデミックによって、国家財政、ひいては社会経済全体に甚大な影響を受けている。

このような多大な影響を与えるパンデミックを阻止する可能性のあるCOVID-19ワクチンの価値が、これから国内外でどのように評価されていくのかは注目されるところである。

図1 英国政府の新型コロナウイルス政策に関わるコスト(2020年7月20日時点)

3. デジタルセラピューティクス(DTx)等のデジタルヘルスの動向から考える

デジタルヘルスの特性を踏まえた価値評価

DTx やプログラム医療機器などデジタルヘルスに関わる新たな医療技術開発が活性化しており、医薬品の多様な価値を考える上で参考になる点もあると思われるため、医療機器における価値評価の観点からも考察をおこなった。

2020年8月に株式会社CureApp のニコチン依存症治療用アプリが国内の薬事承認を取得し(同年12月より保険適応)、国内における初のDTx として話題となった。現在、複数の製薬企業もDTx開発を進めており、今後DTx 市場が活性化していくことは間違いないものの、このDTx やプログラム医療機器をはじめとするデジタルヘルスに関わる医療技術の現状の価値評価は、まだそれらの特性を十分に評価できていないと言われている。

そのような状況下において、2020年9月に公益財団法人 医療機器センターから「デジタルヘルスの進歩を見据えた医療技術の保険償還のあり方に関する研究会(略称:AI・デジタルヘルス研究会)からの提言」が公表された10)。その中では、DTxを含むデジタルヘルスに関する医療技術の評価の課題を示した上で、その特性を踏まえた評価のための5つの提言がなされている(図2)。

その提言の中で筆者が着目したのは、デジタルヘルスに関する医療技術の特性の一つとして、「医療従事者の負担軽減」があり、その特性を価値として評価するような仕組みが必要であると言及されている点である。

具体的には、「デジタルヘルスに関する医療技術によってもたらされる医療の質の向上・医療資源の大幅な節約やサービス提供時間の短縮により得られる医療費抑制効果についても積極的に評価」、「デジタルヘルスに関する医療技術の大きな特長でもある医療従事者の負担の軽減、診療時間の短縮なども評価の指標として重要な視点である。これらについて一定期間データを収集した後に医療技術としての再評価(加算、減算もあり得る)を行う仕組みの導入」といった言及がある。

図2 デジタルヘルスに関する医療技術の評価の課題と評価のあり方に関する5つの提言

先述のCOVID-19に関連した考察においても医療従事者の負担軽減、あるいは医療資源の効率化についての価値に言及したが、文脈は異なるもののDTx 等のデジタルヘルスにおいても、それらの特性を踏まえて価値を適切に評価していくことの重要性が言及されていることは非常に興味深い。

英国NICE におけるDTx 評価事例

先述のデジタルヘルスの特性をもとにした「医療従事者の負担軽減」の価値に関して、DTxに対する具体例として英国NICE における言及事例を紹介する。

英国では、National Health Service(NHS)とNICEが協力して、心理学的療法へのアクセス改善を図る取組みを行っている(Improving Access to Psychological Therapies Programme、IAPT)。11、12)その内の一つとして、精神疾患等を対象とするDTx に対して、実臨床下での試験的使用を推奨するか否かの判断を行っており、候補となるDTx に関して治療内容、デジタル技術要素、臨床的エビデンス、リソースへの影響等の観点から評価を行い、その結果を公表している。ここでは、評価の観点の中でも、「医療従事者の負担軽減」に関連しうる「リソースへの影響」の中での言及内容に着目した。

なお、現在までに(2021年8月末時点)、14製品(適応疾患ごとに別カウント)が評価を受け、6製品が推奨の判断を得ている。そして、その内の2製品における「リソースへの影響」への言及例を取り上げる。

Deprexis での言及事例13)

Deprexis はドイツで既に保険適応されたDTxであり、対面診療と併用して用いられるうつ病を対象としたオンラインの認知行動療法プログラムである。「リソースへの影響」においては、Deprexisを使用することで、セラピストの空き時間を捻出でき、より多くの人が対面認知行動療法を受けられるようになる可能性がある。そして、対面療法よりも低コストで治療を提供できる可能性があると言及している。オンライン治療プログラムを併用することで、セラピスト等の人的リソースが効率化され得ることが評価の観点でも明記されており、オンラインの治療プログラムの特性として言及されている。

なお、Deprexis の製品ホームページ上では14)、図3で示す製品特性が掲げられている。

その中で、特に以下の2点においては、上述以外のDTx 特有の価値があるのではと考えられたので合わせて紹介する。

  • Personalized: 人工知能(AI)を利用することで、患者が選択した内容に基づいて、治療内容が患者ごとにカスタマイズされ最適化される。つまり、個々の患者に合った治療戦略を立てることが可能であり、AIを通じた個別最適化によってもたらされる価値である
  • Always available: 場所や時間を選ばず、患者自身のライフスタイルに沿って、治療プログラムを受けることができる。これは、従来の対面療法では難しいことであり、患者中心の医療が重要視される昨今において、患者の望むタイミング・場所で治療を受けられることは、デジタル化がもたらす大きな価値である。
  • Space from Depression での言及事例15、16)
図3 Deprexis の特徴

Space from Depression もうつ病を対象としたオンラインの認知行動療法プログラムであり、この製品は推奨を受けた後に、実臨床下で使用評価も受けている。そこではセラピストや患者等の評価は概ね肯定的であったと評されている。

評価結果における「リソースへの影響」において、標準の対面認知行動療法とSpace from Depressionによる実臨床下での治療にかかった所用時間の比較が公表されている(治療1コースに要した合計時間:229.6分 vs 92.8分)。標準の対面認知行動療法の時間には他の治療時間も含まれているケースもあり、単純比較は難しいとのことではあるが、オンラインプログラムの所用時間は対面療法の半分以下であった。

これは一つの事例に過ぎないが、ここからの医薬品への示唆として、リアルワールドでこのようなデータを収集し積み上げていくことができれば、医療従事者の負担軽減などを主張するための根拠の一つになり得るのではないかと考えられた。

先述の医療機器センターによる提言の中では「アウトカムに関するデータの収集についても、デジタルヘルスに関する医療技術は、従来の医療技術に比して、その親和性は高い」との言及があり、価値評価に使用できるデータが収集され、DTx等で具体的にどのような評価の仕組みが提案されていくのかは今後注目していきたい。

なお、本評価内には、Space from Depressionを実際に使用した患者とセラピストの声等も記載されていたので紹介する。

まず、患者におけるアンケートにおいて、回答者(n=134)の66.3%がオンライン療法に「完全に満足」または「ほぼ満足」であった。このオンライン療法が自分にとって理想的で、柔軟性と適切なサポートに満足しているという声がある一方で、セラピストとの接触の少なさに不満を持ち、支援を受けられずに孤立を感じるとの否定的な声も一部には見られた。

また、セラピストにおいては、オンライン療法の内容、使いやすさに対してポジティブな意見が多かった。ただし、開発企業による教育や業務管理、使用するシステムの機能について課題を指摘する声があった。

加えて、Space from Depression を利用することで、セラピストの働き方に変化が生まれ、ホームワークが可能になったため、診療スタッフの維持・管理にも有用であったと記されている。

4. まとめ

本稿では、COVID-19およびDTx 等に関する動向に着目し、医薬品の多様な価値に関する示唆などについて考察した。医薬品の価値は、その時代の社会情勢やテクノロジーの進展によっても変化し、「医療従事者の負担軽減」ひいては「医療負荷の軽減」といった観点は、多様な価値の一要素になり得るのではないかと考える。COVID-19パンデミックが、医療資源は有限であることを我々に改めて気付かせ、医療従事者の負担を軽減することなどの重要性、そして医薬品がそれらに貢献できることを社会全体が認識するきっかけになったと考えている。

一方、DTx 等のデジタルヘルスに目を向けると、医療技術の特性に応じた価値を適切に評価していく仕組みが必要とされており、その特性の一つに「医療従事者の負担軽減」が挙げられている。

新たな価値を評価していくには課題も多く、医薬品と医療機器では制度は異なるものの、価値評価を検討していく上では互いに参照・応用できる点もあると考えられる。

「医療従事者の負担軽減」に関して言えば、その価値を示す方法として、例えば、治療過程で削減できた時間や人的リソースの削減数等のデータを取得し、それらに金銭的コストを加味して、金銭的価値を示すような方法が現時点では考えられる。ただし、より適切な定量的評価を得るには「負担軽減」を直接的に評価できるようなアウトカム指標とツールの開発も必要になってくるかもしれない。

また、COVID-19ワクチンの費用対効果等の価値を評価していくにあたり、医療費だけでの視点ではなく、国家財政ひいては社会経済への影響といったより幅の広い視点に立った評価、判断の必要性が問いかけられており、今後の国内外での評価方法・結果は注目されるところである。

最後に、COVID-19の経験およびDTx を含むデジタルヘルスの進展に伴い、価値の視点はより広がっていくと考えられる。医薬品産業としては、まずは価値の視点を広げる議論を各ステークホルダーと行っていくとともに、価値評価に必要なデータ収集やエビデンス構築にも取り組み、疾患またはイノベーション特性に応じた適切な価値評価の検討をさらに進めていきたい。

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