Topics 続 :一般生活者が考える薬の価値と受診等のあり方 有無等の属性による比較

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医薬産業政策研究所 主任研究員 中野 陽介
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 研究員 廣實 万里子
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 客員准教授
横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット 准教授 五十嵐 中

1. はじめに

著者らは前回の政策研ニュースNo.621)において、新型コロナウイルス感染症の流行拡大を契機とした、一般生活者が重要視する薬の多様な価値(有効性・安全性・治療費以外の観点)、さらには今後の受診や処方に対する考え方等に関するWebアンケート調査の結果を報告した。その内容は速報版という位置づけであり、回答者の属性を考慮した比較分析等は実施しておらず、回答者全体を一括りにした回答結果に留まっていた。

そこで本稿では、回答者の属性に応じて、その回答結果にどのような違いが生じるのかを調査する目的で、一般生活者のデータに患者パネルを用いて追加取得した患者データ(n=328)を加え、属性情報(主に疾患有無、性別、年齢)に基づく比較分析を行った。

2. 調査方法

今回のWebアンケート調査は以下の内容で実施した。

  1. 調査地域:全国47都道府県
  2. 対象:満20~69歳の男女
  3. 回答者数:2,483人(一般生活者パネル:n=2,155、患者パネル:n=328)
  4. 抽出方法:インターネット調査用パネルより無作為抽出
  5. 調査方法:インターネット調査
  6. 調査期間:2020年11月19日~27日
  7. 調査機関:株式会社インテージヘルスケア

なお本調査は、定点調査によって新型コロナウイルス感染症の影響前後を比較した調査ではないこと、対象年齢が限定的であることは調査の限界として事前に提示しておく。

3. 属性情報

疾患の有無による比較を行うにあたり、新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言発出以前の1年間(2019年4月から2020年3月)において、1ヵ月に1回以上定期的に通院していた疾患が「ある」と回答した一般生活者(n=520)を疾患あり:患者として定義し、患者パネル群2)(n=328)と合わせて「患者(n=848)」とした。

表1に健康成人/患者ごとの年代別割合を示す。患者においては、特に50-60代男性の割合が他よりも高くなっている。次に、患者の疾患内訳を図1に示した。最も多かったのは高血圧であり、生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)が全体の約1/3を占めていた。

表1 回答者内訳

図1 患者の疾患内訳(n=848)

4. 調査結果

4-1. 有効性・安全性・治療費以外に重要視する薬の価値

薬の多様な価値(薬の有効性、安全性ならびに治療費以外)に対して、一般生活者がどのような価値要素を重要視するのかについて質問を行った(質問および選択肢は文末に補足資料として掲載)。その際、具体的な疾患を提示すること(疾患想起)の有無の回答への影響を見るために、疾患想起なし疾患想起ありに分けた質問を設定した。

疾患想起なし

疾患の想起を行わなかった場合の回答結果(回答上限3個)を図2に示した。図中で枠で囲んだ項目は、全体(n=2,483)の回答結果における上位3要素である。

健康成人と患者の比較では、同程度あるいは患者の方がやや高い割合を示す項目が多いものの、大きな乖離が見られた項目はなかった。最大差は、「該当なし」で、健康成人の方が高い割合(+6%)を示していた。

一方、性別で比較すると、女性の方が高い割合を示す項目が多く、その差も健康成人/患者の比較時よりも大きかった(最大差は「不確実性の低下(事前の検査によって効果や副作用が予見できること)」で+11%)。

さらに、年代別での比較では、年齢に比例して割合が高くなる項目が多いことが確認され、最大差は「医療負荷の軽減」における20代と60代の差(+11%)であった。

図2 有効性・安全性・治療費以外に重要視する薬の価値(疾患想起なし)

疾患想起あり

具体的な疾患を提示した場合における健康成人と患者の比較結果を図3に示した。具体的な疾患として、患者のQOL や精神面への影響等が異なることが推測される3つのタイプ(高血圧、関節リウマチ、がん)に関する疾患状態の説明文(文末に補足資料として掲載)を提示した。

「疾患想起なし」の結果と同様に、「該当なし」を除き、健康成人と患者の比較では、どの疾患においても、患者の方がやや高い割合を示す項目が多いものの、大きな乖離が見られた項目はなかった。

図3 有効性・安全性・治療費以外に重要視する薬の価値(疾患想起あり、健康成人/患者)

「労働生産性」に対する就業状況の影響

労働生産性(薬の治療により、仕事を休んだり、辞めたりするのを避けられること)に関して、就業有無による回答差を比較するために、就業者と非就業者(学生、専業主婦・専業主夫、無職)とで比較分析を行った(図4)。

結果として、就業者の方が割合は高かったが(最大差は「がん」で+7%)、非就業者においても一定数の回答を得ていた。

図4 「労働生産性」への評価と就業状況の関係

4-2. 優先する価値の視点(有効性・安全性・治療費以外)

薬を選択する際に、有効性、安全性ならびに治療費以外の観点で、誰の視点(立場)を優先して考えるかについて質問を行った(質問および選択肢は文末に補足資料として掲載)。結果は、自分、家族、医療従事者、社会の順で優先度が高かったが、第1位でおよそ5人に1人が「医療従事者あるいは社会の視点」を重要視していた(図5)。そこで、この1位の結果に着目し、属性比較を行った。

図5 優先する価値の視点(有効性・安全性・治療費以外)

1位の結果を比較したところ、「医療従事者あるいは社会の視点」を優先的に選択した割合は、健康成人、男性、20-40代で多かった(図6)。

図6 優先する価値の視点:1位の比較

4-3. 新しい生活様式における今後の受診や処方に対する考え方等について

ここからは、回答者における今後の受診や処方に対する考え方等についての比較結果を示す。先述の内容と同様に、疾患有無、性別、年代別での比較分析を行ったが、大きな差あるいは特徴的な違いなどが生じた結果を中心に紹介する。

未知の感染症に対する恐怖心

今後の受診や処方に対する考え方等を把握する前提として、新型コロナウイルス感染症の流行拡大の経験を踏まえて、調査時点での未知の感染症に対する恐怖心について質問した。

結果として、男性より女性、20代より他の世代で、10%程度「今でも非常に怖い」と感じている割合が高かった(図7)。なお、健康成人と患者での比較結果は同程度であった。

図7 未知の感染症に対する恐怖心

今後の受診等に関して

患者の方が健康成人よりも、「従来通りの対面診療のみ」を望む人が多かった(+14%)。また、過去にオンライン診療の経験がある人3)に絞った場合、今後もオンライン診療を希望する人が多かったが、およそ3割は「従来通りの対面診療のみ」を望む結果であった(図8)。さらに、年代別で見ると、年齢に比例して、対面診療を望む人が多かった。その一方で、オンライン診療(中心&のみ)を優先したい割合は世代間で差はなく、2割程度であった。

図8 今後の受診等に関して

今後の処方に関して

今後の処方に関しては、健康成人と患者、性別、年代で回答に大きな差はなかった(図9)。コロナ禍を機に、話題になることが多いオンライン処方や薬の宅配においても、健康成人と患者、世代間での差は見られなかった。

図9 今後の処方に関して

5. まとめ

一般生活者が重要視する薬の多様な価値や今後の受診や処方に対する考え方等のアンケートにおいて、回答者の属性(主に疾患有無、性別、年齢)に応じてその結果にどのような違いが生じるのかに関する比較分析を行った。その結果について考察する。

まず、重要視する薬の価値(有効性・安全性・治療費以外の観点)において、疾患有無によって重視する項目に差が生じやすいのではと想定していたが、健康成人と患者で比較した結果、各項目の回答に大きな乖離は認められなかった。つまり、調査対象とした価値要素に限って言えば、重要視する薬の価値に対する考え方は、自身がすでに疾患を発症しているかどうかによって大きくは変わらないことが確認された。むしろ、疾患の有無よりも、性別や年齢の方が差異に影響を及ぼしやすい可能性も示唆された。

なお、本調査の限界として、図1に示した通り、回答者の疾患内訳は生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)が全体の約1/3を占め、様々な疾患が混在しており、特定の患者集団との比較結果ではない。仮に、特定の患者集団と比較した場合には、薬の価値に対する考え方は、より違いが生じるかもしれない。

また、「労働生産性」に関する価値は、非就業者においても重要だと捉える人が一定数いることが確認でき、現時点での就業の有無は大きく影響しないことも明らかになった。その要因として、非就業者も自分の家族等への影響等を考慮し、その重要性を感じていると推察された。さらに、個々人の労働生産性の改善が積み重なってもたらされる社会全体での経済損失の改善効果や影響度を適切に示すことができれば、この価値を重要視する人はもっと増える可能性もあると考えられた。

他方で、今後の受診・処方形態の意向に目を向けると、実際に定期通院している患者の方が、対面診療をより重視する結果であった。オンライン診療(中心&のみ)を優先する割合は、若い年代の方が多いことが推測されていたが、結果的には年代に関わらず一定のニーズがあることが確認された。なお、コロナ禍においては、望んでいなくてもオンラインにて受診せざるを得なかった可能性やオンライン診療の提供環境も十分に整っていなかった可能性もあり、患者側の理解やオンライン診療の環境・制度整備が進むにつれて、ニーズがさらに高まっていくことは十分に考えられる。

加えて、オンライン処方や薬の郵送・宅配といった新たなサービスに対するニーズは、健康成人/患者、年代での差はほとんどなく、属性を問わず持ち合わせていると考えられた。

最後に、医薬品産業が持続的なイノベーション創出を実現していくためには、イノベーションの結果生み出された医薬品の多様な価値が適切に評価されていくことが肝要である。本アンケート調査の結果が、その議論・検討の一助になることを望みつつ、医薬品における多様な価値評価の議論が進展していくことを期待したい。

補足資料

① 「重要視する薬の価値」に関する質問と回答選択肢(図10)

質問

新しいくすりの価値として、くすりの有効性(効き目)・安全性(副作用など)や治療費(薬代や、将来の病気の治療費)以外に、大事だと思う項目は?

選択肢 説明文 価値要素

1

薬の治療により、仕事を休んだり、辞めたりするのを避けられること

労働生産性

2

薬を使う前の検査で、効き目や副作用の程度が事前に分かること

不確実性の低下

3

重い病気や命に関わる病気の治療薬であること

疾患の重症度

4

薬を使った人全員でなくても、完全に治るなど大きな効果を期待できること

希望の価値

5

完治はできなくても、余命を延ばせること(余命が伸びた間に、さらによい治療法が開発される望みがある)

現実の選択による価値

6

経済格差や人種差などに関わらず、その治療を受けることができること

公平性

7

病気のケア・サポートを行う家族等の身体的・精神的・経済的な負担が軽減されること

介護負担の軽減

8

医師、看護師、薬剤師などの医療従事者の負担を軽減できる・業務を効率化できること

医療負荷の軽減

9

この中には1つもない

該当なし

出所:著者作成

② 各疾患想起において提示した想起文章(図11)4)

高血圧

今は自覚症状はないものの、検査した結果、生活習慣病の高血圧と診断された。心筋梗塞など大きな病気を予防するために、薬による治療を始めることにした。

関節リウマチ

関節リウマチが発症し、命に別状はないものの、手足の関節が痛み、食事、歩行移動、トイレ、入浴などの日常生活や仕事、家事に支障が生じている。このことにより、生活の質も継続的に低下している。

がん

がんが発症し、余命への影響、痛み、倦怠感のような身体的不具合が生じる可能性がある。現在の抗がん剤治療を使用した場合には、治療中に感染症にかかりやすくなったり、貧血・吐き気・口内炎・下痢・脱毛・皮膚の障害などの症状が副作用として現れ、日常生活あるいは仕事や家事などにも支障が生じ、場合によっては介助が必要なほど生活の質が大きく低下することが想定される。

出所:著者作成

③ 「優先する価値の視点」に関する質問と回答選択肢(図12)

質問

薬を選択する場合、薬の効きめ(有効性)、副作用の頻度や内容(安全性)、治療費の観点に加えて、以下の観点の中から重要と思う順に順番をつけてください

選択肢 説明文 視点

1

自分が仕事(家事や学業含む)や社会と関わる活動等を続けていけること

自分

2

医師や看護師等の負担軽減につながること

医療従事者

3

自分をケア・サポートしてくれる家族の負担軽減につながること

家族

4

社会全体として、医療費削減等のメリットがあること

社会

出所:著者作成

  • 1)
    医薬産業政策研究所.「一般生活者が考える薬の価値と受診等のあり方 -コロナ禍を踏まえたWebアンケート調査より-」政策研ニュースNo.62(2021年3月)
  • 2)
    患者パネル群においては、新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言発出以前の1年間(2019年4月から2020年3月)において、1ヵ月に1回以上、定期的に通院していた方を回答者条件として事前に設定
  • 3)
    本アンケート調査内で、コロナ禍においてオンライン診療の「経験あり」と答えた人(n=70)。男女比:約7:3。年代別20代:34.3%、30代:15.7%、40代:11.4%、50代:21.4%、60代:17.1%
  • 4)
    医薬産業政策研究所.「一般生活者と医師における治療薬に関するニーズの優先度の相違について(予備的調査)」政策研ニュースNo.57(2019年7月)で用いられた疾患想起文章を参照

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