Points of View 医薬品における労働生産性アウトカムの評価と利活用の現状

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医薬産業政策研究所 主任研究員 中野 陽介
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 研究員 廣實万里子
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 客員准教授
横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット 准教授
五十嵐 中

はじめに

2018年に国際学会International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research(ISPOR)から、医薬品をはじめとした医療技術の価値評価における12の要素が提唱された 1)。その要素の中の一つに「生産性(productivity)」がある。この生産性という要素自体は、目新しいものではなく、以前より医療技術の費用対効果を算出する際に生産性損失という形で考慮されてきた。しかし、その頻度は決して高いものではなく、まだその価値の評価が一般化されているとは言い難い。そこで、本稿では、この生産性(特に労働生産性)という価値の要素に改めて着目し、医薬品における労働生産性アウトカムの評価と利活用の現状について調査・検討をおこなった。

2.労働生産性とは

ある病気への罹患によって体調不良等が生じ、自身の労働生産性が低下すると、遅刻や早退による労働時間の減少、労働時間中の集中力低下や仕事中断、あるいは欠勤・休業などの状況が生じる。その状況が改善されないと、結果的に退職等につながってしまう可能性がある。疾患による生産性の低下に関する例としてDariusらは、米国の片頭痛患者の約5割で生産性が50%低下していたと報告している 2)。疾患の治療は患者自身の長期的なQOL改善につながるのみならず、労働生産性の改善を通して、社会全体での経済的損失の回避にもつながる。

この労働生産性の低下は、疾病のために休職・休業するAbsenteeism(アブセンティーズム)と体調不良のまま就業し続けるPresenteeism(プレゼンティーズム)の2つに分けられる。一般的に労働生産性を評価する際は調査票によって、このAbsenteeismとPresenteeismに関する調査が行われる。なお、米国の調査では、病気による経済的損失の約6割をPresenteeismが占め、Absenteeismよりも問題は深刻だとも言われている 3)4)

労働生産性を評価するためのツールは様々なものが開発されているが、代表的なものの一つとしてはWPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire:仕事の生産性及び活動障害に関する質問票)があり、過去7日間においてどの程度仕事の時間と生産性が損なわれたかを評価することができる。障害・損失時間をもとに、図1に示すような障害度および能率低下がパーセント(%)で算出される。WPAIは疾患に応じて質問文を改良したものも多数開発されている 5)。加えて、未就業者(学生)に対しても、「勉学」での状況を質問できるように改良されたものがあり、就業者以外の生産性を測るツールとしても使用されている。

その他の評価ツールとしてはHPQ(Health and Work Performance Questionnaire)やWLQ(Work limitations questionnaire)、疾患特異的なものとして、偏頭痛用のMIDAS(Migraine Disability Assessment)といった調査票などもある 2)

図1 労働生産性アウトカム(WPAI)で算出される項目

3.臨床試験における労働生産性アウトカム(WPAI)評価の現状

以上のような現状を踏まえ、まず医薬品の臨床試験において、労働生産性に関するアウトカム評価を設定している試験数および対象疾患等について調査を行った。なお、本調査は上述の労働生産性アウトカムの代表的ツールの一つであるWPAIを対象とし、米国国立衛生研究所(NIH)等によって運営されている臨床試験登録システム(ClinicalTrials.gov)を用い、下記の条件にて検索を実施した。

データベースにおける検索条件は以下のとおりとした 6)

  1. a)
    2010年1月1日から2019年12月31日までに新規に登録された試験計画書の中で、Interventional Study(介入試験)、Phase2 or 3、実施主体がIndustry(企業)、さらに介入の対象としてDrugあるいはBiologicalと記載があるもの
  2. b)
    労働生産性指標WPAIに関連し得る検索用語として、WPAI、productivityとし、これらのうちいずれかの用語が、Outcome Measures(評価項目)に記載されているもの

3-(1).労働生産性指標WPAIあり試験数の推移

検索条件a)にて抽出された臨床試験(対象期間、介入方法等が一致する全ての臨床試験は、総計26,145件あった。ここからさらに検索条件b)で絞り込み、158件の試験がスクリーニングの対象となった。158件の試験のOutcome Measures(評価項目)の記載内容から、WPAI以外のものを除外した。最終的に120件(全体の約0.46%)が、労働生産性アウトカムをWPAIで評価した臨床試験として抽出された。年間試験数は、直近5年でやや増加傾向にあるものの、大きな変化は見られなかった(図2)。また、臨床試験の実施国を比較すると、米国や欧州5ヵ国と比べて、日本での実施件数は41件と少なかった。なお、この41件中38件はグローバル臨床試験であった。

3-(2).対象疾患別での試験数の比較

対象疾患別での試験数を図3に示した。乾癬が15件と最も多く、次いでクローン病、関節リウマチが多かった。上位3疾患は全て自己免疫に関連した疾患であった。また、抽出された疾患全体を見ると、痛み、かゆみ、体調不良といった症状を伴う疾患が多く、そのような疾患でWPAIが使用されやすい可能性が示唆された。

ただし、今回は調査対象をWPAIに限定しており、就労および労働生産性に影響を及ぼし得る疾患(精神疾患やがん等)を網羅的に確認したものではないことに留意が必要である。また、疾患特異的な調査票が主に用いられる疾患(片頭痛等)についても十分に確認はできていない。

図2 WPAIで測定した労働生産性アウトカムを含む試験数の年間推移と試験実施国の比較

図3 対象疾患別のWPAI試験数(3件以上の疾患)

4.労働生産性アウトカムの利活用事例

続いて、労働生産性アウトカムが実際にはどのように利活用されているのかを調査・検討した。

まず、労働生産性アウトカムを活用する方法を図4のように3つに大別した。それぞれ目的等に応じた使い分けが行われており、以下に各々の事例と課題等について述べる。

図4 労働生産性アウトカム活用方法の分類

4-(1).労働生産性の改善効果を臨床試験で示す

臨床試験にて、労働生産性アウトカムのデータを取得し、改善効果を示すことで、その医薬品の有用性の一要素として提示することができる。本事例としては、表1に示すように、企業が第Ⅲ相臨床試験(治験)において得られた労働生産性アウトカムの改善結果を公表し、その医薬品の労働生産性に関する有用性を国内に発信しているものがある。また、その他の事例として、以下のような報告もある。

  • 関節リウマチ治療薬(Certolizumab pegol)では、比較対照群と比べて「生産性が50%以上低下した日」を年間に29日減少させた 2)、7
  • 過敏性腸症候群の治療薬(Tegaserod maleate)では、比較対照群と比べて労働生産性の低下を6.3%減少させた(1週間の労働時間を40時間とした場合、労働時間損失を2.5時間減少) 2)、8)

なお、労働生産性アウトカムのデータ取得については、表1の事例のように治験でのデータ取得だけでなく、市販後においてもそのアウトカムを評価する臨床研究は本邦でも行われている 9)

臨床試験の場合、比較対象群との有意差の有無も示されるので、臨床試験データを見慣れた医療従事者にとってはその有用性が理解しやすいとも考えられる。また、医薬品の労働生産性に対する有用性自体が十分に認知されてはいないので、社会全体にそのことを発信するという点でも有用な方法だと思われる。しかし、仮に労働生産性指標が20%改善したとして、それがどのような意味を持つのかといった点は理解しづらい面もある。その臨床的意義を明確化することや、償還や価格設定の根拠とするなどの応用的な取り扱いには今後の研究が必要となろう。

表1 労働生産性の改善効果を臨床試験で示した事例

4-(2).生産性損失を算出し、費用対効果の評価の中で考慮する

医療経済的観点からは、治療に関わる医療費以外の費用として生産性損失を計算し、費用対効果の指標であるICER(incremental cost-effectiveness ratio、増分費用効果比)の算出に含めることが考えられる。この生産性損失を考慮する手法に関しては、政策研ニュースNo.52「医療経済評価における生産性損失の取扱い方」 10)で既に述べているため、本稿での詳細説明は割愛するが、生産性損失の算出プロセスは図5に示す通りである。上述したWPAI等の調査票から得た総労働生産性損失時間に、平均時給(もしくは日給)を乗じて、総費用(生産性損失)を算出する。また、本ニュースNo.5210)内では、生産性損失の考慮を行っている国の事例として、オランダを取り上げている。オランダのHTA機関であるCVZより公開されている394件(2007年から2017年8月までの評価結果)の結果を解析したところ、実際に生産性損失を組み込んで分析していたのは23件(5.8%)であったと報告している。このオランダの事例からは、生産性損失を費用対効果内で考慮可能な制度下であっても、手法の難しさ等の理由から、現実的には一部の医薬品でしか実施されていないことが確認された。一方で、生産性損失を費用対効果の算出に組み入れることで、実際に医療費が上昇してもその多くが生産性損失の減少によって補填されること、対象となる患者が働く世代である場合に、生産性損失を算出することが有意義に働くことを示唆されたと述べられている。

図5 生産性損失の算出法

なお、2019年4月より本邦で制度化された費用対効果評価の分析ガイドラインでも以下のように明確にその考慮可能性が記載されている「(原文)評価対象技術の導入が生産性に直接の影響を与える場合には、より広範な費用を考慮する立場からの分析を行い、生産性損失を費用に含めてもよい。」 11)。「保健医療費支払者の立場をとり、生産性損失は考慮しない」立場をとる英国NICEも、アプレイザル(総合的評価)の際に介助の減少を通した介助者の生産性損失の減少を考慮した例がある。ICERに組み込むためには生産性損失の金銭換算が必要になり、その際には就業率を考慮するか否か、何歳まで生産性損失を組み込むか、誰の賃金を用いて換算するかなど、さまざまな論点がある。これらの論点について明確な「正解」は存在しないため、どのような仮定をおいて算出を行ったかを明示することが重要となる。

4-(3).医療コストと生産性損失等を用いて、社会的な影響度を示す

最後の活用方法として、上述の生産性損失とその医薬品が使用された場合の追加医療コストを算出し比較することで、社会的な影響度を示す方法がある。つまり、その医薬品を自国に導入した場合に、どの程度の経済的ベネフィットが得られるのかを推計し、定量的に示すものである。最近、このような事例が散見され、例えば、片頭痛の発症を抑制する薬であるErenumabのドイツ国内における推計では、追加医療コスト€5.86bn、生産性損失€14.35bnと算出されている(表2)。つまり、追加医療コストよりも生産性損失の方がずっと大きく、社会としてValue Invest Ratioはおよそ2.5であるといった結果を示している 12)。なお、Unpaid workとは家事や育児等の家庭での仕事のことであり、このUnpaid workに関する生産性損失も算出され、組み入れられている。

表2 社会的な影響度の推計値

日本でも、2010年の各種ワクチンの定期接種化に関する医療経済評価研究において、ワクチンの接種費用を「費用」に、感染症の医療費削減と治療にともなう生産性損失、さらに患者の病状悪化や早期死亡にともなう生産性損失を「便益」とみなして比較する費用便益分析が手法の1つとして提案された。実際のワクチンの評価は通常の費用効果分析や費用のみの比較(早期死亡の損失を組み込まない)で実施されたが、基本的な考え方はValue investment ratioと共通する部分もある。

この方法はまだ一般的に認知されたものではないが、医療政策的視点あるいは国民視点でみると、社会的なベネフィットが理解しやすいという利点があるようにも思える。新たな医薬品の導入にかかる費用を、コストではなく投資という観点から見ることができるとともに、その薬がどの程度、社会に経済的ベネフィットを還元するのかといった、ある意味シンプルな問いに対するアプローチ方法の一つとして、新しい価値の示し方であると言える。

5.まとめ

ここまで、臨床試験での労働生産性アウトカム評価(WPAI)、そしてそのアウトカム評価の利活用の現状について述べてきた。臨床試験におけるアウトカム評価に関しては、WPAIが頻度高く用いられている疾患の特徴を確認することができた。また、それらを利活用する方法を3つに大別し、それぞれについて事例を用いて考察した。

WPAI等を用いて労働生産性アウトカムを測ることは、その医薬品の本来の価値を示す上で重要だと考えられる。また、医薬品開発の観点からも患者自身の評価を反映するツールの一つとしてより普及していくことも望まれる。

一方で、その評価および利活用にはまだ課題もある。医薬品における労働生産性の改善効果を、臨床試験データを通じて示すこと自体は非常に意義があるが、その改善効果を例えば薬価に直接的に反映することは本邦の現制度下では難しいという実情がある。また、生産性損失を算出し、利活用する場合には、対象となる患者の母集団年齢に影響を受けやすい。働く世代が中心の疾患と仕事をリタイアした世代(高齢者)が中心の疾患では、前者の方がより生産性損失が大きくなり、同程度の損失時間でも疾患による差が生じやすいという課題がある。さらに、生産性損失の算出時に勘案する費用の範囲や期間設定によって、その金額が大きく変動するため、いかに納得性の高い推計値を算出できるかが課題となろう。

ここで、新たな動向にも目を向けると、労働生産性アウトカムの取得に関しても、リアルワールドのデータ活用機会が広がりつつある。

国内においても、スマートフォンアプリなどを利用して、QOLや労働生産性アウトカムを取得できるサービスが複数存在する(表3)。どのサービスも、各社が提供するアプリを利用するものである。kencom 13)およびPep up PRO 14)、15は、特定の保険組合への加入者を対象とした健康支援サービスのアプリを、harmo channel 16)は加入先を問わずに利用可能な電子お薬手帳・PHRのアプリを基礎とする。いずれのシステムを使っても、リアルワールドにおけるPROデータ(患者報告アウトカム)を取得し、調査・研究への利活用が可能になる。このようなツールを通して、特定の薬剤を使用中の患者における労働生産性アウトカム(WPAI等)のデータを、スマホ等を通じて簡便に取得できる。対象となる患者集団は各サービスによって様々であるが、臨床研究よりも非常に安価かつ効率的に、労働生産性アウトカムを取得することができるため、目的に応じた利活用が可能だと考えられる。

QOLや労働生産性、さらに追加的有用性や実臨床での有効性など、医薬品の上市後にも、多種多様なデータが要求されるケースが増えている。要求元は行政サイドからとは限らず、病院や臨床医などの現場サイドから、追加的なデータが求められる可能性もある。多様なデータのニーズに上市前の臨床試験のみで対応するのは不可能であり、市販後のデータ収集のツールとして、このようなサービスの利用価値は高い。

本稿で取り上げたWPAI等の労働生産性アウトカムもPROの一種であるとすると、今後、このようなデジタルを活用したサービスが拡大していくことで、より患者自身の評価が医薬品のアウトカム評価につながっていくことも期待される。

最後に、医薬品による労働生産性の改善は、患者自身の長期的なQOL改善と、社会全体の経済的損失の回避に貢献し得るものである。この医薬品における多様な価値の一つである「労働生産性を改善する価値」が適切に評価されていくためにも、まずは社会全体にそのことが、広く理解されていくことが望まれる。

表3 アプリを通じたQOL・労働生産性アウトカムの取得
  • 1)
    Darius N、Defining Elements of Value in Health Care-A Health Economics Approach: An ISPOR Special Task Force Report[3]、Value Health. 2018 Feb;21(2):131-139.
  • 2)
    武藤孝司、プレゼンティーイズム -これまでの研究と今後の課題-、Occupational health review 33(1)、25-57、2020-05
  • 3)
    南由優 他、スギ花粉症患者の労働生産性と症状・QOLの関連 -2008年と2009年の比較-、 日本鼻科学会会誌2010年49巻4号p. 481-489,
  • 4)
    Goetzel RZ, Long SR, Ozminkowski, et al : Health, absence, disability, and presenteeism cost estimates of certain physical and meantal health conditions affecting U.S. employers. J Occup Environ Med 2004 ; 46 : 398-412.
  • 5)
  • 6)
    検索は、2020年3月4日時点におけるClinicalTrials.govのホームページに登録されているデータをもとに実施した。
  • 7)
    Kavanaugh A, Smolen JS, Emery P, et al. Effect of certolizumab pegol with methotrexate on home and work place productivity and social activities in patients with active rheumatoid arthritis. Arthritis Rheum. 2009;61:1592-1600.
  • 8)
    Reilly MC, Barghout V, McBurney CR, et al. Effect of tegaserod on work and daily activity in irritable bowel syndrome with constipation. Aliment Pharmacol Ther. 2005;22:373-380.
  • 9)
    Tanaka et al.、Effect of subcutaneous tocilizumab treatment on work/housework status in biologic-naïve rheumatoid arthritis patients using inverse probability of treatment weighting: FIRST ACT-SC study、Arthritis Research & Therapy(2018)20:151
  • 10)
    医薬産業政策研究所.「医療経済評価における生産性損失の取扱い方」政策研ニュース No.52(2017年11月)
  • 11)
  • 12)
    Seddik AH, Schiener C, et al. The Social Impact of Erenumab in prophylactic treatment of patients with migraine in Germany: A macroeconomic open-cohort approach. ISPOR Europe 2019(Poster presentation).
  • 13)
  • 14)
  • 15)
    第4回JMDC Pharma Webinar「RWD×PROの価値」
  • 16)

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