Points of View 医薬品による介護者QOL・介護負担等への波及価値 アウトカム評価の観点から

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薬産業政策研究所 主任研究員 中野 陽介
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 研究員 廣實万里子
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 客員准教授
横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット 准教授
五十嵐 中

1. はじめに

前回の政策研ニュース第59号1)にて、著者らは英国NICEの医療技術評価ガイダンスについて調査し、費用対効果の指標であるICER算出に用いられるQALYとCostに加えて、評価時に特別に言及され、費用対効果の内外で考慮に至った価値の要素があることを確認した。その中でも、患者の家族など、介護者自身のQOL改善や介護負担の軽減等に対する評価は、社会的な価値の観点から見ても非常に重要ではないかと考えられた。そこで、本稿では医薬品の使用にともなう介護者自身のQOL改善や介護負担軽減等の波及的な効果について、実際の臨床試験でのアウトカム評価の現状やアウトカム改善事例等について調査分析を行った。なお、本稿では職業として従事する介護者(介護士等)ではなく、家族等の在宅での介護者(以後、家族介護者)に主眼を当てている。

2. 家族等による介護の現状

薬物治療において、患者自身の病状やQOLの改善が重要であることは言うまでもない。しかし、患者が自立して療養や生活が困難で、日常生活のサポートやケアを必要とする疾患あるいは病状にある患者の家族介護者にかかる身体的・精神的な負担は大きく、"隠れた患者"とも呼ばれ2)、家族介護者のQOL改善や介護負担の軽減は重要な側面がある。

介護負担という概念を最初に定義したのはZaritであり、介護負担を「親族を介護した結果、介護者が情緒的、身体的健康、社会生活および経済状態に関して被った被害の程度」と定義している3)

具体的には、家族介護者にとって、いま自分が介護支援している家族が少しもよくならないとか、病気が今後どうなるのかという将来への不安、介護に時間がかかり過ぎて自分の自由な時間がないことなどが大きな負担となり、家族介護者にさまざまな身体的・精神的症状をもたらす。さらに、こうした過度の介護負担は、介護する者の心身をむしばみ、ついには精神的な疲労や限界を来たし、時として要介護者に対する虐待を生じ、さらには、在宅介護の破綻が生じることもあるとされている3)

家族介護者の現状を国および疾患別に調査した報告4)によると、日本、米国、英国で比較しても家族介護者が実際に介護を行っている疾患の割合はそれぞれ異なっている(表1)。特に超高齢社会である日本は、認知症患者の介護を行っている人の割合が他の国に比べて高い。また、高齢者に多い疾患が上位にはあるが、成人や小児期で発症する疾患も一定割合に及ぶことがわかる。さらに、同調査によると家族介護者の健康関連QOLやうつ症状スコアは、介護をしていない人と比較して悪化していることが報告されている。

家族介護者のQOL改善や介護負担を軽減する方策は、介護に関する教育やケアマネジャー等によるサポート、介護施設の活用など種々あり、それらの影響に関する様々な調査研究が行われている。しかし、薬物治療による介護負担の軽減等の波及的な効果についての研究等はまだ少ないと言われている5)

以上のような現状を踏まえ、本稿では特に家族介護者に焦点を当てつつ、薬剤介入における介護負担等のアウトカム評価の現状およびアウトカム改善事例を調査・検討した。

表1 家族が介護を行っている疾患の割合

3. 臨床試験におけるアウトカム評価の調査

米国国立衛生研究所(NIH)等によって運営されている臨床試験登録システム(ClinicalTrials.gov)を用い、医薬品の臨床試験において、家族介護者等に関するアウトカム評価を設定している試験数およびアウトカム指標等を調査した。

データベースにおける検索条件は以下のとおりとした6)

  1. a)
    2010年1月1日から2019年12月31日までに新規に登録された試験計画書の中で、Interventional Study(介入試験)、Phase2 or 3、実施主体が企業、さらに介入の対象としてDrugあるいはBiologicalと記載があるもの
  2. b)
    介護者アウトカム指標に関連し得る検索用語として、Caregiver、Carer、Familyとし、これらのうちいずれかの用語が、評価項目(Outcome Measures)に記載されているもの
  • 本検索条件は、介護者を対象とした全てのアウトカム評価ツールを具体的に規定して検索していないため、網羅性には限界がある。

3-(1). 介護者アウトカム指標あり試験数の推移

検索条件a)にて抽出された臨床試験(対象期間、介入方法等が一致する全ての臨床試験は、総計26,145件あった。ここからさらに検索条件b)で絞り込み(以下、介護者アウトカム指標あり試験)、554件の試験がスクリーニングの対象となった。554件の試験の評価項目(Outcome Measures)の記載内容から、患者が小児の場合や回答困難な状態等にある場合の「介護者による代理評価(介護者自身の状況を問う調査ではない)」ものを除外した。最終的に66件(全体の約0.25%)が、介護者自身に関連するアウトカムが評価されている臨床試験として抽出された。直近10年間では年間推移に大きな変化は見られなかった(図1)。また、臨床試験の実施国を比較すると、米国やEU5と比べて、日本での実施件数は14件と少なかった。なお、この14件中13件はグローバル臨床試験であった。

図1 介護者自身のアウトカム評価を含む試験数の年間推移と試験実施国の比較

3-(2). 対象疾患別での比較

次に、対象疾患別での介護者アウトカム指標あり試験数を図2に示した。認知症が27件(全体の約4割)と最も多く、次いでアトピー性皮膚炎、レット症候群、自閉症が多かった。要介護者の視点から考えると、主に高齢者が介護対象である認知症だけでなく、小児期から中長期のケアやサポートを必要する疾患も確認された。また、医薬品の観点から見ると、スペシャリティ領域の疾患が多い傾向であった。さらに、英国NICEのHST7)評価ガイダンスでも対象となった希少・難治性疾患(ムコ多糖症、筋ジストロフィーなど)も含まれていた。

図2 対象疾患別の試験数

3-(3). アウトカム評価ツールの比較

続いて、評価項目(Outcome Measures)に記載されていたアウトカム評価ツールを抽出し、図3に示した。一つの試験に複数のアウトカム評価ツールの記載があった場合はそれぞれカウントし、合計70件であった。最も多く使用されていたのは、上述のZaritによって作られたZarit Burden Interview(ZBI)であった。次に多かったのはNeuropsychiatric Inventory(NPI-D)、Resource Utilization in Dementia - Lite Version(RUD-Lite)であった。

加えて、2件以上の使用が確認された各アウトカム評価ツールの特徴等を表2に整理した。ZBIは、欧米で最も頻繁に用いられている介護負担を測定する尺度であり、ZBIの日本語版J-ZBIも国内で使用されている。また、ZBIは認知症で使用されているケースは多いが、認知症以外の疾患でも使用されていた。表2に示したアウトカム評価ツールの多くは介護者の負担度合あるいはQOLを評価するものであるが、医療リソースの利用状況(介護に要する時間など)を調査するRUD-Liteや介護者自身の労働生産性(アブセンティーズムやプレゼンティーズム)を調査するWPAI:CGなども使用されていた。

図3 アウトカム評価ツール別の件数
表2 介護者に関するアウトカム評価ツールのまとめ

4. 介護負担等のアウトカム改善事例

家族介護者の介護負担のアウトカム改善事例として、Kitten Aらの研究を紹介する16)。Kittenらは、パーキンソン病に伴う精神症状(幻覚および妄想等)に対する治療薬Pimavanserinの臨床試験結果を整理して紹介している。Pimavanserinでは、複数の第3相臨床試験が実施されているが、そのうちの一つの臨床試験においては、主要評価項目である患者の陽性症状評価尺度(SAPS-PD)スコアの有意な改善に加えて、患者の睡眠の質の改善、そして家族介護者の介護負担も有意(p値=0.0016)に改善したと報告されている(図4)。なお、介護負担のアウトカム評価ツールはZBIが用いられていた。また、Kittenらは、介護負担の軽減は、介護施設の利用ニーズを低減できるかもしれない点で非常に重要だと述べている。

図4 Pimavanserinの臨床試験結果

また別のアウトカム改善事例として、Owen Rらによる研究報告もある17)。Owenらは小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性に対する治療薬Aripiprazoleの第3相臨床試験において、プラセボ群と比較し介護負担を有意に改善したと報告している(群間差-1.9[95%信頼区間=-2.7、-1.2]、p値は不明)。なお、本試験でのアウトカム評価ツールはCaregiver Strain Questionnaire(CGSQ)が用いられていた。

さらに、国内においては、八森らによって行われた前向きコホート研究がある5)。八森らは、ドネペジルの服用がアルツハイマー型認知症と診断された初診患者と介護者のQOLにもたらす効果について検討している。その結果として、14週間の治療前後比較で患者のQOLだけでなく、介護者のQOLも有意に改善を示し、加えて介護負担についても有意な改善が認められたことが報告されている(いずれもp値<0.001)。なお、本研究での介護者QOL評価は包括的QOL評価ツールであるEQ-5D、介護負担はZBIおよびNPI-Dが用いられていた。

5. まとめ

本稿では家族介護者に焦点を当て、薬剤介入における介護負担等のアウトカム評価の現状およびアウトカム改善事例を調査・検討した。まず、臨床試験登録システム(ClinicalTrials.gov)による調査から、家族介護者のQOL改善や介護負担等のアウトカム指標が実際の臨床試験においても組み入れられていることが確認された。さらに、介護者に関するアウトカム指標を組み入れている疾患の特徴および使用頻度の高いアウトカム評価ツールを確認することができた。

一方で、現状では家族介護者のQOL改善や介護負担等のアウトカム指標が用いられている疾患や臨床試験は限定的であること、医療技術評価で一般的に用いられる包括的QOL評価ツールの普及の必要性の検討、得られたアウトカムをどのように価値として評価していくのか、そして介護負担等の改善効果に関する長期的なデータおよび知見はまだ十分には得られていないことが課題である。

介護負担そのものの評価スケールも、先述のZBIスケールがやや汎用されてはいるものの、スタンダードな指標が確立されたとはいいがたい状況にある。今後、定性的のみならず定量的な介護負担の考慮を進めるためには、ある程度標準的な評価指標の確立(既存指標の中でのスタンダード指標の特定や、新規の汎用性の高い指標の開発)が望まれる。

薬物治療によって、患者自身の病状、QOLあるいは日常生活動作等を改善し、介護を要する状態を軽減・回避することが医薬品に最も期待されていることではあるが、患者だけでなく、その患者のケアやサポートを行う家族介護者の負担を減らす効果に目を向けることは、社会的観点からも重要ではないかと考える。例えば、家族介護者の介護負担が軽減することは、介護者本人の労働生産性の向上につながり、さらには介護施設の利用低減につながる可能性もあり、社会システム全体の経済性の観点からも影響力は小さくない。実際に、本邦では、介護による離職者は年間約10万人(2017年時点)いるとされている18)。また、2025年には高齢者のおよそ2割(約700万人)が認知症になると推計されており19)、家族介護者も増加することが見込まれる。特に働く世代の人口が急激に減少していくことが問題視されている本邦においては、貴重な働き手としての役割も望まれる家族介護者のQOL改善や介護負担を軽減する視点は、今後ますます考慮が必要だと考えられる。そのような将来的な課題も見据え、社会全体に貢献するという観点から、医薬品における介護者QOL・介護負担等への波及的効果の価値に目を向けていくことは意義があるのではないだろうか。

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