Topics 新型コロナウイルス感染流行下におけるデータ利活用 接触確認アプリの事例を中心に

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医薬産業政策研究所 主任研究員 中塚 靖彦

1. はじめに

2019年12月31日、中国武漢で発生した原因不明の新型肺炎として報告された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2、それによる疾患はCOVID-19と命名された)は、瞬く間に世界中に広まった。WHOのwebサイトによると、6月10日時点の感染者は約700万人、死者約40万人に達している。

世界各国が法的な拘束力を有する都市封鎖(ロックダウン)を行い、我が国においても緊急事態宣言が発令され、人々の移動が制限されるなど社会生活や経済にも甚大な影響を及ぼしている。また、行政、医療関係者をはじめとする多くの人々の尽力により、欧米各国に比べて影響は少なかったとはいえ、今までに1,000人近い死者を出し、人々の健康や生活にも様々な影響を及ぼした。そして安全を支える医薬品の果たす役割の大きさを改めて認識するものであった。現在は発生から半年間が経ち、世界各国で都市封鎖が解除され、日本においても緊急事態宣言が全面解除され、経済活動再開への期待が高まっている。一方で、感染第2波を警戒しながらの解除であり、引き続き個々人の感染に対する自己防衛・管理意識は高い状態が維持されることが予想される。

今回の新型コロナウイルスの一連の対応の中で、医療、ヘルスケア、社会生活全般のデジタルデータの活用について注目が集まっている。新型コロナウイルス流行下においては、新型ウイルス感染の状況を分析するための情報収集はもちろん、個人が持つ携帯電話の位置情報サービスや、通信アプリ、交通系ICカードなどの機能を活用して集められているデータを活用し、鉄道の混雑状況や地域への人口流入率等の統計データが日々更新されるなど、人々の生活や行動のデータが感染対策に重要なツールとなっている。また、緊急事態下の感染予防という視点から、人との接触を減らすためのオンライン診療、オンライン授業やテレワークの拡大などのデジタルの活用が急速に汎用化されている。コロナウイルスによるパンデミックが、社会のデジタル化の動きを一挙に活性化した感がある。

本稿ではコロナウイルス流行下におけるデータの活用等について概観するとともに、その具体的事例として、各国政府の取り組みで検討されている「接触確認アプリ」に関してレポートする。

2. データの活用について

新型コロナウイルスの遺伝子変異、発症メカニズムや疾患の重症度の要因、ワクチン・新薬・リポジショニング評価など、既に多くの感染者、治療方法等に関する詳細なデータが集積され、医学・医療のための研究が進められている。このような対応においてもデジタルデータの活用性が増していることはもちろんであるが、今回のグローバルなパンデミックに伴う感染症対応においては社会的な行動変容が同時に求められ、そのためのデジタルデータ収集・活用の重要性が強く認識された。

緊急事態宣言下においては外出の自粛によって、今まで行っていた社会活動の変更を余儀なくされた。多くの企業がテレワークやWeb会議の業務対応をとるなど、デジタルネットワークの活用も大きく進展した。医療においては、これまで再診時の対応等に限られていたオンライン診療について、2020年4月10日に厚生労働省より「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取り扱い1)」が事務連絡され、オンラインでの初診診療および薬剤の処方が可能となった。

行動変容を進めるためのデータ活用では、新型コロナウイルスの感染情報の収集と共有化、そのデータに基づく正確な状況把握と適切な対応をとることが重要である。新型コロナウイルスの感染情報は報道番組やニュース・新聞など、様々な媒体で触れることが多い。世界全体の感染状況から日本各地の感染状況、地域や施設の感染状況まで、官民学が多様なツールを使い、データを可視化し、日々更新を行っている。例えば、世界の感染情報を更新しているWebサイトの一つであるWorld Health Organization(WHO)は、COVID-19の世界における感染情報や重要な更新情報を、毎日「日報(Situation report)2)」という形で共有している。米国ではジョンズ・ホプキンス大学が世界における感染地域、感染率や死者数の地域内訳などの情報を、地図などを用い可視化したダッシュボードを提供している3)。同様にニューヨーク・タイムズ紙(New York Times)もダッシュボードを提供している4)。米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)もダッシュボードを提供しているが、米国における概要を示したものに限定されている5)

欧州ではEuropean Centre for Disease Prevention and Control(ECOC)が「COVID-19 situation update worldwide6)」を毎日更新している。

我が国でも厚生労働省が「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について7)」を毎日更新し、発信している。緊急事態宣言の解除後、東京都では都内の感染状況を都民に的確に知らせ、警戒を呼び掛けるための「東京アラート8)」なるものを作成、感染におけるモニタリング指標9)を設定し、感染第2波への備えを行っている。行動変容を進めるためのデータの活用を見てみると、下記のように大別できる。

  1. (1)
    感染者や感染状況のデータを収集・解析(上記の事例)
  2. (2)
    公衆衛生・防疫の観点から、集団としての人の行動や密集度を把握
  3. (3)
    感染者の行動や・接触を捉え、感染拡大を防ぐ(クラスター対策など)
  4. (4)
    社会活動や生活様式の変更支援(テレワーク、オンライン診療など)

(2)の情報についても、マスコミ等を通じて、広く情報が入手できるようになってきている。更に鉄道会社や交通アプリでは車両の混雑状況を表示したり、空いている乗り継ぎの情報を提示するといったサービスが始まっている。また、クラスター対策や、院内感染の監視に繋がるところから、(3)による感染拡大に対策を講じられるアプリの開発が注目されている。次項ではこの(3)に分類される「接触確認アプリ」の詳細に触れてみたい。

3. 新型コロナウイルス接触確認アプリの種類

緊急事態宣言の全面解除により、外出する機会が増え、人と接する機会も増えることが予想される。そのような中、新型コロナウイルスの感染者との接触確認アプリ(海外ではコンタクト・トレーシングアプリと呼ばれている)の開発や使用が検討され始めている。

接触確認アプリは、スマートフォンの近距離無線通信規格であるBluetoothを使い、感染者との接触を知らせるタイプが主流である。接触を検知するこのようなアプリの導入が60ヵ国以上に広がっているとの報道もあるが、いち早くアプリの提供が開始された国は中国であり、国家衛生健康委員会(NHC)が「濃厚接触検出アプリ」を2020年2月9日に一般公開している10)。このアプリは、新型ウイルスの感染が確認された人物、あるいは感染の疑いがある人物の近くにいたかどうかを知らせてくれるものである。

そのような接触確認アプリの使用目的は、国によって異なり、下記のように大きく3つに分類される。

  1. (1)
    人との接触度が多い人に対して、施設や地域への立ち入りを制限したり、感染者を隔離したりするため
  2. (2)
    保健所(公衆衛生当局)が濃厚接触者を把握するため
  3. (3)
    お知らせを受けた人が、自らの行動を変えて感染拡大を防止するため(自らの行動変容を確認できる)

それぞれの目的に応じ接触確認アプリは使用されているが、接触確認アプリの仕様の特徴は図1のように4つに分類されている。

図1 接触確認アプリ主要類型の特徴
図2 各国における接触確認アプリの比較

位置情報を用いて、感染者と接触のあったアプリユーザーを当局が特定できる「位置情報型」、電話番号等の個人情報より、当局が接触者を特定し、連絡することが可能な「Bluetooth・個人特定型」、各ユーザーの接触者データは当局が保有するサーバーで管理される「Bluetooth・匿名(中央サーバー処理)型」、各ユーザーの接触者データは各ユーザーの端末で管理される「Bluetooth・匿名(スマホ端末処理)型」の4つに分類されている。上述した目的(1)のために利用されるタイプは「位置情報型」のアプリの使用となる。

「位置情報型」を採用しているインド、イスラエルは、他の方式と比較して相対的にプライバシーへの影響が大きくなる。(図2)

例えばインドでは、携帯電話の位置情報を使って感染者との接触履歴をトレースする「Aarogya Setu」というアプリが使用されているが、本アプリは感染者が発見された場合、過去14日間の接触者にSMSなどで医学的なアドバイスが送信されたり、オンラインチャットや感染者との接触履歴から感染リスクを自ら確認することができる。ただし、本アプリでは当局が取得した、電話番号などの個人情報やそれに紐づいた位置情報データがどのように使用されるか不明であり、透明性が十分に確保されていないことが問題となっている。

オーストラリア、シンガポールでは「Bluetooth・個人特定型」を採用しており、電話番号等の情報を取得する必要があり、個人情報を政府もしくは当局が保有することとなる。

イギリス、フランス、ドイツ、スイス、などはBluetoothで匿名化された情報を用いる方式の稼働及び検討がなされており、プライバシーへの影響が比較的小さいことが想定される。プライバシーに対する世論と、公衆衛生学上の要請とのバランスをどのようにとるか、各国それぞれの実情にあわせて対応しているようである。

我が国では、政府主導で新型コロナウイルス感染拡大防止のためのテクノロジー活用を検討する「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム事務局 11)」にて、接触確認アプリの導入に向けた取り組みに関する議論が進められている12)。なお、新型コロナウイルス感染症対策テックチーム事務局における接触確認アプリの目的としては、スマートフォンを活用して、目的 (3)「自らの行動変容を確認できること」、を目的としており「Bluetooth・匿名(スマホ端末処理)型」の採用を検討しているようである。併せて目的 (2)「自分が感染者と分かったときに、プライバシー保護と本人同意を前提に、濃厚接触者に通知し、濃厚接触者自ら国の新型コロナウイルス感染者等把握・管理支援システム(仮称)に登録できるようにすること」、も検討されている。(図3)

図3 (参考)接触確認アプリと新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(仮称)の関係

「接触確認アプリやSNS等の技術の活用も含め、効率的な感染対策や感染状況等の把握を行う仕組みを政府として早期に導入し、厚生労働省及び各保健所等と連携することにより、より効果的なクラスター対策につなげていく」、「まん延防止にあたっては、導入が検討されている接触確認アプリやSNS等の技術を活用した催物参加者に係る感染状況等の把握を行うことも有効であることを周知する」という新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針に沿う形で接触確認アプリは具体化されていくことになる。我が国で検討されている接触確認アプリの仕様として、Bluetoothを使い、アプリ利用者同士の「接触」をスマートフォンに記録する。接触とは「おおむね1メートル以内の距離で継続して15分以上の近接状態が続いた」ことを指す。現在、GoogleとAppleが共同で接触確認アプリに関するApplication Programming Interface(API)を開発しており13)、我が国のアプリもこのAPIを活用し、2020年6月のアプリリリースに向けて検討・開発がなされている。このAPIの特徴のひとつは、Bluetoothを活用しGPS情報(位置情報)を集めないことである。Bluetooth識別子も個人を特定できない識別子だけであり、位置情報や電話番号、メールアドレスといった個人情報は取得せず、14日経過した記録は削除される仕様となる。また、ユーザー自身がアプリを操作できること、ユーザーが陽性と診断されることを報告するかどうかを選択できる仕様となる。(図4)

図4 接触確認アプリの仕組み(検討中・未定稿)

4. 課題

ただいくつか問題点もある。実際に国民に使用してもらうためにはプライバシー保護、透明性の確保をしたうえで国民に信頼され得るアプリの提供が必要になると考える。上述したGoogle、Appleが提供を予定しているAPIでは発出されたQ&Aにもプライバシー、セキュリティの事項が半数以上を占めて回答されており14)、プライバシー保護、透明性の確保について慎重に検討され、対応していくようである。

しかし、セキュリティ、プライバシーの懸念がなくなればアプリ使用が普及するとは限らない。実際に、早期に接触確認アプリ「トレース・トゥギャザー」を導入したシンガポールでは、プライバシー侵害の懸念などから、利用者は人口比25%程度にとどまっている。また、ITテクノロジーやゲノム情報の活用などが進展しているアイスランドにおいても、政府の支援で開発された接触確認アプリ「ラクニング(Rakning)C-19」の普及率は全国民の38%と報告されている。接触確認アプリの効果を上げるには最低でも6割の利用が必要と指摘されている15)が、普及率6割を達成することは非常に難しいことが予想される。そのため、アプリの利用を普及させるためには、データ提供者(国民)がアプリを利用するメリットを実感することが重要であり、データ提供者への価値還元をどのようにしていくのかを検討することも必要なことであろう16)

5. まとめ

新型コロナ対策は長期戦になるとみられ、接触確認アプリの導入はクラスター対策を早期にかつ有効に実施することに貢献するなど、第2波を防ぐうえで有用な手段の一つとなることが予想される。このようなアプリの開発が進み、国民が目に見える形でメリットを享受することで更なる使用拡大にもつながることが期待される。今後、新型コロナウイルスだけでなく、新たな感染症が発生した場合にも同様にアプリやデータの活用が期待できるであろう。

データやアプリの使用については、プライバシー保護やセキュリティについて十分留意しながら進めていく必要があるが、国民の信頼に足りうる透明性の確保、利用を促すための国民への周知の在り方、および国民への価値還元の提供が重要となってくることは想像に難くない。

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