Opinion デジタルヘルスの進展から未来の医薬品産業を考える 「データ駆動型ヘルスケア」の一員として

印刷用PDF

医薬産業政策研究所 主任研究員 佐々木隆之

はじめに

デジタルテクノロジーの進展は著しく、ヘルスケアの分野においても、治療アプリの登場、VRを活用したリハビリテーションの普及、AI搭載医療機器の可能性拡大、スマートフォンを活用したmHealthの進展、ロボットやアバターを活用した治療の開発、ゲームのヘルスケアへの応用、Brain Machine Interfaceの研究活発化など、多様なソリューションが登場しつつある。

この潮流は個々の企業活動にとどまらず、国家、ひいては国をまたいだデジタルヘルスの取り組みも加速している。例えばここ数年の動きを振り返っても、世界保健機関(WHO)による2020年から2024年のデジタルヘルスのグローバル戦略(draft)の公表(2019年3月)1)、オーストラリアを中心としたGlobal Digital Health Partnership(GDHP)の立ち上げ(2018年2月)2)、欧州委員会によるデジタルヘルスに関する政策文書の公表(2018年4月)3)、Global Digital Health Index(draft)の発表(2018年5月)4)など、デジタルヘルスに関する国際的な取り組みが同時多発的に進行している。我が国においても、ロボット・AI・ICT等を活用したデータヘルス改革推進本部の設置(厚労省:2017年)5)、健康・医療情報の利活用に向けた民間投資の促進に関する研究会(ヘルスケアIT研究会)の設置(経産省:2018年)6)などの取り組みが進められている。

我が国の製薬業界に目を転じると、日本製薬工業協会が「製薬協 政策提言 2019」において「デジタル技術等を活用した予防・早期診断・先制医療など幅広い健康医療ソリューションの創出の実現」に言及しているほか7)、個社においても、デジタルヘルスの活用を視野にいれつつ、「beyond the Pill」の領域でのヘルスケアビジネスを検討する動きが広がりつつある8)

新薬の上市にはこれまで、10年から15年という長い歳月を要してきた。技術革新や承認審査改革などにより、この期間は今後短縮されることが期待されるものの、社会構造の変化やデジタルテクノロジーの進化がもたらす「医療のパラダイムシフト」の進展は、これから開発を開始する新薬が上市される時期における「未来の医薬品産業」にも、影響をもたらすだろう。本稿では、特にデジタルヘルスに関するテクノロジーが今後医療においてどのような特性を発揮するか整理するとともに、それらの技術がもたらすデータ駆動型社会において、ヘルスケア産業の一員としてどのような観点が必要となるか、デジタル化の観点から考えてみたい。

デジタルテクノロジーの進化とヘルスケアへの影響

デジタルテクノロジーの範囲は極めて広範だが、ヘルスケア産業への応用の大きいものとして、本稿では特に①IoTの進化 ②常時接続性の向上 ③人工知能の普及 ④ゲーミフィケーションの活用 ⑤バーチャルコミュニティの浸透を取り上げ、具体例を紹介するとともに、ヘルスケアへの影響を考察したい。

① IoTの進化⇒デジタルバイオマーカーの充実

IoTやセンシング技術の進化は、疾患の発症予測や状態把握・管理などに利用するための、ウェアラブル機器等で取得する生理学的データ、いわゆるデジタルバイオマーカーの探索を加速させた。

スマートフォンや時計型ウェアラブル機器で測定可能なデータは多く、脈拍数や歩数、心電図、睡眠時の体動データ等が収集可能となっていることはすでに報告されているが、近年はさらに活用の方法が広がっている。例えばフィンランドでは、スマートフォンのジャイロセンサーを用いて呼吸疾患の判定を実施するアプリが開発された9)。また、カナダでは、スマートフォンの自撮りやタッチ操作で血圧を測定する技術が開発された10)

外部センサーにより生体変化の兆候をとらえる試みも活発である。IBMはファイザーと共同してProject BlueSkyを運営、パーキンソン病の兆候をスマートハウスに設置したセンサーでリアルタイムに住人の動き(例えばドアノブを回す際の手首や前腕の動きなど)を検知して見守りサービスを提供する試みを進めた11)

これに加えて近年は、音声、表情、会話内容といった情報をマルチモーダルに収集・統合し、さらに高度な「人間の状態の理解」を進めようとする取り組みもなされている。政策研ニュースNo.57にも紹介したとおり、音声や画像、会話内容をもとにした精神疾患の客観的重症度尺度の作成が試みられているほか12)、Affective Computing(感情コンピューティング)の分野では、人間の表現要素を統合して感情として数値化し、ヘルスケアへ応用する試みがなされている。例えば、自閉症の人が使用する通信技術の開発や13)、アバターセラピー14)による幻聴の治療15)などに応用されている。

これらのデジタルバイオマーカーは、従来数値化が困難であった指標を客観的に数値化しうるものとして注目されており、既存の指標との相関も盛んに検討されている。患者・生活者自身が情報を入力・発信するタイプのもの(ePRO等)も含め、デジタルテクノロジーで取得できるバイオマーカーは充実してきていると言えよう。

② 常時接続性の向上⇒研究と生活の融合

IoTの技術進化と並行して、通信技術の進化や通信環境の整備、SNSの普及などにより、モバイル、ウェアラブル機器やセンサー等から、生体関連情報を常時収集したり、生活者の感じていることや思ったことをリアルタイムに収集したりする仕組みが実現しつつある。これまでは、出生記録、予防接種履歴、健康診断結果といったデータ、あるいは疾病罹患時の医療データ(臨床検査値、画像、診断所見、介入内容等)といった、いわゆる「スナップショット」のデータが、個人の医療健康データの中心であった。これに対し、デジタルデバイスからのデータは、データ取得頻度に差異はあれど、従来よりも常時接続に近い形で生活者のデータを連続的に収集可能とする。

この技術進化は、ライフサイエンスを含めた研究スタイルについても変化をもたらしつつある。ここでは例として「リビング・ラボ」における常時接続性を取り上げたい。

リビング・ラボは、企業や組織の研究用の特殊環境でなく、実際に人々が暮らす街で社会実験を行い、検証する研究スタイルを指し、近年は市民や地域を巻き込んだ社会共創型オープンイノベーションの手段として注目されている。OECDにおいても、公共部門と企業間の協力を強化し、自治体や企業が技術等をテストするイノベーションの場として有用であることを踏まえ、ベルギーのアントワープ市におけるスマートシティサービスの検討事例16)、フィンランドにおける高齢者向け製品開発や介護プロセスの改善、学校における学習環境やデジタル教材の作成17)、18といった事例が、国際的なケーススタディとして取り上げられている。

リビング・ラボは、その性質上、参加者の研究への関与がより強まる。SNS等を活用した常時接続性は、リビング・ラボにおける参加者の研究への参画のハードルを下げる効果が期待される。また、センサーを活用したモニタリングは、例えば研究参加者の行動データに精密さを付与し、時系列的な評価の精度向上に寄与するだろうし、時には数値化された客観的なデータのフィードバックが参加者にモチベーションを与えることもあるだろう19)

デンマークの首都コペンハーゲン市が2018年に策定した「持続可能な開発の首都:持続可能な開発目標のための行動計画」の代表的なプロジェクトである"Living Healthtech Lab"では、パーソナルレジストリ(電子健康データ)に遠隔医療、e-health、在宅医療、デジタルヘルスケアなどを組み合わせたテストハブに、ITに精通した市民が参画することで、イノベーションの創出を試みている20)。特にヘルスケア分野のリビング・ラボは、同意取得に始まり、疾病兆候や生理学的動向の把握、アウトカムデータの収集、Patient Reported Outcomeの受領、結果のフィードバックといった多くの観点で、従来の医療システムに準じた臨床研究にはないメリットがあると考えられ、デジタルによる常時接続性はこれをさらに大きくするものと言えよう。

③ 人工知能の普及⇒個別化医療機器/ソリューションの開発

患者・生活者のデータがリアルタイムに近い形で収集できる環境は、その多次元かつ大量のデータを個別最適化されたヘルスケアの提供に用いる素地を形成する。広告の分野では、AIを活用したターゲッティング広告が広く行われており、ヘルスケアアプリにおいてもAIによる運動プログラムや食事内容の提案が普及しているが、規制の厳しい医療機器においても、近年はAIの搭載を見据えた仕組みが整えられつつある。

図1 Project Emmaパーキンソン病患者向けウェアラブルデバイス

米国では、デジタル技術を用いたイノベーションを適切に推進・評価するために2017年に策定した「Digital Health Innovation Action Plan」の一環として、パイロットプログラム「Digital Health Software Precertification Pilot Program(通称Pre-Cert)」を始動した。例えばスマホアプリ等のソフトウェア単体で医療機器として機能する、いわゆる「プログラム医療機器(Software as a Medical Device, SaMD)」は随時アップデートされ、絶えず性能が変化する可能性があることから、ソフトウェア(製品)ごとでなくそれを手掛ける企業に焦点を当てて認証するとともに、従来の医療機器審査やプログラム自体の審査だけでなく社会実装後も適宜製品の有効性や安全性を評価していくことがうたわれている21)

Pre-Certで想定されているプログラム医療機器は、ある時点でいったんプログラムのアップデートをロックし、固定された時点で審査を行うスタンスであったが、2019年4月にはさらに踏み込み、アルゴリズムをロックしないプログラム医療機器に対してどのように管理していくべきか、といった視点のディスカッションペーパーが発出された22)。この報告書では「Good Machine Learning Practice」の概念が提示されており、データの妥当性、アップデートの合理性、アルゴリズムの透明性といった観点から規制の枠組みをとらえる試みがなされようとしている。

現状では、データベースのデータを学習したAIが、患者等の対象者を「分類」して最適な医療を提供するユースケースが想定されるが、将来的には個人のデータをもとにAIを最適化し、治療やQOLの向上に役立てるニーズも想定される。現時点で実用化には至っていないが、象徴的な例として、Microsoftが取り組んだ「Project Emma」が挙げられるだろう23)。このプロジェクトで提供されたEmma Watchは、パーキンソン病の振戦症状に対し、これを相殺する振動をあてて震えを軽減するウェアラブルデバイスであり、振動を発生させるモーターの駆動プログラムは、デバイスを装着する人(この場合はEmma Lawton氏)の振動データにより最適化されている。

④ ゲーミフィケーションの活用⇒行動変容、リハビリテーション等への応用

ゲーミフィケーション24)の6要素というものをご存知だろうか。「遊びと学び研究所」を主催する元東京工科大学の岸本好弘氏によれば、それは能動的参加、称賛演出、成長の可視化、達成可能な目標設定、即時フィードバック、自己表現にあるという25)。これは認知行動療法における社会的強化子(賞賛、承認、達成)や心理的強化子(達成感、快楽、満足)の提供に相当するものであり、ゲーミフィケーションの性質が認知行動療法と高い親和性を有することがうかがえる。

また、政策研ニュースNo.57にも取り上げたとおり、Digital Therapeutics(DTx)においてはゲーミフィケーション要素を利用したものが登場してきているが、応用分野としてはリハビリで先行している。例えばスイスと米国に拠点を置くMindmaze社は、脳に損傷を受けた神経患者のリハビリ支援にゲーム性の高いVRを活用して取り組むことを表明している26)。同社は神経障がい者向けゲーム型リハビリテーションシステム"MindMotion Pro"ならびにその自宅用バージョン"MindMotion Go"を開発、すでにFDAの認可(510(k)クリアランス)とCEマークの認証を取得している。日本においても、MediVR社の提供する測定機能付き自力運動訓練装置「カグラ」は、VRを活用することによりエンターテインメント性を持たせ、楽しみながら元気になることも重視している27)。こうしたVRを活用したリハビリテーションは、ゲーミフィケーションの要素を中心に、ゲームやVRの持つ没入感のエッセンスが加えられ、治療成績の向上が図られている。

⑤ バーチャルコミュニティの浸透⇒患者中心の情報連携

バーチャルコミュニティもヘルスケアにおける重要性が増している。2000年代はインターネットが、2010年代はSNSが世界的に普及した年代であり、今後も興味、文化、専門性などによって様々に細分化されたバーチャルコミュニティが立ち上がり、存在感を増していくだろう。

バーチャルコミュニティは、すでに患者・生活者の意思決定において重要な役割を占めはじめている。例えば2004年に米国で設立され、展開されているソーシャルネットワークであるPatient Like Meは患者が自分と同じ病気または症状を持っている他人とつながり、経験を共有することができる。すでに60万人以上が登録しており、100以上の調査研究が公開されるなど、プラットフォームとしての存在感を増している28)

近年は、このバーチャルコミュニティの基盤を活用し、"DigitalMe"というパーソナライズド仮想アバターの検討を開始した。この取り組みは、実世界に生きる患者・生活者から体験、環境、医療、ゲノム、オミックス、抗体の検査やマイクロバイオーム等の多様なデータの提供を受けることで、健康、病気、老化に関する新たなシグナルを発見するとともに、別の患者・生活者の体験データを用いた機械学習システムから、パーソナライズされた治療・診断・予後に関する仮説の生成を目指す、というものである29)

我が国においても、SNS等を活用した患者のバーチャルコミュニティは数を増している。一般社団法人日本障がい疾患家族支援協会からは、疾患特化型SNS「CARE LAND」が2017年にサービス開始となっている。同SNSは登録疾患数が500を突破しており、日本有数の患者向けSNSとなっている30)。このほかにも、NPO法人GISTERSの運用するSNS、日本対がん協会ががん告知経験者や家族、支援者向けに立ち上げた「サバイバーネット」など、webやアプリを活用した患者コミュニティが数多く出現している。これらは、現時点では患者間の情報共有を目的としたバーチャルコミュニティだが、例えば日本最大のアトピー画像データベース構築と機械学習を活用した患者フィードバックを目指すアプリ「アトピヨ」のように、医療情報管理の枠組みを超えて患者に価値のある情報をもたらすような新たな仕組みも増加していく可能性があるだろう31)

デジタルヘルスの要素をつなぐのは生活者のデータ

ここまでで述べてきた、デジタルテクノロジーに関する①から⑤までの要素は、相互に関係し、影響し、補完する要素である。すなわち、デジタルバイオマーカーの充実は、常時接続性の向上も相俟って研究環境の更なる変化を促すだろうし、バーチャルコミュニティにもAIの要素は欠かせなっていくだろう。

それでは、これらの要素は医療にどのような変化をもたらし、人間の生活・健康への「介入の仕方」にどのような影響を与えるだろうか。これまでにも個別化医療や先制的介入の視点は各所で取り上げられてきたが、今後はさらに「社会性」「コミュニケーション」「双方向性」といった要素も鍵となるだろう。生活空間が研究の場と近くなり、デジタルバイオマーカーの発見が進む。常時接続に近いかたちでの生活者のモニタリングが進むことで、あるいは生活者自らがデータを発信することで、疾病発症や健康不安に関する兆候を生活者自身が把握する。ゲーミフィケーションやバーチャルコミュニティ、ロボット、アバター等の助けも得ながら行動変容や治療、リハビリにあたる。治療後も、生活空間のなかでのモニタリングが継続、治療アウトカム等のデータが収集され、生活者や医療関係者にフィードバックされる。社会的連帯感や承認欲求の充足、達成感といった心理学的要素をふまえた、人間の「こころ」を意識した介入というものも、今後のヘルスケアでは重要な要素を占めるようになるのではないか(図2)。

図2 デジタルテクノロジーの進化とヘルスケアへの影響

そして、この「カスタマイズされた介入」「リアルタイムデータに基づく介入」「こころを意識した介入」のすべてをつなぐのは、他でもない生活者個人のデータである。すなわち、生活者データを軸としたデータ駆動型ヘルスケアこそが、21世紀型ヘルスケア実現のカギになるといえるだろう。

データ駆動型ヘルスケアの一員として

現在開発中、もしくはこれから開発される医薬品が上市される未来の社会において、新薬の対象とするヘルスケアの領域やそのありようは、どのように変化しているだろうか。前項で整理した「カスタマイズされた介入」「リアルタイムデータに基づく介入」「人間のこころを意識した介入」といった要素が重要となり、あるいは「集団」から「個人」へ、「治療」から「予防」へ、「モノ」から「コト」へと医療がパラダイムシフトを起こし、さらにはモダリティが再生医療や遺伝子治療、ゲームやアプリ、VRやコミュニケーションテクノロジーを活用したヘルスケアにまで広がっていく可能性があるなか、治療にしか使われない医薬品は医療の主役足りえるのか。層別化を追求した場合に医薬品は「個」に対応できるのか。生活者と常時接続される世界から医薬品は何を得てどう改善されるのか。分子創成、疾患理解、治験遂行といったコアコンピタンスはいつまで優位なのか。そのような疑問が生じるのは決しておかしなことではないだろう。

データユーザーのままで良いのか

政策研ニュースNo.57で筆者はDigital Therapeutics(DTx)の動向について、グローバルな臨床試験の実施状況の観点から紹介した32)。DTxは、医療従事者と患者を常時接続に近い形でつなぎ、没入性を利用して行動変容を図る点で、上述の21世紀(前半)型ヘルスケアの要素のいくつかを満たしていると筆者は捉えているが、しかしヘルスケアのケアサイクル全体からみれば「治療」という一部分であり、またデータ駆動型社会の観点からみれば、医療関係者・患者・デバイスプロバイダーの間の「閉じたデータ」の世界にある。これは、例えば医薬品の服薬管理にデジタルツールを用いるような、いわゆるAround the Pillの領域と、「データの開放性」の観点からは同種であるといえる。

図3 医薬品産業の未来の役割は

一方で、データ駆動型ヘルスケアを実現していくためには、「開かれたデータ」として異業種間でのデータの共有が必要である。自動車産業など、移動手段を提供する産業では、「MaaS(Mobility as a Service)」という概念が提唱されている。自動車等は移動手段のひとつであり、クラウド上に蓄積されたあらゆるデータをもとに、電車、タクシー、カーシェアリング、ライドシェアなどあらゆる選択肢のなかから(貨物輸送なら混載や共同配送も)、ユーザーが自分で判断して取捨選択していく仕組みである33)。そしてこの「モビリティのパラダイムシフト」は、保険業界や観光産業などの関連産業のビジネスにも影響を与えつつ、他方では膨大なデータが渋滞の予防や事故の防止、道路設備等の予知保全、あるいは都市計画や街づくりといった用途にも用いられる。つまりMaaSは、ユーザーニーズだけでなく、ソーシャルニーズやナショナルニーズの充足までをも視野に入れているといえる。

これをヘルスケア産業に置き換えて考えた場合(IEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers)は2014年に"HaaS:Healthcare as a Searvice"との考え方を発出している)34)、単なるメディカルニーズの枠組みを超え、ソーシャルニーズやナショナルニーズの存在をも考えながらデータを収集、解析、フィードバックしていくことが求められるだろう。そしてこうした取り組みが画餅に帰すことを防ぐには、MaaSと同様、生活者やインフラからの膨大なデータが対価を伴ったかたちでビジネスとして循環する「データエコノミー」の形成が必要となる

このデータエコノミーにおいて、製薬企業は、これまでどおりバイオデータやマーケットデータ、レセプトデータ、あるいは副作用情報といったデータを受領するデータユーザーにとどまるのか、あるいは生活者との接点を充実させ、ICT企業等とも連携しつつデータプロバイダーとして新たな活路を切り開き、ヘルスデータエコノミーを牽引していく原動力のひとつとなるのか。デジタルヘルスの進展は、医薬品産業の役割や在り様に対し「どんなソリューションを提供するか」という観点のみならず「データエコノミーでの役割」という視点からも、トランスフォーメーションをうながしているとも捉えられるのではないか。

データ駆動型ヘルスケアの一員として

既に海外では、製薬企業・データプラットフォーマー・医療機関・保険会社等の異業種連携がすすむとともに、相互運用性向上や標準化の推進、サイバーセキュリティ対応など、国をまたいだ数多くの取り組みが、アライアンスやコンソーシアムといった企業・アカデミア・医療機関も参画可能な形態で進められている。さらには、政策研ニュースNo.5835)に記載した通り、特にデータ流通の土台とのなる「サイバーセキュリティ」「プライバシー」「相互運用性」は、ICT産業だけでなくデータステークホルダー全体で考えていかなければならない課題である。データ駆動型ヘルスケアの一員を目指すのであれば、ガイドライン・自主基準等の制定、法制度等に関する意見表明などに関し、積極的な参加が求められるだろう。

しかしながら、デジタルテクノロジーの進化は速い。テックプラットフォーマーが「現状を10%良くするよりも10倍良くする発想」を掲げていることは有名である36)。ビジネススパン、カスタマーアクセス、レギュレーション、R&Dの位置づけ、人材確保、多くの要素が、いわば「従前型の医薬品産業」とは異なる次元のスピードや考え方で進んでいるのは、医薬品産業に身を置く者なら肌身で感じていることと推察する。クラシカルな医療用医薬品と、同じ人間、同じ枠組み、同じ団体が、こうした新たなヘルスケア産業の推進役として適当か、そのような議論が生じてもなんら不思議ではないだろう。米国でDTxの普及を目的としたDigital Therapeutics Allianceが設立されたのは、まさにこうした差異を乗り越えるための方策のひとつであるといえる。経済産業省が本年発出した「ヘルスケアサービスガイドライン等のあり方について」は、ヘルスケアサービスの流通に関し業界団体が自主ガイドライン等を定める際の指針だが、例えばこうした枠組みを活かしながら異業種を巻き込んでプラットフォーム作りを進めることも、適正な品質のヘルスケアソリューションの提供やリスク/ベネフィットのバランスの観点からの消費者の保護、持続的なヘルスケアビジネスの遂行、ひいてはヘルスケアソリューションの国際展開には効果的なのではないかと考えられる。

データ駆動型ヘルスケアの一員として、どのような役割を果たしていくか。未来の社会からバックキャストして今取り組むべきことを考える姿勢が、医薬品産業にも求められていると言えるだろう。

このページをシェア

TOP