Points of View グローバルにおけるEHR・PHR 環境の特徴 -わが国の健康医療データの利活用促進に向けて-

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医薬産業政策研究所 主任研究員 辻井惇也

1. はじめに

64ZB(ゼタバイト)。これは2020年に世界で生成されたデジタルデータの量である1)。耳馴染みのあるGB(ギガバイト)に換算すると、64兆GBという膨大な量のデータがたった1年間に生み出されたことを意味する。さらに、通信技術の進化やデジタルデバイスの高度化等を通じ、あらゆるものがインターネットを介して接続するデジタル社会の到来が間近に迫る中、2025年にはデータ生成量が約175ZBまで増加するとの試算もある。特にヘルスケア分野はその最たる領域であり、年平均36%(2018年~2025年)のデータ量の増加が見込まれている2)

日本では、令和2年版 科学技術白書(文部科学省)において、「2040年の社会のイメージ」が示されている。この中で、「遠隔で、認知症などの治療や介護が可能になる超分散ホスピタルシステム」や「体内情報をモニタリングするウェアラブルデバイス」等の技術を活用し、個人に最適な医療・ヘルスケアが提供される未来が描かれている3)。データ駆動型とも言える次世代の医療・ヘルスケアを支えるのは医療機関やデジタルデバイス等を通じて取得される個人の健康医療データである。あらゆるデータを個人単位で連結・解析し、予防・健康増進や疾患の早期発見、適切な治療介入等に繋げるとともに、産業界等によるデータの二次利用(収集目的外での利用)を通じ、疾患の発症要因の解明や新たな治療薬の開発等を実現することが求められる。今後、医療の高度化や健診の充実、センシング技術の進化、モバイルアプリの普及等を背景に、多種多様な健康医療データの取得、蓄積が進むことが期待される一方、医療機関や個人等で取得されるそれらのデータは、各所に分散して保管されており、個人単位で十分な連携がなされていないのが現状である。わが国において、散在する健康医療データを適切に連携し、効果的な活用を進めるためには、連携に資するデータ基盤や仕組みの構築が不可欠と考える。本稿では、医療機関内外で取得される健康医療データの基盤や連携(EHR-PHR連携)、データ利活用等の現状について、グローバル動向を俯瞰するとともに、日本の課題と対策を深堀する。

2. 本稿における用語の定義

本稿で使用する用語を下記のとおり定義する。

EHR(Electronic Health Record:電子健康記録)は、一生涯に渡る個人の医療情報を電子的に記録し、異なる医療機関で横断的にその情報を共有・活用する仕組みを指す4)。対象となるデータは、診療情報や検査データ、既往歴、アレルギー情報等であり、主に医療機関で取得されるデータが該当する。

一方、わが国ではPHR(Personal Health Record:個人健康記録)に対する厳密な定義はされておらず、定義する立場や場面によって、その解釈やデータ範囲が異なる場合がある。本稿では、厚生労働省5)及び一般社団法人PHR普及推進協議会6)の資料を参考に、「個人の生活に紐付く健康、医療等に関するデータを、電子記録として本人や家族が正確に把握・利活用する仕組み」と定義する。対象となるデータは、個人に対し共有可能な医療データに加え、健診・検診情報や予防接種歴、ウェアラブルデバイスにより得られるライフログデータ(血圧、歩数、睡眠等)等、医療機関外で取得されたデータも含む7)。なお、ゲノム・オミックスデータについては、「臨床情報と全ゲノム解析の結果等の情報を連携させ搭載する情報基盤」の構築が別途目指されており8)、EHR-PHR連携とは異なる枠組みでの連携が想定されることから、本稿での検討範囲からは除外した。また、上記の仕組みの中で取り扱われるデータそのものを指す用語としても、EHR、PHRの用語を使用することに留意いただきたい(図1)。

図1 EHR・PHR 関連データと本稿での検討範囲

3. 健康医療データの連携・利活用による期待

各国の現状に言及する前に、健康医療データの連携・利活用により期待される効果について、各ステークホルダーの視点から触れたい。

主に医療機関で取得されるデータであるEHRと主に医療機関外で取得されるデータであるPHRの連携により、個人を軸とした多様かつ時系列的な健康医療データの構築が可能となる。例えば、国民や患者といった個人視点でこれらのデータ活用を考えると、疾患予防・健康増進への寄与や医療提供者とのデータ共有を通じた安心・安全で質の高い医療(早期診断、個別化医療等)の享受等が期待される。加えて、自ら意思表示できない緊急時に適切な処置を受けるためにこれらのデータを活用することも想定される。医療機関や政府自治体、保険者視点では、医療リソースの適正配分による医療の効率化、市民・被保険者の健康増進に寄与する確度の高い対策の実行等への活用が考えられ、直接または間接的に国民・患者へ価値を提供できる。また、産業界やアカデミア等では、個人に紐付く多様な時系列データの二次利用により、疾患の発症・重症化要因の解明や患者層別化に資するバイオマーカーの探索といった取り組みを加速させ、予防や早期診断、治療、予後に繋がる新たなエビデンスを効率的かつ効果的に見出すことが可能となろう。特に製薬産業では、創薬ターゲットの探索や予防・先制医療に資する新たなソリューション開発を通じ、医療・ヘルスケアの高質化への貢献が期待される。

4. 健康医療データの基盤とEHR-PHR連携の現状

4-1. 各国の取り組み

本稿では、EHR、PHR環境の構築が進む国の中から、民間も含めた先駆的な取り組みの多い米国、国主導での整備が進む英国、フィンランド、官民連携の特徴的な施策を行うオランダ、国民へのEHR・PHRの浸透が進むオーストラリアに焦点を当てた。

1)米国

米国では、退役軍人省(Department of Veterans Affairs:VA)が、「VistA」と呼ばれるEHR環境と「My HealtheVet」と呼ばれるPHR環境を構築している。退役軍人省の一部門である退役軍人保健局(Veterans Health Administration:VHA)は、約1,300の医療施設で毎年900万人の退役軍人に対し、医療サービスを提供しているが9)、10)、VistAはそれらの施設で取得された医療データの連携システムとして1990年代から利用が始まっている。これに追随する形で2003年より開始されたのが、「My HealtheVet」である11)。My HealtheVetは、VistAと連携しており、退役軍人の患者が自身の健康医療データを自ら管理するとともに、医療従事者や家族と容易に健康状態を共有することが可能である。直近のデータ(2022年10月~12月)では、約470万人のアクティブユーザーがおり、13万人以上の新規登録者がいた。さらに、自身の健康医療データのダウンロードは160万件近く行われていた12)。データのダウンロードには、「Blue Button」というプログラムが利用されている。Blue Buttonは退役軍人省がマークル財団、Centers for Medicare & Medicaid Services(CMS)、国防総省と共同で開発したプログラムであり、この機能を介し、患者は自身の健康医療データに直接アクセスすること(閲覧、ファイルダウンロード)が可能となっている13)。現在、Blue Buttonは、My HealtheVetのみならず、他の政府機関(CMS Blue Button 2.0、米国国防総省TRICARE Blue Button等)や民間企業でも採用が広がっている。アクセス可能な情報としては、診察記録や検査結果(臨床検査、放射線レポート等)、病歴、アレルギー情報、投薬履歴等がある。さらに、患者自身が測定したライフログデータ(血圧、血糖値、コレステロール、心拍数、体温、体重、痛み等)を自己入力し、経過を追跡したり、医療機関側と共有したりすることもでき、個人を軸とした健康医療データの連携が進んでいる14)。(2020年7月より、退役軍人保健局管轄の医療機関に加え、外部医療機関の健康医療データも集約した縦断的な患者記録が作成可能となっている15)。)個人識別IDには、社会保障番号(Social Security Number:SSN)と紐づく専用アカウントを採用しており16)、また、VistAやMy HealtheVetを通じた医療従事者等への情報共有に対しては、オプトアウト(本人の求めに応じて個人データの第三者提供を停止すること)による同意方式を採用している17)

My HealtheVetは、スマートフォン等のアプリを通じてもアクセス可能である。加えて、個人の健康管理を支援するためのアプリ(医療チームとのチャットアプリやメンタルヘルス用アプリ等)がVA機関(Office of Connected Care)やVA推奨の民間事業者により提供されている(現在30種類超)18)。なお、自身の健康医療データの管理・共有のみならず、My HealtheVetを介した診療予約や電子処方箋の管理、VAヘルスケアチームとのコミュニケーション等の機能も備え、患者の医療・ヘルスケアへのアクセス性を向上させるツールとして活用が進んでいる。

2)英国

英国では家庭医が制度化されており、国民は原則、登録した家庭医で一次医療を受ける。家庭医制度を土台としたEHR環境として、NHS(National Health Service)Digital(2023年2月1日よりNHS Englandと統合)が運営する「Summary Care Records」(以下、SCR)がある19)。SCRは、英国の医療関連データの連携ネットワークである「Spine」サービスの一つであり20)、家庭医の医療データから自動で生成される個人単位の電子記録である。この記録は患者による明示的な拒否がない限り、家庭医記録から自動的にデータ収集が行われる一方(オプトアウト方式)、医療従事者への共有は本人同意に基づき行われる。SCRには、NHS番号(NHSが医療情報を管理するための10桁の個人番号)により紐づけされた個人の診療記録やアレルギー情報、投薬、薬の副反応等に関する情報が含まれるが、COVID-19に対する時限的措置として、重要な病歴や投薬理由、ケアプランの情報、予防接種記録が追加されている。

NHSアカウントを持つ人間(家庭医登録のある13歳以上21))であれば、NHS Digitalが提供するアプリ(NHS App)を通じて、これらの医療情報(EHRデータ)にアクセスすることができる22)。これが英国におけるPHRサービスの根幹である。さらに、民間のサービスプロバイダーと提携し、NHS Appと連携する民間PHRを患者に提供している一般診療所や病院も存在する。NHSホームページ上では、NHS Appと連携可能なアプリとして、Patients Know Best社、Substrakt Health社、DrDoctor社のPHRが紹介されている23)。例えば、Patients Know Best社では、NHS Appに記録される診療情報等の閲覧だけでなく、患者自身がウェアラブルデバイスから取得したライフログデータをポータルにアップロードし、医療従事者や家族等と共有することが可能である24)(詳細は4-2項参照)。

なお、健康医療データの研究領域への提供可否は、NHS App等を通じ、国民自身で選択することができる。研究提供を許可した場合、個人が特定できない形に加工された上で、大学や病院、製薬企業での研究等に利用される25)

3)フィンランド

フィンランドでは、100%に近い電子カルテ普及率を背景に、各地域を横断し、中央的に医療データを収集・共有する「Kanta」というEHR環境が構築されている。フィンランド社会保険庁(Kela)が運営を担っており、医療機関等に対してKantaへの患者データの提供を法律で義務付けている26)。Kantaに記録されるデータは、医療記録(治療(デンタルケア含む)、検査結果(臨床検査、画像検査等))や処方薬、予防接種記録(COVID-19ワクチン含む)、専用のアプリから自己入力した自身のライフログデータ(Kantaではウェルビーイングデータと表現)等であり、社会福祉に関するデータの集約も進んでいる27)。これらのデータは個人に紐づくユニークな番号(個人識別番号)付きで全国の医療機関からKantaへ提供されるため、複数の機関に跨るデータであっても個人を軸とした連携が可能である。また、医療提供者等とのデータ共有は、本人同意に基づいており、国民は誰がどのような目的で自身のデータにアクセスしたかを確認することができる。2021年時点で、約380万人のユーザー(フィンランドの人口は約550万人)が存在するとともに、延べ640万人分の27億を超える医療データや70万人分の2,000万近い社会福祉データが保管されており、世界に誇る健康医療データの基盤を構築していると言える28)

個人は「My Kanta Pages」を通じて、上記の健康医療データへアクセスできる29)。また、My Kanta Pagesでは、血糖値や血圧、呼吸数といったバイタルデータや自覚症状等、ライフログデータを自身で記録することも可能である。この機能は、「Kanta Personal Health Record(Kanta PHR)」と呼ばれ、2018年より開始されている30)。さらに、2021年11月1日に発効されたAct on the Electronic Processing of Client Data in Healthcare and Social Welfare(Client Data Act, 784/2021)に基づき、Kanta PHRに保存される健康医療データは、医療機関や社会福祉サービス事業者との共有(個人と事業者並びに事業者間のデータ共有)が可能となった26)、31)。この法律は段階的に施行されており、2024年1月1日までの移行期間が設けられている。

Kanta PHRへのライフログデータ等の記録は、この目的のために開発された民間ウェルビーイングアプリ(KelaのKantaサービス等が承認)を介して行われ、現在利用可能なアプリとして、4種類の製品がKelaのホームページ上で公開されている32)。ウェルビーイングアプリの開発に際しては、図2に示す開発プロセスに従う必要がある33)。まず、データ連携・交換のためのデータ標準規格(Kanta PHRでは日本でも導入が議論されるHL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resource)を採用)や国内データコンテンツの理解が求められる。もし、新規のデータコンテンツを必要とする場合、開発事業者はHL7 Finland Personal Health SIG development communityによるレビューを受けるとともに、Kantaサービスが提供するサンドボックス環境での独自テストが推奨される。システムや規格等の技術要件をクリアすると、開発製品に対してKelaと共同テストを行う34)。共同テストには、1)開発事業者とKela間のテスト、2)医療機関等のクライアント組織とKela間のテスト、3)開発事業者、Kela、クライアント組織によるクロステストの3段階があり、各段階で製品機能やデータ連携等に関する検証がなされる。共同テスト後、フィンランド運輸通信庁(Traficom)認定の評価機関による情報セキュリティ評価に合格すると、Valvira(社会保健省の下で運営される国家機関)のレジスタに追加され、利用が可能となるというプロセスである。健康医療データという機微情報を取り扱うという背景から、一定水準以上の品質を有する製品のみが流通するよう、国が法規制の整備や開発に大きく関与していることが特徴である。

図2 フィンランド:Kanta PHR と連携するウェルビーイングアプリの開発プロセス

また、Kantaやその他の公的データベースに保存された健康医療データの二次利用も国が推進している。2019年4月に成立した「Act on the Secondary Use of Health and Social Data」では、二次利用可能な目的が明示されており、個人レベルのデータは統計や科学研究、教育、ナレッジマネジメント、社会福祉と医療における規制の指導監督、当局での活動に、統計レベルのデータは上記に加え、公衆衛生または社会保障に関わる開発・イノベーションでの利用が許可されている35)。用いられるデータとしては、処方箋や診断名、検査値、処置等があり、利用検討者に対してデータリソースカタログ(データセットとその説明)が公開されている36)。(死亡日データや死因については異なる機関が保有しているが、Kantaデータと結合可能37)。)ただし、広告を含むマーケティング活動等への利用は禁止されている。また、特徴的な施策として、データ利用審査・許可、複数機関に跨るデータの収集・処理(仮名化、匿名化等)、統計データの作成等が、国立保健福祉研究所(National Institute for Health and Welfare:THL)の下に設置されたデータ利用許可機関である「Findata」に一元化されている(図3)。これまで、二次利用に資するデータは様々な機関やシステムに分散して保存されていたため、データ利用に際し、各施設の承認が必要で、データ利用開始まで長い時間を要していた。しかしながら、複数のデータソースに跨る場合や民間データソースへのアクセスが必要な場合、Findataが一元的に対応することとなり、申請処理(データ提供の可否判断)を3か月以内、データ提供承認からデータ引き渡しまでを60営業日以内に完了するという迅速なデータ利活用が目指されている38)。2021年の年次報告書によると、年間312件の申請があり、申請処理期間の中央値は80日であった39)。なお、Findataの活動は第三者機関である議会オンブズマン及びデータ保護オンブズマンが監督しており、活動の透明性を確保している40)

図3 フィンランド:二次利用のための健康・社会データの取得プロセス

このような取り組みが功を奏してか、2019年に公表されたデジタルサービスの活用に関するアンケート調査では、「科学研究への自己または家族の健康と遺伝に関するデータの提供意思」が、調査国(フィンランド、ドイツ、オランダ、フランス)の中で最も高かった42)

4)オランダ

2013年にオランダの新国王に即位したウィレム=アレクサンダー国王は、自身の即位演説で、「20世紀型の福祉国家は終わった」と述べ、中央政府による社会保障支援を限定し、国民自らが自身の健康維持・向上に主体的に関与するという新たな参加型社会への転換を国民に求めた43)。「自助・共助」を目指した新たな社会の礎となるのは、健康医療データであり、オランダではその活用を強く推進している。

オランダの医療データの電子化は早くから進んでおり、他の北欧諸国と同様に電子カルテの普及率はほぼ100%に達する。その背景を踏まえ、2000年代には政府主導により、EHRシステムの構築が進んだが、中央集権的なデータ管理やオプトアウト方式でのデータ収集に対する世論の反発が大きく、計画は頓挫してしまった44)。しかしながら、医療データ活用の重要性から、医療機関、保険会社、薬局、ITベンダー等の業界団体等により構成される民間組織であるVZVZが医療データ連携基盤の開発・運用を主導し、かつオプトイン方式(本人の同意に基づきデータ利用を許可)を採用することで、新たなEHR環境である医療情報交換システム(National Exchange Point:LSP)を実現した。LSPは地域ごとに構築された医療情報交換システムであり、特定のサーバー等での医療データ集積は行わない。住民登録番号(BSN)に基づき、各機関(家庭医、時間外医療センター、薬局等)に保存されたデータへ利用者がLSP(ネットワーク)を介してアクセスすることで、各機関のデータ連携をセキュアに行うという分散型の仕組みを採用していることが特徴的である(患者はどの医療提供者がアクセスしたかの履歴を確認することができる)45)。LSPにより共有可能な医療データとして、現在の健康状態や検査結果、投薬、アレルギー情報等がある。なお、当初、EHR構築を主導した国立医療ICT研究所(Nictiz)は国家規格の開発・管理や全体的なビジョン策定という形でVZVZと協働することで46)、国民の理解を得ており、2020年時点で、約8割の国民(オランダの人口約1,740万人のうち、約1,410万人)が自身の医療データ共有に同意している47)

上記のように早くから医療機関間の医療データ連携(EHR環境の整備)を推し進めてきた一方、国民・患者が自身の健康医療データを利活用するためのPHR環境としては、2016年に開始された「MedMij(メッドマイ)」プロジェクトがある48)。これは、EHR同様、官民連携のプロジェクトであり、保健・福祉・スポーツ省や患者会、民間保険会社等、様々なステークホルダーが関与している。また、MedMijへの参加を判断する機関として、2018年にMedMij Foundationが立ち上がっているが、その理事会には、患者代表(オランダ患者連盟等)と医療提供者が半数ずつ参加するOwners Councilが設置されている。医療利用者と提供者が対等の関係で意思決定に関わることで、活動の透明性を確保していると言える。なお、運営資金は保健・福祉・スポーツ省とZorgverzekeraars Nederland(民間保険会社からなる業界団体)の官民双方から提供されている。

MedMijは、特定のPHRサービスやデータ基盤を指すものではなく、国民・患者と医療提供者の間で健康医療データを安全に交換するためのオランダの標準規則(技術仕様、セキュリティ、相互運用性等)を定めるものである。実際、国民・患者と医療提供者のデータ交換は、アプリケーションやウェブサイトによる個人健康環境(Personal Health Environment:PHE)を介して行われる。PHEにより、国民・患者は医療機関で取得された医療データと自身が取得した健康データを1か所で表示・管理できるとともに、医療提供者とのデータ共有が可能となる。

PHEを提供するのは民間のサービス事業者であり、各サプライヤーがMedMij基準に準拠する形でPHRプラットフォームを開発している。また、MedMijは基準の開発に加え、基準に準拠するサプライヤーの認定も行っている。(その審査には、Nictiz(情報標準に基づく審査)やVZVZ(契約システムの管理)も関与している。)現在、MedMijラベルが付与されたPHEは20を超えており、MedMijのホームページで公開されている49)。一例として、ウェアラブルデバイス等で取得したライフログデータ(血糖値、血圧、心拍数、食事、睡眠等)に基づき健康管理を行うアプリ(Selfcare社50)、Drimpy社51)等)、投薬データの管理アプリ(Zorgdoc社52)等)、健康維持や長期的なケアを必要とする患者向けのデータ管理アプリ(Quli社53)等)があり、国民・患者は高いレベルで競争された製品の中から、自身の疾患や利用目的に合ったサービスを自由に選択することができる。

MedMij認定を取得するためには、NEN7510(ISO27001に基づき、医療機関が医療データの保護とセキュリティ対策の確定、制定、維持を行うためのガイドラインを提供するオランダの情報セキュリティ基準54))やその他の補足的なセキュリティ基準等への準拠が求められる55)。加えて、ペネトレーションテスト(システム等の脆弱性検証を目的に外部の独立した団体により実行される侵入テスト)への合格も必要となる。さらに、Nictizが規定する情報標準(医療データを適切な品質で記録、検索、共有、交換、及び転送するための標準や相互運用性)の組み込みも求められる56)。例えば、MedMijは、データ連携・交換のための国際規格であるHL7 FHIRを実装しており、国内におけるデータ相互運用性の確保とともに、今後の国際的なデータ連携も視野に入れた標準化を進めている。なお、MedMij認定時の参加契約の中で、PHR事業者による第三者へのデータ販売を禁じている57)

このように、オランダでは、官民が連携し、国民の健康医療データの保護を意識したデータ基盤の構築並びにデータ連携の仕組みの整備が進められている。

5)オーストラリア

オーストラリアでは、個人並びに医療提供者が必要な時に必要な場所で重要な健康医療データにアクセスできる公的PHR環境の整備を目指し、2012年にPersonally Controlled Electronic Health Records(PCEHR)を構築した。しかしながら、オプトイン方式を前提としたPCEHRの登録者数は延びず、代わってオプトアウト方式をとる「My Health Record」が検討された。My Health Recordの導入にあたっては、100万人規模でのオプトアウトモデルのトライアル試験(オプトアウト率は1.9%)58)や国民の懸念(個人が第三者からのデータアクセスをコントロールできる権利の確保、プライバシー・情報セキュリティの強化等)に対応する法改正等を地道に行い、約3年の歳月をかけ、徐々に国民の支持を得ていった。これらの取り組みを経て、「My Health Records(National Application)Rules 2017」に基づき、2019年1月31日以降、オプトアウト方式に移行しており59)、2022年12月時点でオーストラリア人口の90%以上にあたる2,350万人超のプロファイルが作成されている60)。医療機関側からアップロードされるデータとしては、病歴や画像診断、退院概要(退院後の継続的なケアをサポートするためのプラン)、アレルギー情報等がある61)。一般開業医や公立病院、薬局では、ほぼ100%の機関がMy Health Recordを導入・利用しており60)、本人同意があらかじめ必要ではあるが、本基盤が医療機関間のデータ共有環境(EHR)としての役割も担っている。また、個人側から追加可能な情報としては、現在の服薬状況やアレルギー情報、健康に関する個人記録等があるが、ウェアラブルデバイス等で取得されるライフログデータとMy Health Recordとの連携事例は、現時点では限定的と言える62)。個人は、myGov(オーストラリアの行政サービスにアクセスするためのユーザー情報管理サイト)またはPHRアプリから自身のデータへアクセス(閲覧)できる。My Health Recordの情報を閲覧可能なPHRアプリとして、運営元であるAustralian Digital Health Agencyは、政府資金により運営される「healthdirect」と民間PHRである「HealthNow」の2つを紹介している63)、64)

収集された情報は匿名化された上で、未来のヘルスケアや公衆衛生の向上等を目的とした研究に用いられる65)。データ提供は本人同意が必要であり、My Health Recordから自由に意思表示できる。(特別な本人同意を得た場合に限り、識別可能なデータの利用も可能。)ただし、商業目的や健康関連以外の目的、保険代理店への提供、データ自体の販売は禁止されている。

このように、オーストラリアでは国が中心となり、健康医療データに基づく個人単位の健康管理や医療機関間でのデータ共有、医療の高質化に資する研究への二次利用等を促進するためのデータ基盤の構築を強力に推し進めている。Australian Digital Health Agencyが発行したAnnual Report(2021年~22年)によると、同年のMy Health Recordへの総アクセス数は約980万件であり、前年比で約3.6倍増加した66)。ただし、その多くがMy Health Recordを介したワクチン接種証明や検査結果の取得といったCOVID-19パンデミックの影響との指摘もあり67)、健康医療データの利活用が確実に進んでいるとは断言できないが、2019年1月の登録者数が約539万人であったことや2020年~21年の総アクセス数が約270万件であったことを踏まえると、My Health Recordの存在自体は、着実にオーストラリア国民の間に浸透しつつあると言える。

6)日本

EHR・PHR環境の現状

各国で健康医療データの基盤整備が進む中、EHR環境の土台となる電子カルテ普及率は、日本全体で50~60%(令和2年)であり、ほぼ100%の普及率に達する北欧等と比べると、未だ整備途上にあると言える(表1)68)。一方で、わが国のEHR環境構築への取り組みの歴史は古く、2000年頃から情報通信技術(ICT)による地域の医療データ共有を目指した「地域医療情報連携ネットワーク」が始まっており、現在、200箇所を超えるネットワークが稼働している69)。ただし、全国を網羅するデータ連携を見据えた場合、“地域ネットワーク”の枠を超えたデータ共有の難しさや活動の濃淡等、いくつかの課題が存在する70)。そのような中、令和4年6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針2022)では、医療DX推進の取り組みとして、レセプト・特定健診等情報、予防接種、電子処方箋情報、自治体検診情報、電子カルテ等の医療(介護を含む)全般にわたる情報を共有・交換できる全国的な基盤である「全国医療情報プラットフォーム」の創設が明記された71)。全国医療情報プラットフォームでは、オンライン資格確認等システムのネットワークを発展・拡充し、地域の枠を超えた包括的なデータ連携を目指している。

一方、公的PHRであるマイナポータルの運用が2017年より開始されており、データヘルス改革に関する工程表に基づく対応が進んでいる72)。現状、個人閲覧やオンライン資格確認等システムを介した医療機関との共有(本人同意に基づくEHR-PHR連携)が可能なデータとして、薬剤、特定健診、診療(受診歴、診療実績)等の情報がある。

表1 日本:電子カルテシステム等の普及状況(令和2年)

EHR・PHRデータの拡充・連携の現状

EHR環境の整備に向けては、データ連携の基盤となる電子カルテ普及率の向上が喫緊の課題である。現在、骨太方針2022や自由民主党による「医療DX令和ビジョン2030」の提言73)等において、電子カルテ普及に向けた具体的な方針が掲げられており、国がイニシアチブを取り、未導入医療機関への標準型電子カルテの導入が進められている。加えて、連携可能なデータの拡充に向けた電子カルテの標準化も図られており、医療データについては、3文書(診療情報提供書、退院時サマリー、健康診断結果報告書)及び電子カルテ6情報(傷病名、アレルギー情報、感染症、薬剤禁忌、検査、処方)のデータ標準化の検討が進んでいる74)

また、さらなる医療データの利活用を見据えると、電子カルテデータの構造化や医師によるデータ入力の補助等に資するテンプレート開発も重要な視点と言える。例えば、京都大学医学部附属病院と新医療リアルワールドデータ研究機構(PRiME-R社)は、がん領域における電子カルテデータの標準化、構造化及び入力支援のためのテンプレート開発を共同で進めており、2022年6月から全国約40施設に導入し、広範なデータ活用(自医療機関内での治療成績・有害事象情報等の可視化、各医療機関の統計データの活用)を図っている75)。これは、特定疾患領域での取り組みであるが、今後、医療機関の枠を超えたさらなるデータ連携が求められる。

他方、PHR環境については、民間PHR事業者がマイナポータル等に保管される健診等情報を取り扱うことが可能となり76)、連携可能なPHRデータの拡充が検討されている(図4)77)。また、PHRのさらなる利活用に向けて、「公的に最低限の利用環境を整備するとともに、民間PHR事業者の活力を用いることが必要不可欠」という国の方針のもと78)、データの標準化やサービス品質の向上等を目指した民間事業者15社による「PHRサービス事業協会(仮称)」の活動も始まっている79)。しかしながら、厚生労働省が実施した「民間PHRサービス利用者へのアンケート調査」(令和2年12月上旬実施)によると、PHR現利用率(現在PHR製品を利用している者の割合)は10%程度と高くはなく、足元の活用は十分進んでいないのが現状である80)。加えて、民間PHR側で取得したライフログデータを、マイナポータル等を介して医療機関等と共有する(EHRデータと連携する)体系的な仕組みは未整備の状態であり、EHR-PHRデータの連携を進める上での課題と考える(民間事業者による個別の連携事例はあり:4-2項参照)。

上記のように、EHR・PHRデータの拡充や連携に向けた種々の施策が講じられているところであるが、わが国の取り組みは緒についたばかりと言える。

図4 日本:EHR-PHR 連携の全体像

健康医療データの二次利用の現状

わが国においては、次世代医療基盤法に基づく匿名加工医療情報の利用や仮名加工医療情報の創設81)等により、医療データの研究等への展開が図られている。しかしながら、現状での匿名加工医療情報の二次利用は、23件に留まっている82)、83)、84)。これは、匿名加工医療情報の特性(元データとの照合不可、特異値の加工、希少数となる情報の不提供等)に起因する部分が大きいが、医療機関や匿名加工の認定事業者等が保有するデータの詳細把握の難しさ、複数機関に跨るデータ収集の手間、利用申請の煩雑さ、同意取得・データ提供等にかかる医療機関の負担等も二次利用推進の課題となっていると考える85)、86)。ただし、改善に向けた議論も進んでいる。例えば、次世代医療基盤法に基づく(匿名加工のための)データの第三者提供にあたっては、医療機関から国民・患者に対する事前通知(丁寧なオプトアウト)が必要となっており、同意偏重への課題が指摘されている。データ提供等にかかる同意取得に関して、日本製薬工業協会(製薬協)は、入口規制(同意原則)から出口規制(利用審査+オプトアウト)への転換を提言しており、同様の提言が他団体からもなされている87)。具体的には、二次利用目的(例:公共、公衆衛生、研究、創薬を含むイノベーション活動等)並びに禁止事項等をあらかじめ明確化する欧州のデータスペース構想(European Health Data Space:EHDS)を参考に、利用審査及びオプトアウト方式での二次利用を可能とする医療分野における個人情報保護法の特別法の制定を求めている。

また、多様な医療データの二次利用を目指し、次世代医療基盤法の匿名加工医療情報と他の公的データベース(NDB、介護DB等)の連携も検討が進んでいる81)。共通のハッシュ化ID(一定の変換式に従い、数値や文字列を復元不可能な文字列に変換したID)のもと、データ利用者による連携が想定されている。

一方、PHRデータは、個人の疾患予防や症状管理等を目的とした一次利用が進み始めているものの、研究開発等での利活用を見越したPHRデータ基盤やEHR-PHR連携の仕組みは未だ検討の途上にあり、医療データのような二次利用は進展していないと言える。また、現在、個人の実効的な関与の下でのデータ流通・活用を指向する「情報銀行」において、個人の意思に基づくデータの第三者提供が検討されているが、機微情報を多く含む健康医療データの取り扱いは議論中であり88)、現状、国民・患者が健康医療データの第三者提供を自ら意思表示できる体系的な仕組みは確立されていない。加えて、EHR、PHRいずれの利活用においても、データ提供者である国民・患者が、自身のデータの二次利用の状況を適時適切に確認できることは、二次利用を推進する上で重要な視点と考える。しかしながら、現状、わが国では、利用状況を個人が容易に確認できる体系的な仕組みは整備されていない。なお、欧州では、EHDSにおいて、個人が自身のデータの利用状況を確認できる権利を規定しており89)、わが国の国民・患者に対する二次利用の透明性を確保するにあたって、参考となる施策であろう。

4-2. 民間事業者による取り組み

ここまで、健康医療データの利活用に向けた各国の動向について述べてきたが、民間事業者による取り組みも進んでいる。

世界における先駆的な取り組みの一つに、Apple社の「Health Records」があろう。iPhoneやApple Watch、その他のウェアラブルデバイス等から得られたライフログデータ(心拍数、転倒、睡眠時間、運動時間等)をHealth Recordsアプリ内で保存、分析することができる。加えて、Health Recordsを介して、複数の医療機関が持つ予防接種記録や検査結果、投薬等の情報を個人単位で集約することも進んでいる。さらに、2021年には、自身が取得したライフログデータを提携する医療機関のEHRと連携し、医師や介護者等と共有することが可能となった90)。このEHR-PHR連携のサービスは、米国のみならず、カナダや英国の医療機関においても提供されている91)

英国では、前述のとおり、NHS Appと連携する民間PHRがある。その一つである「Patients Know Best(以下、PKB)」は、NHS Appとの連携が許可された最初の民間PHRであり、NHS AppからPKBに記録される健康医療データへアクセスすることができる92)。PKBでは、様々なウェアラブルデバイスから得られるデータ(血糖値、体重、心臓の測定値等)をアプリへアップロードし、経時的に追跡することが可能であり、NHS Appのみではカバーされないより広範な個人の健康医療データの構築と活用が目指されている93)。加えて、英国国内に限らず、海外でも同様の機能が利用でき、いつでもどこでも自身の健康医療データにアクセスできる点が特徴的である。この他、患者と医療機関のデータ連携プラットフォームを独自に構築する企業も出てきており、NHSが保証する家庭医の医療記録の表示やライフログデータの保存が可能なEvergreen Life社の「Evergreen Life app」94)や、個人ごとのケアプランの最適化を目的に、患者個人が入力するバイタルデータと3,000を超える医療機関の臨床データを連携・可視化するHuma社の「hospital at home」95)等もある。

また、4-1項で言及したように、フィンランドやオランダでは、国による民間PHR事業者の開発支援や一定水準に達するPHRサプライヤーの認定等を通じ、民間PHRの拡充を図っている。

一方、日本においても、いくつかの民間事業者によるEHR-PHR連携が進んでいる。例えば、富士通社が提供する診療所向け電子カルテシステムとWelby社が提供するPHRプラットフォーム(Welbyマイカルテ)を連携し、日々の食事や運動記録、バイタル情報を治療等に活用する取り組みが2021年より始まっている96)。また、PSP社が提供する「NOBORI」は、提携医療機関から提供された画像・血液検査等の結果や薬剤情報等を個人が閲覧できるアプリであり、患者が取得する運動量、心拍数等のヘルスケア情報も合わせ、1か所で管理することができる。加えて、マイナポータルに保存される医療情報との連携も開始されており、これらの情報を患者・家族・医療機関間で共有することが可能となっている97)

補足:より広範なデータ利活用に向けて

今後、医療・ヘルスケアの個別化や効率化、医薬品を含む健康関連ソリューションの開発等を加速するためには、EHRデータ(診療情報、検査結果等)、PHRデータ(健診・検診情報、ライフログデータ等)のみならず、ゲノム・オミックスデータも含めた広範な利活用が重要である。現在各国で、これらのデータを連携した研究活用が検討されている。

英国のUK biobankは、50万人の参加者に対する詳細な遺伝及び健康データを収集し、保健関連の研究等への活用を目的とする大規模な生物医学データベースである。2013年6月から2016年1月にかけ、10万人の参加者を対象とした身体活動データ(最大7日間)の収集が行われ、2018年以降、四半期ごとに測定結果が追加されている98)。これらのデータを活用し、身体活動と他の疾患、及び遺伝子型との関係性99)や身体活動・睡眠時間に関連する遺伝子座の特定100)等の研究が行われており、さらなる研究応用が期待される101)

また、米国のバイオバンクであるAll of Usは、多様性(人種、民族、年齢、健康状態等)を反映した100万人規模のデータベースである。ゲノムデータや電子カルテデータ、生活習慣の情報に加え、2019年からはFitbit等のウェアラブルデバイスで収集されたライフログデータ(身体活動、睡眠、心拍数等)も収集されている102)。これらの情報を組み合わせ、ライフスタイルや環境が健康状態に与える影響を理解し、医療・健康に関する研究開発を加速することが目指されている。

日本では、東北大学東北メディカル・メガバンク機構が提供するバイオバンク(ToMMo)があり、15万人規模かつ世代を跨ぐゲノムデータや健康情報等の収集が進んでいる。2022年5月には、東北メディカル・メガバンク機構と第一三共、武田薬品、MICINが連携し、1年間に渡るウェアラブルデバイスを活用した生活習慣データ(睡眠状態・心拍・活動量等)の取得が開始されている103)。ToMMoに蓄積される調査データ、臨床データ、MRI画像データ、ゲノム情報等と組み合わせた関連解析を行い、精密医療や個別化ヘルスケアを実現する創薬等、革新的な医学研究の加速が期待されている。

5. 日本における健康医療データ利活用の加速

調査結果を踏まえ、各国の健康医療データ基盤や関連制度、データ連携(EHR-PHR連携)の現状等を表2にまとめる。4-1項で述べたように、日本においても健康医療データの利活用に向けた環境整備が進められているものの、これらの取り組みは緒についたばかりである。散在するデータの体系的な連携の仕組みの構築、ライフログデータをはじめとするPHR活用の促進、二次利用を加速する仕組みや制度の整備等に向け、さらなる施策の実行が期待される中、わが国の健康医療データ利活用の土台となるEHR、PHR環境の整備に対し、先行する各国の取り組みを参考にした対応が求められよう。国内外の現状を踏まえ、筆者が考える健康医療データ利活用に向けた日本の課題と対策について考察した(まとめは表3参照)。

表2 本稿での調査に基づく各国の EHR・PHR 環境の特徴
表3 筆者が考える日本の健康医療データの利活用促進に向けた課題と対策

EHR-PHR連携を拡充する仕組みの整備

自身の健康増進や医療の高度化、研究応用による革新的医薬品の創出等の実現に向け、様々に取得される健康医療データの利活用を促進するためには、各所に分散するデータを体系的に連携する基盤や仕組みが必要と考える。ここまで述べたとおり、医療機関間においては全国医療情報プラットフォームや地域医療情報連携ネットワークを通じて、個人と医療機関においてはマイナポータル(オンライン資格確認等システム)を通じて、EHR-PHRデータの連携が進みつつある。さらに、民間PHR事業者がマイナポータル等に保管される健診等情報を取り扱うための指針も発出されている。一方、日常生活から得られるライフログデータを医療機関等と共有する(EHRデータと連携する)体系的な仕組みは未整備の状態にあり、個人を軸とした悉皆性の高いデータ連携基盤の構築が求められる。このような中、令和4年10月12日に開催された医療DX推進本部(第1回)において、総務省より「医療高度化に資するPHRデータ流通基盤構築事業」の取り組みが示された104)。これは医療現場でのPHRデータ活用に必要なデータ流通基盤の構築を目指すものであり、令和5年度総務省所管予算(案)の中で、「医療の情報化の推進」として5.5億円の予算案が提出されている105)

本調査において、フィンランドやオランダ等では、公的PHRや認定を受けた民間PHRを介して、個人が収集するライフログデータを医療従事者と共有する仕組み(EHR-PHR連携)が構築されていることを確認した。日本においても、民間PHRに保管されるライフログデータと公的PHRの連携を進めるとともに、オンライン資格確認等システムのような既存の基盤を活かし、患者と医療機関等がライフログデータも含めた広範な健康医療データの共有・連携(医師等の求めに応じて、医療機関側等へのPHRデータの提供またはデータアクセス権の付与)を可能とする仕組みの整備が必要と考える。

その際、一足飛びの導入ではなく、オーストラリアの施策を参考に、まずは国民を交えたEHR-PHR連携のトライアルを実施し、その実効性を検証するとともに、抽出された課題等に対して丁寧な改善を図っていくことが求められよう。さらに言えば、データ提供・連携に対するオプトイン/オプトアウトモデルの親和性やヘルスケア分野以外も含めた広範なデータ連携の有用性等、国民目線でのデータ連携基盤の構築に向けた様々な検証を当事者である国民とともに行い、国民にとって納得感の高いデータ基盤並びに仕組みを実現していくことが重要と考える106)

国民・患者によるPHRの活用促進に向けて:PHR認定制度の導入と開発支援の拡充

EHR-PHR連携に向けては、ライフログデータを含むPHRのさらなる活用も欠かせないが、前述の民間PHRサービス利用者へのアンケート調査から、日本のPHR現利用率は10%程度と芳しくない80)。この調査においては、PHR認知度の低さ(66.7%がPHRの名称を全く知らない)が指摘されており、低利用率の要因の一つに、PHRそのものやその有用性に対する国民理解が進んでいないことがあると推察される(国民理解の課題については後述)。一方で、過去にPHRの利用経験がある者の離脱要因としては、データ登録や連携の手間といった機能面での不満や情報セキュリティへの不安等、製品品質に関係する課題が挙げられている。特に、薬事規制の範疇から外れる民間PHR製品・サービスは玉石混交の状態にあり、全ての製品が国民・患者の望む品質を担保しているとは限らない。上記のような利用者とPHR製品・サービスのミスマッチを生じさせないためには、品質が一定水準以上に担保された民間PHRの開発を支援する体制や制度を整備するとともに、それらの製品を利用者が適切に選択できる仕組みを構築することが望ましい。

わが国では、総務省、厚生労働省、経済産業省が発出した「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」において、民間事業者がマイナポータル等から個人の健診等情報を取り扱う場合に遵守すべき事項をチェックシートに従い確認し、結果を自ら公表しなければならないとしている76)、107)。加えて、一般社団法人PHR普及推進協議会からは、上記指針を補完するものとして、PHRサービス事業者が踏まえるべきルールや規範をより具体的に整理したガイドラインが公表されている108)。このように、PHRの品質を担保するためのルール作りが着実に進められる一方、要件遵守の担保状況は、開発者による自主的な確認及び自社ホームページ等での公開に委ねられている。2022年3月の厚生労働省の調査では、「公表することを知らなかった」、「結果取りまとめや公開に時間や費用をかけられない」等の理由から、基本的指針にあるチェックシートを公表する事業者がまだ少ない(69事業者(自サービスがチェックシートの対象外であると回答した事業者を含む)のうち約3%)との指摘があった109)。国民・患者によるPHRの活用促進に向けては、公表情報の不足や個社ごとに公開される情報へのアクセス性の低さ、国民・患者自身がそれらの情報を十分理解し、製品良否を判断する難しさが現状の課題と言える。

この課題に対しては、利用者である国民・患者のデジタルリテラシーやヘルスリテラシーの向上も必要であるが、PHR開発の観点から言えば、筆者は民間事業者が遵守すべき標準規則(製品機能や情報セキュリティ、データ相互運用性等に関する包括的な基準)を制定・管理した上で、その要件を充足する製品の情報を利用者に対して分かりやすく示す仕組みが重要と考える。そのための施策として、筆者はオランダにおける「MedMij」の取り組みが参考となると考える。具体的には、国または官民連携の専門機関(第三者認証機関)を設置し、公的PHRとデータ連携する民間PHRが遵守すべき包括的な標準規則の整備(更新含む)を主導するとともに、その基準に合致する事業者の製品に対して「MedMijラベル」のような認定マークを付与する110)。さらに、認定製品リストを一元的に管理、公開し、国民・患者による情報へのアクセス性を高めることで、より適切な製品の選択が可能となることが期待される。また、医療機関や国民(患者会等)等のステークホルダーにより構成される監督機関を設け、第三者認証機関の活動の透明性を確保することも重要と考える。

一方、オランダのPHR施策の特徴として、国民・患者が自らの疾患や利用目的に合ったサービスを、高いレベルで競争された認定製品の中から自由に選択できることがあると述べたが、その背景には、多様な民間PHRの開発を促す官民連携の支援があろう。例えば、民間事業者のPHR開発を促進するため、優れたデジタルソリューションの開発を行う中小企業に対して、官民が4年間で総額2,000万ユーロの投資を行っている(Fast Track eHealth Initiative)111)。また、国による支援が充実するフィンランドでは、公的PHRと連携する民間PHRの開発に対し、国家機関が性能、セキュリティレベル等を検証するサンドボックス環境の提供や共同での性能テストの実施を通じ、開発を推進している。翻って、わが国では、厚生労働省による「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」が、「PHRには様々な利用目的が存在しており、理想的には全ての利用目的に資するPHRの整備を進めていくことが求められる」、「個人が自らのニーズに応じてPHRの便益を最大限享受するためには、適切かつ幅広い民間PHRサービスが創出・活用されることも必要である」と言及している112)。現在、例えば、経済産業省によるInnoHubがヘルスケア関連のベンチャー企業等に対し、民間からの資金調達や事業推進等の支援を行っているが113)、PHR利用の現状を鑑みると、わが国のPHR開発の促進を目指したさらなる支援の拡充が求められよう。具体的には、オランダやフィンランドの施策を参考に、官民資金によるプッシュ型インセンティブの充実や国による開発環境(サンドボックス環境、性能等の共同検証体制等)の整備といった施策の充実により、国民・患者の多様な利用目的を満たす民間PHR開発を加速させることが可能となると考える。

以上より、PHRの活用促進に向けては、制度整備と開発支援の両輪での推進が重要であり、これにより民間事業者による自由競争を促しながら、一定水準以上の品質を有す製品・サービスを確実に国民・患者の手に届けることが可能と考える。特に、PHR開発に関わるプレイヤーの多くはスタートアップであることが想定されるため、開発者にとって過度な規制とならないよう配慮しつつ、官民による開発支援をバランスよく行うことが重要と言える。この施策を通じ、PHRに対する国民・患者の信頼感や安心感を醸成するとともに、一定水準以上の複数の製品から自身の利用目的に合ったPHRを自由にかつ主体的に選択することが可能となり、さらなるデータ蓄積や利活用の促進が期待できよう。

健康医療データの二次利用の促進

健康医療データの「価値」を最大化するためには、自身の健康増進や医療機関での診療活用等の一次利用に加え、疾患解明や創薬研究等への二次利用の推進も重要であり、両者を視野に入れたデータ連携の仕組みや体制の構築が不可欠である。海外に目を向けると、フィンランドでは二次利用可能な目的をあらかじめ法律で規定しており、特定の個人に紐づかないよう処理された上で、データ利用における一元組織であるFindata(国家機関)の判断のもと、企業等へデータが提供されている。また、製薬企業やアカデミア等での二次利用に対し、英国やオーストラリアでは、公的PHR等を介して、研究領域等への健康医療データの提供可否を国民自身が自由に意思表示できる仕組みを構築している。

4-1項において、わが国の医療データの二次利用における課題として、医療機関や匿名加工の認定事業者等が保有するデータの詳細把握の難しさ、複数機関に跨るデータ収集の手間、利用申請の煩雑さ、同意取得・データ提供等にかかる医療機関の負担等をあげた。このような課題を踏まえ、健康医療データのさらなる二次利用の推進にあたって、筆者はフィンランド(Findata)のようなデータ二次利用の「ハブ」となる第三者機関の設置が良策と考える。例えば、第三者機関において、医療機関等が保有するデータセットのカタログ作成・公開、複数機関に跨るデータ収集、特定利用目的における二次利用の申請窓口(本人同意は原則不要)、データ提供の可否判断等を一元的に担うことで、二次利用可能なデータの可視化、研究目的と提供データの適切なマッチング、迅速なデータ利用の開始(複数機関からのデータ収集や利用審査等の効率化)等を実現し、より効率的・効果的な二次利用の促進が期待できよう。ただし、医療データが生成されうる医療機関数の多さ(日本8,238施設、フィンランド249施設:2020年)114)、医療へのフリーアクセスを背景とするデータの分散、複数の公的データベース(NDB、難病・小慢DB、全国がん登録DB等)や地域医療情報連携ネットワークが稼働する日本の現状を考慮すると、筆者はフィンランドのような公的データベースによる医療データの中央管理よりも、オランダのように各機関やデータベースに保管された状態でデータ連携を行う分散型の仕組みの方が、わが国に適しているのではないかと考える。いずれにしても重要なのは、想定する第三者機関において、「各機関等に保管されるデータの詳細を的確に把握できること」、並びに「適時適切に必要なデータが提供されるまたはデータへのアクセス権が付与されること」であり、その目的に資するデータプラットフォームの構築が求められる。

また、データ二次利用のハブとなる第三者機関は、国または官民連携の中立組織を想定する一方、民間PHRに対する第三者認証機関でも言及した監督機関(医療機関や国民(患者会等)等で構成)を設置し、データ提供等の活動の妥当性をチェックすることで、国民・患者にとってより納得性の高いデータ二次利用が図られるであろう。

さらに、国民・患者が自ら保有する健康医療データの二次利用促進に向け、英国やオーストラリアの施策を参考に、公的PHR等を介し、全ての国民・患者がデータ提供の意思(特定利用目的に対する包括的な提供意思)を自由に表明(選択・変更)できる体系的な仕組みが必要と考える。特に、個人が主体的に取得・保有するライフログデータの研究開発等への二次利用に対し、自らの意思でデータ提供を行うための仕組みを構築することが重要である。現在検討が進んでいる情報銀行の取り組みも踏まえ、国民・患者に対し、二次利用のための健康医療データの提供を促す施策が求められる。

国民に対する健康医療データ利活用の啓発

本稿では、データ基盤や法制度といったデータ利活用に関わる環境整備を中心に考察したが、健康医療データの利活用に対する国民への啓発、社会の考えの醸成といった視点での対策についても考えたい。繰り返しとなるが、日本のPHR現利用率は10%程度と高くはなく80)、また、マイナポータルを介した個人の薬剤情報等(薬剤情報、特定健診)の閲覧件数は36.8万件(令和4年8月7日時点、利用者フォルダ開設数1,832.1万件の約2%)に留まる115)。データ利活用が必ずしも活発とは言えないわが国の現状を打開するためには、データ提供者であり、利用者でもある国民・患者への啓発は重要な視点と言える。

2016年の調査となるが、フィンランドでは、個人に紐づかないよう加工されることを前提とし、より効果的な治療法の開発や新薬開発の目的で自身の健康医療データを提供する意向がある国民は8割を超えていた116)。翻って日本は、製薬協が行った「第16回くすりと製薬産業に関する生活者意識調査」において、医療データの製薬企業での利活用意向率が71.5%であった117)。加えて、総務省の令和3年版情報通信白書によると、パーソナルデータの提供に関して、病歴や病状の提供に不安を感じる割合は他国(米国、ドイツ)より低く、医療・ヘルスケア分野における国民のデータ利活用への期待は、海外に比肩すると言っても過言ではないだろう118)。一方で、データの管理体制や第三者提供の仕組み、誰がどのような目的で利用するか等の情報を「知らないこと」を不安視する割合は他国(米国、ドイツ、中国)に比べ高いという結果も示されている118)。そのため、データ連携や利活用の仕組み、個人及び社会に還元される価値(メリット、デメリット)等の発信・教育といった国民理解の向上やデータ利活用に前向きな社会の醸成に繋がる施策を官民連携で実施していく必要がある。製薬産業においても、データ利活用の目的や提供可能な「価値」のさらなる発信、データ二次利用に関して国民・患者、医療従事者等と考える機会の提供等を通じて、国民の理解を得ることが求められよう。

また、フィンランドやオランダ、欧州(EHDS)等の施策を参考に、データ提供者である国民・患者が、自身の健康医療データの利用状況をいつでも確認できる仕組みを導入し、データ提供への安心感を醸成することも重要と言える。例えば、前述のフィンランドの調査では、フィンランド国民の9割以上が自身の情報の利用目的や利用者を知ることが重要だと回答する中116)、本調査においては、誰がどのような目的で自身の健康医療データにアクセスしたかをフィンランド国民が確認できる仕組みが構築されていることを確認した。日本においても、全国医療情報プラットフォームを通じた医療機関間でのデータ共有や本人同意を原則不要とする(出口規制による)特定目的でのデータ利用を見据えた場合、不可欠な施策となろう。一例として、医療機関や二次利用のハブとなる第三者機関が個人の健康医療データの利用状況(データへのアクセス者、利用目的等)を開示するとともに、国民・患者がマイナポータル等を介して適時適切にその内容を確認できるような仕組みを導入することにより、データ利用の透明性を高めつつ、国民・患者にとって納得感の高い健康医療データの利活用を実現することが可能となると考える。

以上、ここまで述べた対策案を踏まえ、筆者が考える健康医療データの利活用を促進する仕組みを、概念図として図5にまとめる。EHR-PHRデータの連携の拡充やPHR活用を促す施策の実施、データ二次利用を促進するハブ組織の設置等、相互に連関する対策が求められる。

図5 筆者が考える日本の健康医療データの利活用を促進する仕組み(概念図)

6. おわりに

本稿では、グローバルにおけるEHR・PHR環境やデータ連携(EHR-PHR連携)等の現状を俯瞰し、日本の健康医療データの利活用促進に求められる取り組みについて考察した。医療・ヘルスケアのあり方が、治療中心から予防・診断・予後を含むライフコース全体に拡大する中、医療機関内外を問わず、あらゆる場面・目的で取得されたデータを適切に連携するための基盤作りや制度整備の重要性はますます高まるであろう。製薬産業においても、革新的新薬の創出により貢献してきた「治療」の分野を超え、予防から予後までを一貫してカバーする「トータルヘルスケアカンパニー」への変革を図る企業が増える中、国民・患者中心のケアを実現する健康医療データの利活用が不可欠となっている。わが国のデータ利活用環境の充実に向けては、本稿で示した海外の施策も参考に、実効性ある取り組みを推進していくことが必要と考える。

高水準の医療制度に基づき蓄積される豊富な医療データや長期にわたる健診情報、ライフログデータ等、わが国の健康医療データは質、量ともに充実しており、世界に誇れる環境がある。その環境を活かすべく、現在、政府の「医療DX推進本部」を中心に、日本全体で健康医療データ利活用に向けた議論が急速に進展している119)。今後、産官学民のステークホルダーにより描かれる目指すべき未来からバックキャストしながら、新たな価値創出に資するデータ利活用環境を官民が一体となり構築していくことが必要である。健康医療データを活用した社会変革への貢献が期待される製薬産業においては、その議論の中心的役割を担うことが求められよう。

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