Points of View 日常生活で取得されるデータの利活用について スマートシティにおける取り組み

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医薬産業政策研究所 主任研究員 中塚靖彦

1.はじめに

政策研ニュースNo.61ではオープンイノベーションを起こすための取り組みとしてリビング・ラボを紹介した1)。その中で取り上げたリビング・ラボのネットワーク組織「ENoLL」に登録されているリビング・ラボの取り組み領域で一番多い割合を占めていたものは、高齢者の健康管理や生活向上のための活動であるHealth & Wellness(52%)であったが、33%の割合でスマートシティの取り組みの一環にも活用もされていることが分かった。スマートシティは実際に世界の様々な地域で実証実験の取り組みとしてプロジェクトが立ち上がっている。ICTやIoT技術の進展によるテレワークやテレビ会議による外出機会や移動回数の減少、AIを活用したビジネス支援などによるオフィス環境や立地の変化、自動運転化に伴う移動制約からの解放による居住地選択の拡大は、コロナウイルス感染の影響により一層加速している。そのような中で、スマートシティの取り組みは都市の構造、あり方、人の価値観に大きな変化をもたらすのみならず、都市の課題解決へのヒントを与えてくれるものとなる可能性がある。

本稿では、都市の課題解決を図るスマートシティについて、国内の動向や、医療・ヘルスケアにおける取り組みにを確認した。製薬産業の担える役割についても考えてみたい。

2.スマートシティとは

国土交通省が2018年に公表した「スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】」では、スマートシティは、「都市の抱える諸課題に対して、ICTなどの新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営など)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義されている2)。スマートシティという言葉は、2010年前後より社会に浸透し始め、当初はエネルギーなどの特定の分野に特化した「個別分野特化型」の手法を用いた取り組みが多く行われていた。やがて、近年のICTやデータ活用の潮流を受け、エネルギーだけでなく環境や交通、通信、教育、医療・健康などといった複数の分野に幅広く取り組む「分野横断型」を謳ったICT・データ活用型スマートシティが増えてきた。

スマートシティは、「私たちヒトの暮らしが、環境に配慮しながらもっと良くなるには?」を中心に考えると想像しやすいだろう。例えば、家が自分で考え電気量をコントロールし自家発電してくれれば、効率的に節電ができ、余った電力を隣の家に提供することもできる。また、バイタルサインや歩数など、健康に関するデータを取得し、分析・活用することにより個人のヘルスケア向上に繋げられることが考えられる。医薬品のサプライチェーンにおいても自動運転車の活用による輸送やワクチンなどのシステム在庫管理などにより効率化することが可能となる。そして、この流れは多くのビジネスチャンスが生まれるため、経済も発展していく。このように考えると、決して、エネルギー問題解決するだけ、インターネットで繋がるだけではなく、環境に配慮した暮らしの質の向上を目指していることが分かる。また、世界中で取り組まれているスマートシティだが、その取り組み方には新興国と先進国では状況が異なる。経済成長が著しい中国などの新興国では、急激な都市の拡大に対応し、新しく都市を形成するという「次世代都市プロジェクト」がメインであり、日本や欧米のような先進国では、基礎インフラは整っているが老朽化が課題となっており、建物や設備の管理・更新をメインとした「再開発都市プロジェクト」が進められている。先進国についての課題はそれだけではない。基礎インフラの老朽化に加え、世界的なエネルギー不足問題、超高齢化社会、経済の再活性化など山積みであり、スマートシティはこれらの課題をまとめて解決できると期待されているため、注目を浴びている。

3.スマートシティのアーキテクチャ

地域課題を解決しつつ、生産性を向上させ、地域の活力の維持・増強を実現するためには、デジタルを活用した地域のスマートシティ化が有力な手段の一つであり、具体的にはデジタル化を通じたコスト削減や生産性・付加価値の向上による住民中心の持続可能な地域経営を実現することである。これらを全国各地で実現するためにも、スマートシティ化を容易かつ効率的に推進するためのスマートシティのアーキテクチャ(設計図)が必要であると考えられている3)

戦略的イノベーション創造プログラムが2020年3月31日に発出した「スマートシティ リファレンスアーキテクチャ ホワイトペーパー3)」は、スマートシティのユースケースやあるべき姿に照らし合わせて各層の構成要素を具体化するとともに、スマートシティの推進主体を始めとした関連ステークホルダーがスマートシティサービスを構築する際に参考とすることができるアーキテクチャ(スマートシティリファレンスアーキテクチャ)が定義されている。(図1)

図1 スマートシティリファレンスアーキテクチャの構築

本アーキテクチャは、「Society 5.0」や「Society 5.0」を実現するプラットフォームを参考にシステムアプローチの考え方を取り入れ、一つの産業分野に閉じずに、新たな価値を創造するために、既存システムも含めたシステム間の連携協調を早く安く安全に実現するための指針となるリファレンスモデルの「Society 5.0 リファレンスアーキテクチャ4)」をベースとしている。

スマートシティリファレンスアーキテクチャは、スマートシティを推進するにあたって重要な以下の四つの基本コンセプトを踏まえて構築される。

  1. (1)
    利用者中心の原則

    全てのスマートシティに関与する者は、常にスマートシティサービスの利用者を意識してスマートシティの取り組みを進める必要があること

  2. (2)
    都市マネジメントの役割

    スマートシティが持続的に運営され続けるためには地域全体をマネジメントする機能が必要であること

  3. (3)
    データ連携プラットフォームの構築(都市OS)の役割

    都市オペレーティングシステム(OS)を通じてスマートシティサービスを提供することで、データやサービスが自由かつ効率的に連携されること

  4. (3)
    相互運用の重要性

    日本全体で効率よくスマートシティ化を推進するためには、他地域や他システムとの相互運用を効率よく行える必要があること

    スマートシティに関与する者、特にスマートシティ推進主体は、上記のポイントを意識しつつ、スマートシティを構成する要素間の関係性を考慮してスマートシティを推進する必要があり、スマートシティの構成要素とその関係性の全体像が図2となる。

図2 スマートシティリファレンスアーキテクチャ全体像

利用者はスマートシティ関連の各種サービスを利用することによりスマートシティ化の恩恵を享受することとなるが、そのサービスを支える両輪として、都市マネジメントと都市OSがある。

ITシステムである都市OSだけを導入しても、地域のスマートシティ全体をマネジメントする機能(都市マネジメント)が備わっていなければ、一体感や方向感のあるスマートシティ化の実現は困難であると考えられるし、反対に適切なタイミングで都市OSを導入しなければ、サービスやデータはバラバラとなり、当該地域内でも日本全体で考えても効率の良いスマートシティ化は実現しない。都市OSとして注目が集まっているのは、データ管理基盤「FIWARE」である5)。「FIWARE」はEUの次世代インターネット官民連携プログラム6)で開発・実装された基盤ソフトウェアである。「FIWARE」は、機能ごとに分かれたソフトウェアが汎用的に作られており、モジュールを自由に組わせて利用できため、変化にも柔軟に対応することができ、ビジネスの状況に応じてカスタマイズすることができる。これまで企業が持つデータを外部に公開するものとしてApplication Programming Interface(API)を提供することが一般的だったが、「FIWARE」はAPIを用意するだけでなく仕様を整理し、他のサービスに渡すインターフェイスやデータのIDを管理する仕組みなどを用い、分散データ管理なども可能にし、システムを横断するアプリケーションの開発を容易にしている。日本でもNECが「FIWARE」に準拠したスマートシティ向け共通プラットフォームを構築し、香川県高松市の都市OSとして活用している。「FIWARE」は世界26カ国140都市以上で採用されスマートシティにおける利用率が高くなっている。

4.日本の取り組み

内閣府が今後強化すべき課題、新たに取り組むべき課題を抽出し、目標の達成に向けて策定する「統合イノベーション戦略20197)」(2019年6月21日 閣議決定)では、スマートシティを「Society 5.0」の先行的な実現の場として位置づけている。また、2020年7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針20208)」いわゆる「骨太の方針2020」でも、スマートシティを社会実装することを強力に推進していくことに言及している。内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省などを中心として事業が進められ、スマートシティ推進における基本方針や各府省の連携体制を構築している。各府省のスマートシティ関連事業として、内閣府では「未来技術社会実装事業9)」、総務省「データ利活用型スマートシティ推進事業10)」、経済産業省「地域新Mobility as a Service(MaaS)創出推進事業11)」、国土交通省「スマートシティモデル事業12)」「新モビリティサービス推進事業13)」など、推進がなされている。

更には、内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省はスマートシティの取り組みを官民連携で加速するため、企業、大学・研究機関、地方公共団体、関係府省などを会員とする「スマートシティ官民連携プラットフォーム」を設立した12)。本プラットフォームによる事業支援、分科会の開催、マッチング支援、普及促進活動などの実施により、会員のスマートシティの取り組みが支援される。民間企業からは建設や電気・ガス・水道・通信、金融やサービス業などあらゆる業種の企業が参画している。

本プラットフォームのプロジェクトは180件あることが確認でき、課題分類別の内訳は図3の通りである。(2020年11月現在)

図3 プロジェクト課題分類

課題分類はプロジェクト内で重複しているが、一番多い課題は「交通モビリティ」158件(約88%)であり、次いで「観光・地域活性化」143件(約79%)、「健康・医療」48件(約27%)、「インフラ・維持管理」37件(約21%)、「防災」35件(約19%)、「物流」30件(約17%)であった。製薬産業の関われる分野としては「健康・医療」、「物流」のようなものが考えられる。「健康・医療」分野の主な取り組みとしては、下記のようなものが挙げられる。

北海道札幌市「札幌市データ活用プラットフォーム構築事業」

歩数データ、生体(身長・体重)データ、個人意識(アンケート収集)など、匿名加工されたデータを収集分析し、健康と運動の関係性の確認、傾向を明確化し、利用者個々人に応じた健康増進などに係る情報を提供する。

北海道札幌市「スマートウェルネスシティ協議会」

国保や協会健保などの健康ビッグデータを「健康データクラウド」で一元管理したり、「健幸ポイント」をインセンティブとして歩くことや公共交通利用への行動変容の促進を行っている。

埼玉県熊谷市「熊谷スマートシティ推進協議会」

「健康ビッグデータに基づくスポーツ健康まちづくり」と称し、ジャパンラグビートップリーグ所属のワイルドナイツと連携し、選手のコンディション管理で培った健康管理データを活用し、市民が夏の暑さや熱中症を克服できるよう、健康増進、健康寿命延伸に向けた新たな健康プログラムを構築することが予定されている。将来的には、特定健診データとの連携を進めることで、地域全体の医療費負担の軽減を目指している。

千葉県千葉市「慢性眼疾患の治療継続率向上を目的とするMaaSを活用した患者サポートプログラム」(ノバルティスファーマ)

患者の通院負担を軽減し、治療継続率向上、自律的な地域生活への参画に繋がる、地域特化型移動サービスの提供を目指し、移動困難が想定される慢性眼疾患患者を対象に、情報配信及び配車予約・送迎を提供する。製薬企業としてノバルティスファーマが入り、慢性眼疾患啓発情報を配信する役割を担っている。

千葉県柏市「柏の葉スマートシティコンソーシアム」

健康拠点でのデータ(医療機関データ、医療・介護レセプトなど)と民間で取得されたバイタルデータ、ライフログなどを統合し個人で容易に管理可能にすることを予定している。

石川県加賀市「加賀市スマートシティ推進官民連携協議会」

乳幼児健診と学校健診(胎児期から中学3年生まで)の情報をデジタル化し、個人が自身の健康情報を利用することができるアプリを構築し、個人ごとの健康アドバイス、医療機関での健診情報提示、ビッグデータとして健康施策に利用することを予定している。

福岡県飯塚市「スマート・ウェルネス・シティサービス展開事業」

健幸都市将来像「すべての人が健康でいきいきと 笑顔で暮らせるまち」の実現をめざし、①「健幸ポイントサービス」、健幸型「MaaS」の開発と導入、ビッグデータによる「まちづくり意思決定支援サービス」の開発と導入、公的不動産(PRE)活用による「健幸づくりステーション」整備モデルの開発と実践を目指している。将来像にもある通り健康についてフォーカスされており、体組成計情報の改善や個人別目標の達成、継続率など個人の活用に応じ、健幸ポイントを付与し利用者への価値還元がなされる仕組みを取り入れている。

熊本県荒尾市「荒尾ウェルビーイングスマートシティ」

IoTなどのセンサー群を用い、市民・来訪者が健康の重要性に気づき、交流と健康増進が図れるシステムを目指す。従来のセンサーの「はかる」→「わかる」から一歩進め、「おくる」という仕組みで計測される本人だけでなく、家族などの他者にもデータが届く仕組みの構築を目指す。

また、「物流」分野としての取り組みは以下に挙げられるようなものがある。

埼玉県秩父市「山間地域におけるスマートモビリティによる生活交通・物流融合事業」

ドローンを活用して日常の生活用品や医薬品の配送を行い、高齢者や買い物弱者などの支援を行う。

島根県美郷町「映像告知やドローンなどの未来技術を活用した遠隔医療実装による美郷町版医療福祉産業イノベーションの実現」

インターネットプロトコル(IP)映像告知端末を活用した遠隔による医療診断事業、AIを活用した画像解析による本人確認、キャッシュレス決済による医療費支払い、ドローンによる医薬品の宅配を予定している。

静岡県 浜松市「中山間地域における医療MaaSプロジェクト」

医療資源の乏しい中山間地域で、医療を届けるモデルを構築していく。将来的には、医療に留まらず、地域サービスを届けたり、外出をモビリティで支え、「住みたいまちに住み続けられる」社会を実現する。「医療を届ける」モデル・通院困難になっても地域で医療サービスを享受・薬剤の配送など異業種との連携により、新しい価値創出・収益化・将来的には、ドローンを活用したラストワンマイル改善・ウェルネスデータと連携し、健康増進を促進することを計画している。

以上のように、「健康・医療」分野の取り組みとしては医療・健康データ基盤の確立、利用者へのデータ提供、価値還元を行い、市民の健康増進を支援するようなプロジェクトが多い。また、課題が多い「交通」分野との連携を考えているプロジェクトもあり、他業種との連携も非常に重要であることが分かる。様々な分野の課題に対応するためには国や自治体だけではなく、民間企業のそれぞれの得意分野において提供できる技術やノウハウを活用し、まさに官民連携で創りあげる体制が必要となる。そのため、建設やIT、インフラ、メーカーなど、ほとんどすべての地域のスマートシティの推進において、民間企業が重要な役割を果たしている。「スマートシティ官民連携プラットフォーム」に参画している業種は、建設業24団体、製造業26団体、卸売小売・飲食店12団体、金融・保険業13団体、不動産業20団体、運輸・通信業62団体、電気・ガス・水道・熱供給業12団体、サービス業132団体と多岐にわたる。「交通」分野だけでなくその他の分野でも「健康・医療」分野と連携できる可能性を模索し検討していくことが重要であろう。しかし、現時点で製薬企業の参画している事例は、千葉市で行われている「MaaSを活用した患者サポートプログラム」の1事例のみであり、その他に製薬企業が参画している事例は認められなかった。スマートシティにおける「健康・医療」分野の活動では医療機関、薬局など直接市民と関りのある業種(BtoC)の方が動きやすいことが一因にあると考えられる。

日本ではトヨタが2020年1月7日(火)、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大規模のエレクトロニクス見本市「CES 2020」において、静岡県裾野市に「ウーブン・シティ(Woven City)」と呼ばれる実験都市を開発するプロジェクト「コネクティッド・シティ」を発表した14)。網の目のように道が織り込まれあう街の姿から名付けられたこの都市では、初期は、トヨタの従業員やプロジェクトの関係者をはじめ、2,000名程度の住民が暮らすことを想定し、人々が生活するリアルな環境での実証都市を目指している。このプロジェクトは、新しい技術を導入・検証できる実証都市を、人々が生活を送るリアルな環境のもとで作る。その技術は、自動運転、MaaS、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム技術、人工知能(AI)技術など、人々の暮らしを支えるあらゆるものを対象としている。今後、サービスが情報でつながっていく社会において、技術やサービスの開発と実証を迅速に行うことで、新たな価値やビジネスモデルを生み出すことを狙いとしている。このように、一部の企業では、スマートシティに関する取り組みを新たな事業機会として積極的に捉えている様子がうかがえる。

5.海外の動き

イギリス マンチェスターではスマートシティを強力に推進している。Manchester Corridorと名付けられた世界規模の研究所、大学、医療機関などが集中するエリアでは、2015年~2017年に「CityVerve」プロジェクトとして、「医療・健康」「輸送・交通」「エネルギー・環境」「文化・コミュニティ」の4分野に特化した実証実験が行われた。「医療・健康」分野では、バイオメトリックセンサネットワークにより、呼吸器疾患患者の健康を向上するための取り組みや、個人やグループによる運動や活動の状況を把握・記録し、利用者に提供することで、運動を推奨(コミュニティウェルネス)するような取り組みが行われている15)

シンガポールではスマートシティ政策として、2014年から「スマート・ネーション構想(Smart Nation Singapore)」が進められている16)。スマート・ネーション構想とは、デジタル技術とデータの活用を通じて、シンガポールが抱えるさまざまな課題(少子高齢化、経済成長の鈍化、交通渋滞など)の解決、イノベーションの創出および国民生活の向上をめざす政策である。スマート・ネーション構想では、5つの分野、①企業・ビジネス支援(Strategic National Projects)、②電子政府(Digital Government Services)、③都市生活(Urban Living)、④交通(Transport)、⑤健康(Health)が設定されており、それぞれの領域で複数のプロジェクトが進められている。ヘルスケア分野におけるプロジェクト事例として、ロボットや新技術を開発する取り組みである「Assistive Technology and Robotics in Healthcare」では、ロボットによる高齢者や障がい者の介護支援、ドローンによる医薬・医療機器の配送、医師向けのAR技術の開発などが行われている。また、医療施設の位置や健康に関するアドバイスなどを提供するポータルサイトを整備する取り組みである「HealthHub」では、公的医療機関が保有する個人の健康データや予防接種の記録などの自己閲覧が可能となっている。

日本国内のトヨタの事例と同様に海外でも民間企業主導で取り組まれている事例もある。米国のGoogleは傘下のSidewalk Labsを通じ、カナダのトロントで、ありとあらゆる場所、ヒト、モノの動きをセンサーで把握し、効率化・快適化を追求するスマートシティの街づくりに着手していた。都市には街中にセンサーが設置され、住民の行動はすべて記録に残され、公園でどのベンチに座ったか、道を横切る際にどれだけの時間を要したかまで追跡される予定であった。民間企業がどのようにして、これだけのデータを管理していくのかという懸念の声が、国内外から上がっていたが、2020年5月に開発中止の発表がなされた17)。中止理由は明確に発表されていないが、本人の同意を得ない大量データ収集によるプライバシーの侵害が大きな要因になったのではないかと考えられている。

中国のテンセントは2020年6月9日、広東省深圳に「ネット・シティ」を建設すると発表した18)。テンセントは2019年5月に、持続可能な都市発展という切り口で、人を主体とした分散型インテリジェンス、複数の中間プラットフォームによる連携、多彩なオンデマンドサービスの技術体系を構築する「WeCity未来都市」構想を打ち出している。その中の行政事務、コミュニティ、小売、交通、医療、教育、建設など各分野のソリューションもこのネット・シティでの実用化を計画している。

6.蓄積されるデータ

事例紹介でも触れたが、スマートシティでは携帯基地局データやGPSによる人流データ、商業施設の購買情報、健康情報(歩数データ、生体(身長・体重)データや検診情報など)などの多種多様なデータが収集されることが想定される。それらのデータが、都市OSを通じてスマートシティサービスを提供することで、データやサービスが自由かつ効率的に連携されることが重要となる。また、連携されたデータを用い分析などを行い、生活者の価値向上に繋がるサービスを提供することによりスマートシティのフローを円滑にすることが可能となるであろう。海外の事例で紹介したシンガポールでは、各種センサーを全土に据え付け、得た情報を各省庁が共有し、速やかに国民のニーズに対応する体制を整える計画を2014年に発表し、「Smart Nation Platform(SNP)」というデータ活用基盤を作り、センサー1,000個(監視カメラを含む)を人の往来の多い場所に設置し、データを集約している。収集したデータの分析結果は、経済、教育、環境、ファイナンス、健康、インフラ、社会、技術、交通の分野にわけて公開がなされている。

しかし、パーソナルデータの提供に対する生活者の不安感は強い。厚生労働省が2020年12月に調査した「民間Personal Health Record(PHR)サービス利用者へのアンケート調査結果19)」によると、PHR全ユーザーの意向として、健康診断結果など健康に関するデータの連携意向は「医療機関」で約30%程度であり、同じ健康に関するデータの「第三者研究機関」や「第三者企業」への連携意向は約3%と低い結果からも、日本の生活者のパーソナルデータ提供に関する信頼性が低いことが見てとれる。第三者がデータ活用をする上で、国民の理解を得ることは重要であるがどのようにコンセンサスを得ていくのか検討する必要があることがうかがえる。

7.まとめ

製薬産業として患者さんに関する課題(治療ニーズ、剤形変更など)を解決すべく、各々の企業が取り組みを行っている。しかし、製薬産業は病院や薬局といったBtoBの業態をとっているためスマートシティのような市民とオープンイノベーションを推進していくようなプロジェクトには参画しづらいものと考えられる。また、スマートシティで活用される資金調達手法としても、銀行など金融機関からの借入や社債、地方債をはじめ、プロジェクトボンド、グリーンボンド、TIF(Tax Increment Financing)、ソーシャルインパクトボンド(Social Impact Bond)などが挙げられるが、マネタイズが明確にはなっていない現時点での資金捻出についても懸念があることが考えられる。スマートシティでの取り組みは、1対1の関係ではなく様々な業態の取り組みを連携することにより課題解決を図ることができるものと思われ、医療アクセスの向上や価値還元を考えると現在の医療体制システムの構築も含め様々な対応策を検討することが可能となる。例えば、現在は山間部でのみ実証実験がされているようなドローンにおける医薬品配送など、患者さんの利便性を考え、どのように医薬品(情報も含め)を患者さんのもとに届けるのか、製薬企業が担える役割をスマートシティのプロジェクト構築とともに考えていくことも重要であろう。他にも、都市データ基盤が整っており、ワクチンの定期接種や検診情報の連携などできている状態であれば、今回のコロナ禍のような状況でもスムーズにワクチン接種の体制構築が可能になることが予想される。今後も同じような新興・再興感染症の拡大に対応できるようデータの活用について整備をしていく必要があろう。また、医療機関の情報だけでなく、健康情報を含むパーソナルデータの第三者利用について国民の信頼感を高めるための方策を、製薬産業だけでなく国としても検討していくことも避けては通れない道である。個人情報保護の観点やセキュリティの観点から、サービスを安全に提供できるように体制を整えることも考えなくてはならないことを付け加えておく。

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