「くすり研究所」楽しく学ぼう「くすり」のこと 小中学生のためのくすり授業

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1階・資料室 くすりの歩み

北里柴三郎(きたさと・しばさぶろう)医学者・細菌学者(さいきんがくしゃ)
破傷風(はしょうふう) を予防・治療(ちりょう)する方法を開発

北里柴三郎の知り合いは、どんな人たち?

お札の顔でおなじみの偉人(いじん)・福沢諭吉(ふくざわゆきち)や野口英世(のぐちひでよ)とのつながり

お札の顔でおなじみの福沢諭吉(ふくざわゆきち)と野口英世(のぐちひでよ)。柴三郎(しばさぶろう)はこの2人と深い関わりがありました。

1892年、東京に日本初の伝染病研究所(でんせんびょうけんきゅうしょ)が建設され、柴三郎(しばさぶろう)が所長になりました。この研究所の場所と建設費を提供(ていきょう)したのが福沢諭吉(ふくざわゆきち)です。諭吉(ゆきち)は柴三郎(しばさぶろう)の研究にかける熱意に感動し、協力を申し出たのでした。

野口英世(のぐちひでよ)は、柴三郎(しばさぶろう)の研究所に助手として入りました。のちに英世(ひでよ)も多くの功績を残しましたが、柴三郎(しばさぶろう)のもとで学んだ経験が活かされていたことでしょう。

【マメ知識】伝染病研究所(でんせんびょうけんきゅうしょ)は、病から人々を救う希望の施設(しせつ)

伝染病研究所(でんせんびょうけんきゅうしょ)とは、伝染病(でんせんびょう)を予防・治療(ちりょう)するくすりなどの研究と製造をおこなう施設(しせつ)です。

柴三郎(しばさぶろう)のいた伝染病研究所(でんせんびょうけんきゅうしょ)は、さまざまなくすりを開発し、大勢の人を伝染病(でんせんびょう)から救っていました。

すばらしい業績を残した伝染病研究所(でんせんびょうけんきゅうしょ)は、コッホの伝染病研究所(でんせんびょうけんきゅうしょ)、パスツール研究所とともに「世界三大研究所」とよばれています。