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「第28回 製薬協政策セミナー」を開催

2016年9月2日、東京コンファレンスセンター・品川で、「医薬品の価値を問う~国民皆保険制度の中でイノベーションの評価を考える~」をメインテーマに、「第28回 製薬協政策セミナー」を開催しました。2015年度は「経済財政運営と改革の基本方針2015」や「医薬品産業強化総合戦略」においてイノベーションの評価・推進の重要性が盛り込まれた一方で、後発医薬品の使用促進目標を2018年度から2020年度末までの間のなるべく早い時期に80%以上とする、という新たな数量シェア目標が定められました。今年度の薬価制度改革では、販売額が予測を超えて巨額になった品目に対する「特例拡大再算定」が突然導入されるなど、薬剤費の削減に主眼が置かれました。また昨今、いわゆる「高額薬剤」を巡る議論が社会の注目を集めています。そこで、今回の政策セミナーでは、イノベーションの評価と国民皆保険制度の維持を両立させるために、薬価制度のみならず革新的医薬品の最適使用の推進なども含めた討議がなされ、患者団体、政治家、行政、医療関係者、メディア関係者、関係団体、会員会社など、多数の参加者が熱心に聴講しました。

2016/09/02


会場風景

 「第28回 製薬協政策セミナー」は、製薬協伍藤忠春理事長の開会挨拶に始まり、東京経済大学経済学部教授の長岡貞男氏より「医薬品の価値と日本の創薬」をテーマに基調講演がありました。続いて、厚生労働省医政局経済課長の大西友弘氏、学習院大学経済学部教授の遠藤久夫氏、製薬協の畑中好彦会長がそれぞれの立場からイノベーションの評価に関してパネリスト講演を行いました。その後、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社投資銀行本部シニアアドバイザーの三田万世氏をコーディネーターとし、講演された4氏によるパネルディスカッションが行われました。最後に、製薬協広報委員会の諸富滋副委員長が閉会挨拶を行いました。
 以下、当日の講演概要を紹介します。


開会挨拶
製薬協 理事長 伍藤 忠春氏

 われわれ製薬協は、常にさまざまな問題に直面しておりますが、現在最も取り沙汰されている問題は「高額医薬品の取り扱い」と「研究開発をめぐる税制改革」です。
  「高額医薬品の取り扱い」については、抽象的かつ難しい議論に発展しています。「高額医薬品はなぜ高いのか」、「高過ぎるならどこまで低くすれば社会的に妥当なのか」といった議論の根底には、「医薬品の価値」をどう考えるのか、どう定義するのかという提 題があります。
  一方、「研究開発をめぐる税制改革」の問題点は、医薬品の研究開発を行う産業・企業を助成する減税措置である研究開発税制が、2016年度末に期限切れとなることです。更新の際は大幅な見直しが行われると発表されています。
 「すでに、法人税減税が累次検討、実施されている中で、特定の業界を支える減税措置は不要ではないか」という声も多く聞かれ、ここでも議論の根底には、「医薬品の研究開発やそのための技術革新の価値」を、どのように評価するのかという提題があります。
  そこで、本日の製薬協政策セミナーでは、「医薬品の価値を問う」をテーマとしました。医薬品の価値とは抽象的な概念ではありますが、政策論議の根底にある提題だとすれば、立場の違いを超えてその定義を深く考え、そこで得られたコンセンサスを共通認識としたうえで話し合うことが、正当な議論を成り立たせるための要件と考えました。
  テーマに用いた言葉はシンプルですが、私どもが直面している「高額医薬品の取り扱い」と「研究開発をめぐる税制改革」という2つの問題は、「医薬品の価値」や「その医薬品を扱う医療の価値」、医薬品を生み出す研究開発型産業の典型である「製薬産業の価値」を日本の社会にどのように理解していただくかという、非常に大きな広がりをもった課題であると考えております。
  そのため、議論を1つの結論、あるいは1つの方向に簡単に収束させることは難しいと思われます。とはいえ、私ども製薬産業は、さまざまな公的な政策に支えられ、守られ、あるいは規制されながら成り立っている産業であることから、基本的なところで一定のコンセンサスを得る努力を常に継続していくことが宿命だと認識しています。まず、基本的な議論を重ねていただき、その過程で私どもも見識を深めながら、今後の具体的な議論に臨みたいと考えています。


基調講演
医薬品の価値と日本の創薬
東京経済大学 経済学部 教授 長岡 貞男氏

医薬品の価値と特徴

 国立研究開発法人科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency:JST)から委託を受け、「イノベーションの科学的源泉とその経済効果の研究」を実施しました。これは創薬のプロセスと医薬品の経済効果にフォーカスした研究です。その研究成果を実証研究も織り交ぜながら報告します。
  医薬品の価値を決める要素は、経済学的な立場から、社会的な波及効果という点で大きく2つあると考えています。まず消費者への波及効果であり、消費者の効用(満足)を高められるかどうかです。具体的には、治療効果が高いことや副作用が少ないことなどが要素として挙げられるでしょう。消費者にとってのこのようなベネフィットを「消費者効用」、医薬品の製造・販売、流通等にかかるコストを「消費者負担」とすれば、新規医薬品は「消費者負担」を上回る「消費者効用」をもたらします。米国では、価格は市場で決まるため、高額な医薬品であっても購入したいと思う人が数多く存在しますし、「消費者効用」がなければ消費者は医薬品を購入しません。ですから、有用性の高い新規医薬品であれば、かなり大きな消費者余剰(=「消費者効用」-「消費者負担」)をもたらすことは明らかです。
  医薬品の価値を決めるもう1つの要素は、新しい知識の源泉になり業界への波及効果があるかどうかです。新作用機序に基づく医薬品が発見されれば、そこで得られた知見が将来の新たな創薬の機会を拡大し、他の企業の医薬品開発に貢献する可能性もあるからです。これは知見の波及効果と言い換えることもできます。
  医薬品の特徴は、寿命や生活の質(Quality of life)へ与える効果が大きいことです。すなわち、命あることが人による効用の享受の必要条件であり、創薬はこれに関連する特筆すべきイノベーションとも言えます。もう1つの特徴は、長く利用される医薬品が多いことです。医薬品の多くが、特許切れとなっても、その後何十年も使われ続けます。ですから、新薬の開発は、医師が利用可能な医薬品のメニュー(以下、医薬品ストック)を永久に増やすことになるので、将来世代のための資産を形成することにもなっていると言えます。

サイエンス集約的な医薬品の意義

 われわれは、医薬産業政策研究所が2015年7月に発行した「政策研ニュース」で、医薬品の効果についての実証分析の結果を報告しています。研究開発投資の成果である新薬は、医薬品ストックを拡大し、医師の治療の選択肢を増やすことで治療の可能性を高め、それが寿命の延伸等に寄与すると考えられます。また、その結果開発された新薬を使える疾患分野での死亡年齢がより高くなる直接効果だけでなく、たとえば感染症の新薬で感染症による死亡が抑制されれば、他の致命的な疾患に罹患する年齢も上がるという間接的な効果も期待されます。
  今回の研究では直接効果のみを対象として、約200の疾病分野について、世界保健機関(WHO)の死亡率、厚生労働省の患者調査による入院日数、各疾病に利用可能な医薬品ストックなどについて、1995~2011年の動向を分析し、新薬の開発が疾患分野ごとにどのような影響を与えたのかについて検証しました。特に、サイエンス集約的な医薬品の選択肢が拡大した領域で、死亡年齢が有意に高まっているかどうかに注目しました。なお、医薬品のサイエンス集約度については、IMSの医薬品処方データベースから各医薬品の特許を識別し、当該特許の先行科学技術文献を抽出して判定しました。
  検証の結果、1996~2010年にかけて死亡者の平均年齢が74歳から79歳に上昇していたのですが、サイエンス集約的な成分の医薬品がなければ、寿命の延伸が約1年短かったと推算されました(図1)。さらに、サイエンス集約的な成分ストックとサイエンス非集約的な成分ストックに分けると、サイエンス集約的な医薬品ストックのみで有意な寿命の延伸効果が認められました。この検証対象期間の15年間で1年寿命が延伸されたという結果は、医薬品がほぼ永久に使えることを考慮すると、非常に大きな経済効果と言えるでしょう。


図1 サイエンス集約的医薬品の貢献

サイエンス吸収の重要性

 次に、医薬品開発におけるサイエンスの重要性と不確実性、そして競争の意味合いに関するわれわれの研究結果を報告させていただきます。本研究は2つの方法で公開しており、1つは日経BP社から『新薬創製』とのタイトルで本年3月に事例研究の成果を上梓しております。これは日本で創製された12の革新的な医薬品の事例研究をまとめたものです。もう1つは、医薬産業政策研究所のリサーチペーパーとして公開したもので、わが国で1980年以降に実施された約1000の探索研究および臨床開発プロジェクトについて、それらにかかわった研究者に対して質問票調査(以下、サーベイ)を行った結果です。この調査では、日本製薬工業協会にもご協力いただきました。
 前者の事例研究では、過去約30年間に日本で創製された12の医薬品をリストアップし、それらの探索、開発プロセスや使用状況等を検証しました。最も古い医薬品は、プラバスタチンの上市につながった物質特許発見が1974年のコンパクチンで、最も新しいものは同2005年のニボルマブです。12の医薬品は抗菌薬、高脂血症、高血圧、アルツハイマー型認知症、免疫抑制剤、がんなど、基本的かつ患者数が多い薬効領域であり、4分の3が新作用機序でした。また、研究開発期間(研究開始から最初の承認まで)が平均約16年と、他産業のそれに比べて非常に長いことが特徴の1つです。これだけ長いということは、医薬品開発に携わる研究者が世代交代している場合もあります。長期雇用、長期的な視野を重視する日本の企業でなければ成し得なかった取り組みともいえます。さらに、12の事例は、単剤での売り上げが最大時で各社の総売り上げの約2割を占めていたことや、事例のほとんどが欧米を含めた海外でも販売され、その効果が世界的に認知されていることも特徴でした。
  12の事例研究では、サイエンスの吸収が非常に重要であることが示唆されました。具体的には、(1)探索プログラムの着想 (新しい標的、作用機序)、(2)探索や合成の新しいツール、(3)新薬候補物質の新用途の発見、(4)新薬候補物質の作用機序の理解と臨床試験の誘導におけるサイエンスの活用です。特に、12の事例中10の事例では、病態動物や光学分割といった研究ツールの進歩が探索研究の独自性に非常に重要な役割を果たしていました。また、そうしたツールは、大学や国立研究機関で開発され、産学連携等のプロセスを経て製薬企業に活用されている傾向も認められました。サイエンスが用途の発見につながる点も見逃せないサイエンスの貢献です。
  しかし、サイエンスは確立されれば自動的にどの企業でも吸収できるわけではなく、吸収能力を有した人材が企業にいることで初めて活用できるのだと思います。12のうち5つの事例では、キーとなる企業研究者が当該分野における世界最先端の研究室等に滞在していました。すなわち、世界に広く知識を求め、先端的研究機関での経験と人的交流を深めることが、戦略的な研究ビジョン形成の契機となり、画期的な創薬の起点になっているケースが非常に多いということです。

創薬の不確実性は大きい

 一方、探索あるいは開発プロジェクトにかかわった研究者へのサーベイでは、先行医薬品があるケースと先行医薬品がないケース、それぞれ約100のプロジェクトからの回答を得ました。その結果、探索研究の開発時にサイエンスが未完成だった例が少なくないことがわかりました。特に、先行医薬品がないプロジェクトでは、研究開始の段階で、標的分子すら不明だったケースが約4割に上ることもわかりました。
  サイエンスが未完成の場合、探索プロジェクトの不確実性が大きいと予想されます。そこで「研究開発の開始時点で、医薬品の候補物が発見される確率がどの程度あったと考えていますか」との質問を提示しました。その結果、「全く不確実であった(例えば医薬品候補物が発見される確率は5%未満)」との回答が、先行医薬品がないケースでは24%に上り、まさに開拓的な創薬に取り組む企業の約4分の1は、候補物が発見できないことを覚悟のうえでプロジェクトを開始していることがわかりました。その一方で、先行医薬品があるケースでは、「全く不確実であった」との回答は5%でしたが、「大きな不確実性があった」、「不確実性がかなりあった」と合わせると67%となり、創薬が非常に不確実なプロセスであることに変わりはないことが示唆されました(図2)。こうした結果を踏まえれば、大学等におけるサイエンスの進展の結果、自動的に新規の医薬品がもたらされるのではなく、サイエンスと創薬はパラレルに進む、あるいはサイエンスの進歩を促しながら創薬が進むと考えたほうがよいように思います。


図2 研究開発開始時点の不確実性の大きさ

 サイエンスが未完の段階で創薬が開始されれば、予想外の困難に直面する可能性も高まります。12の事例研究では、6事例が探索プロジェクトの開始困難や中断の危機に直面し、3事例では実際に中止、長期中断に至っていました。サーベイの結果からも、承認・上市に至った52プロジェクトのうち、67%から想定外の困難があったとの回答が得られたため、危機はどのように解消されたかを明らかにする目的で「研究プロジェクトを継続できた、あるいは中断したプロジェクトを再始動するようになったきっかけ、または理由」について質問しました。
  その回答では、「大学や国公立研究機関などにおけるメカニズムについての新しい科学的知見」、「大学や国公立研究機関などにおける臨床研究からの新しい知見」、「競争企業による補完的な技術の開発」、「社内の自主研究(「闇」研究など)による研究の進展」、「社内における研究資源の拡大」などが、開発再始動のきっかけ、または理由として挙げられていました。特に、承認・上市に至ったプロジェクトの24%で、自主研究や「闇」研究が貢献したとの回答が得られたことは注目に値します。
  サーベイを通してわかったことは、個人の自由研究では独自性が高く、かなりリスクの大きいテーマに取り組んでいる傾向がある一方で、組織的に開始された研究ではコンセンサスが重視され、時流を追う傾向があることがわかりました。これらの結果から、医薬のイノベーション・プロセスにおける不確実性の高い研究では、セレンディピティーや幸運の捕捉とともに、個人の強いイニシアチブの活用が重要になることが示唆されました。

創薬の競争は3段階で構成される

 最後に、創薬の競争の意味合いについて述べます。創薬の競争は、(1)新作用機序による医薬品の発明(「作用機序間競争」)、(2)同じ作用機序による医薬品の上市競争(「作用機序内競争」)、(3)特許切れ後の後発品との競争の3段階で構成されます。
  (1)「作用機序間競争」は、企業間ではそれほど見られず、12の事例研究でも3分の2は探索探究の独自性が非常に高く、直接的な競争相手は存在しなかったことが確認されています。特に、先端的で非常にリスクが高い研究は、企業内でもあまり評価されず、学会でもなかなか評価されないことが多く、その研究者自身が極めて孤独な挑戦者となるケースが多いことが示唆されました。つまり、パイオニアの創薬の多くは、孤独な努力の結晶であると言えるかもしれません。
  一方、作用機序が確定すると、(2)「作用機序内競争」が始まります。作用機序が認識され、重大な副作用も少ないことがわかると、最初にそれを見つけた企業ではなく、2番目の企業がファースト・イン・クラスになることも少なくなく、これは作用機序内競争がし烈であることの表れではないかと思われます。

日本発の革新的医薬品は世界の公共財

 われわれのこれまでの研究は、日本製薬企業にはサイエンスの吸収能力と独自性がより求められることを示唆しています。また、12の事例研究では、日本の製薬企業が自ら海外で臨床開発を行った例は3つにとどまり、残りの9つは海外の企業との共同、あるいは海外にライセンスアウトをして行った開発であることがわかりました。しかし、創薬の研究不確実性の高さや希少疾患の増加を考えると、グローバル規模の治験による優位性の獲得が今や重要になってきていると思われます。したがって、今後のグローバルな臨床開発能力のさらなる拡充は重要なことだと考えます。
  さらに、ハイリスクな創薬に成功した場合、ハイリターンを確保する手段として独占権を得られる特許制度をしっかり活用していくことも重要です。そして、サイエンスと研究開発のインフラ整備も必要です。最近ではアカデミアにもソリューションを求める傾向がありますが、ソリューションの検討、構築は基本的に企業が担い、アカデミアはライフサイエンスの根幹となる純粋基礎研究で成果を上げることが重要ではないかと考えています。
  現在、日本で開発された革新的医薬品は、世界百数十カ国以上で使われており、それらの有用性は世界的にも認められています。その一方で、欧米で開発された医薬品も数多く日本で使用されています。まさに、医薬品は世界の公共財とも言えます。世界の治療の手段を拡大するうえで、日本が有力な地位を占めていることを忘れずに、今後も日本発の革新的医薬品の開発に努めていただきたいと思います。


パネリスト講演
医薬品産業政策の動向と展望
厚生労働省 医政局 経済課長 大西 友弘氏

ジェネリック医薬品使用促進の道のりは平坦ではない

 医薬品産業は、科学技術の変化に大きな影響を受けます。たとえば、2001年から2014年にかけての医薬品の世界売上上位10品目の推移では、わずか13年ほどの間に科学技術の結晶ともいえるバイオ医薬品の比率が著しく増えています。また、ベンチャーオリジンの医薬品も2001年の時点では1つもありませんが、2014年には6個になっていて、創薬の仕方も変わっています。さらに、2001年に1位となった医薬品の年間売上高は約66億7000万ドルですが、2014年になるとその程度の額では8位にも届きません。その背景として医薬品の高額化が推察されます。
  そうした世界的な医薬品産業の変化の中で、日本の医薬品産業政策も大きく動きつつあります。その1つが、2015年に公表された「骨太の方針2015」の中で、ジェネリック医薬品の使用促進の目標値が、「2017年央に70%以上、2018年度から2020年度末までのなるべく早い時期に80%以上」と、大幅に引き上げられたことです。しかし、この目標値を達成するためには、ジェネリック医薬品の生産力増強や使用促進の啓発活動など、さまざまな取り組みが必要になるため、達成までの道のりは決して平坦ではないと思われます。

イノベーション推進と流通改善が重要

 一方、日本の医療用医薬品市場の80%がジェネリック医薬品で占められることになると、新薬メーカーの市場が大きく縮小することが予想されます。そうした厳しい状況の中で、新薬メーカーが継続的かつ積極的に新薬を開発、上市し続けるためには、イノベーションの推進を図っていくことが重要になると思います。そのための施策として、厚生労働省は2015年9月、「医薬品産業強化総合戦略」を打ち出しています。この戦略の中では、薬価を決める際にイノベーションをいかに評価すべきかについても検討されています。また、一品一品の薬の価値が適切に評価されたとしても、それが流通段階でうやむやになってしまっては価値評価の意味がありません。そこで、イノベーションの推進、イノベーションの評価と並行して、流通改善も重要と考え、厚生労働省は「流通改善懇談会」を開催して2015年9月に流通改善に関する新提言も公表しました。
  「骨太の方針2015」に続く「骨太の方針2016」には、費用対効果評価導入と併せ、革新的医薬品等の使用の最適化を推進することが盛り込まれました。この革新的医薬品等の最適使用については、現在、中央社会保険医療協議会をはじめとする関係機関の間で議論が進められています。

ベンチャーは規制から育成へ

 冒頭に示した医薬品の高額化については、研究開発や製造のコスト、いわゆるイノベーションの反映と言えますが、そのイノベーションの推進とジェネリック医薬品の使用促進、そして国民皆保険制度の維持を、どのように両立させていくのかが大きな課題となっています。すなわち、それら3者の問題を一体的に考える政策を展開していかなければならない状況にあるわけです。2016年度の薬価制度改革では、その解決策の1つとして、特例的な市場拡大再算定制度が導入されました。今後の方向性としては、2018年度の薬価制度改革において全体的な見直しも行われる予定です。
  世界的にベンチャーオリジンの医薬品が増えていることを踏まえれば、ベンチャー企業の振興も大きな課題です。創薬のイノベーションを進めるためには、産学官の連携、オープン・イノベーションの促進が不可欠であり、その担い手の1つがベンチャー企業だと思います。そうした観点から、厚生労働省は「医療のイノベーションを担うベンチャー企業の振興に関する懇談会」(以下、「ベンチャー懇談会」)を立ち上げました。この懇談会が本年7月にまとめた報告書では、ベンチャーの振興方策として、(1)規制から育成へ、(2)慎重からスピードへ、(3)マクロからミクロへ、という3つのパラダイムシフト(「3つの原則」)の必要性を提言しています。その背景には、これまでの医薬品行政が安全性等を重視するあまり、規制に傾注する流れが生まれ、結果的に育成の芽を摘んでしまったのではないかとの問題意識があります。そこで、レギュラトリーサイエンスという考え方に基づき、実効性のある最適な規制と産業の育成との両立を図るべきことを提言したわけです

多様性のある医薬品産業の形成に期待

 厚生労働省は、医政局経済課を中心におおむね5年おきに産業ビジョンを取りまとめており、前回は2013年に策定されました。2018年は診療報酬・薬価同時改定と重なるため、できれば前倒しで医薬品産業の将来像を示し、その内容に基づいた同時改定の議論を迎えたいと思っています(図3)。


図3 今後の展望(試論)

イノベーションと国民皆保険制度をどのように両立させていくかという難しい課題がある中で、製薬企業に今求められることは、イノベーションを追求し、国内外にあるアンメット・メディカル・ニーズへの対応に真剣に取り組んでいただくことです。併せて、海外への展開、ITと医薬品産業がもっている知見との融合も直近の課題だと思います。それらについて、各企業が戦略をもって取り組まれれば、多様性のある医薬品産業が形成されるものと期待しています。


パネリスト講演
医療費の財政制約と薬剤開発はどうあるべきか
学習院大学 経済学部 教授 遠藤 久夫氏

高齢者増加は医療費の公費割合を押し上げる

 国民所得と国民医療費それぞれの対前年伸び率を比較すると、国民医療費の伸び率のほうが継続的に高水準を示しています。しかも興味深いことに、国民医療費の伸び率は2000年以降、診療報酬改定のない奇数年は3%前後増加し、プラスの改定年では3%を超え、マイナスの改定年では3%を下回るという規則性がほぼ示されています。  医療費は、保険料、公費、自己負担で構成されます。保険料率は、全国健康保険協会(協会けんぽ)も健康保険組合も上昇しています。保険料は、所得の高い人から高い保険料を徴収することが基本となるため、現役世代の負担が大きいことは明らかで、少子化が進む中で現役世代にどこまで負担をしてもらえるのかが懸念されます。
 一方、わが国の国民医療保険制度における公費割合も上昇しており、現在はほぼ4割に達しています。高齢者の医療費はもともと公費割合がより高くなっているため、高齢者の増加は公費割合を押し上げることになります。加えて、わが国では景気の悪い時期が長く続いたため、国民健康保険などで低所得者への補助が増えたことも、公費割合上昇の一因と考えられます。

政策効果が薬剤費抑制に働いていない

 次に、医療費に占める薬剤費の割合の推移に隠された問題点について、考えてみたいと思います。厚生労働省が公表する薬剤費は社会医療診療行為別調査に基づくため、医療費の包括支払い制度で使われた薬剤費は含まれません。そのため、実際に国内で使われた薬剤費より少ないと考えられます。そこで、薬事工業生産動態統計調査で公表された医療用医薬品の生産金額に輸入品の総額を加え、そこから輸出品の総額を引いた医療用医薬品国内市場を、薬剤費としてみました(図4)。


図4 薬剤費の国民医療費に占める割合

 この薬剤費の国民医療費に占める割合を算出すると、2006年から2014年においてはおおむね21~22%台で推移しています。すなわち、ジェネリック医薬品の使用が促進され、長期収載品の薬価が下げられているにもかかわらず、国民医療費に占める薬剤費の割合に目立った増減が示されていないのです。その理由として、新薬に対する薬価の配分が増えていることが推察されます。これがジェネリック医薬品使用促進等の政策効果を相殺するため、薬剤費を抑制できないと考えられます。

サプライ・サイドへの支援がより重要

 わが国の産業の中で、医薬品産業は極めて重要な産業の1つと考えています。したがって、その競争力を強化させる産業政策は大変重要です。しかし、産業政策によって国内の医薬品産業の競争力を強化することは、薬価基準制度を含む医療保険制度、あるいは医療保険政策とはなじまないと、私は考えています。なぜならば、医療保険政策は国内外を問わず、安価で良質な医薬品を患者さんに届けることが最大のミッションだからです。新薬創出・適応外加算の便益は、国内企業だけが享受しているわけではありません。その一方で、薬事承認や薬価で国内企業だけを優遇することは典型的な非関税障壁であり、フェアトレード違反です。そもそも、保険財政に制約があることを踏まえれば、薬価を高く設定して研究開発を支援しようとすることにはおのずと限界があります。
  そこで、医療保険政策や薬価基準といった出口(川下)の部分ではなく、サプライ・サイドという川上への支援が重要だと思います。産学連携促進、ベンチャー振興、あるいは研究開発への減税措置などで支援していくことが、わが国の医薬品産業の発展には非常に重要ではないかと考えています。特に、医薬品の輸入比率が上昇し、高額医薬品の申請者に占める外資系企業の割合が増加している現状を、わが国の製薬企業の競争力低下を示唆しているものと捉えるとすれば、サプライ・サイドへの有効性の高い対策は急務であろうと思われます。

医療をめぐる現行制度の見直しを

 近年は、医薬品の高額化も取り沙汰されています。しかし、オーファン・ドラッグのように、もともと供給を維持するために高薬価にする必要がある医薬品もあります。ですから私は、高薬価の医薬品のすべてが問題だとは考えていません。検討すべき課題の1つは、適応範囲が非常に広く、医療保険財政への影響が大きい医薬品をどう取り扱うかです。もう1つは、新薬を低コストで開発、生産することにインセンティブを与える制度の導入です。特にバイオ医薬品のような開発や製造にコストがかかる新規医薬品については、コスト削減に対するインセンティブを与えることが、研究開発推進への意欲の向上にもつながると思います。新規医薬品の薬価算定法である原価計算方式や類似薬価比較方式、あるいは高額療養費制度、医療費の出来高払い方式、包括支払い制度における高額医薬品の除外、また新薬創出加算など、どれもそれぞれの意義がありますが、それらは高薬価を認め、高薬価の維持を容認するような仕掛けでもあります。医療をめぐるさまざまな現行の制度をもう一度見直すことも重要ではないかと考えています。


パネリスト講演
革新的医薬品の創出と評価
日本製薬工業協会 会長 畑中 好彦氏

新薬創出のためには持続的な研究開発投資が不可欠

 創薬を取り巻く環境は劇的に変化しています。社会、市場に関していえば、少子高齢化、医療費の継続的な上昇、アクティブエージングへの意識の高まり、さらには医療の進歩を背景とするアンメット・メディカル・ニーズの多様化等が挙げられます。技術革新という観点では、新規のモダリティー活用による革新的な新薬創出や個別化医療などへの取り組みがすでに進められており、現在はカルテやレセプトデータを統合したビッグデータを創薬に結びつけていくことも鋭意検討されているところです。一方、国の政策や制度では、イノベーションの推進とともに、薬価制度改革を中心に社会保障費の抑制が図られています。
  このような外部環境の中で、新規医薬品の開発には、臨床試験のエビデンス・レベルの向上や既存薬との明確な差別化が求められています。さらに、開発プログラムの大規模化やグローバル化とともに、市販後に集積するエビデンスの拡充や適正使用のさらなる推進も求められ、製薬企業の上市後の負担はより大きくなっています。
  これらの動向を裏づけるように、研究開発費は世界的に増大しており、総務省が2015年に公表した「科学技術研究調査報告」でも、わが国の製薬産業の研究開発費の対売上高比率は12%前後で推移し、他産業の同比率3~9%と比べても極めて高いことが示されています。
  研究開発型の製薬企業において、その経営を維持するためには新薬の創出が不可欠であり、様々なリスクを取って研究開発への積極的な投資を継続していかなければならないことは、今も変わりません。

継続的な研究開発にはイノベーションの適正な評価とインセンティブとなる制度の導入を

 製薬業界に対する国の施策である研究開発税制は、製薬企業が長期にわたり、ハイリスクであっても研究開発投資を続けるためのインセンティブとなっています。また、新薬創出・適応外薬解消等促進加算や先駆け審査指定制度加算等は革新的新薬の創出に対する適正な評価としてプラスの影響を及ぼしています。
  一方、特例拡大再算定は、販売額が巨額となり、市場規模が一定以上拡大したという理由のみで薬価を引き下げる制度であり、国と製薬企業が目指すイノベーションの推進に逆行するものと思われます。費用対効果の評価では、現行の薬価制度の基本的な考え方が維持され、医薬品の価値が損なわれないことが求められます。研究開発への投資を持続するためにも、イノベーションの適正な評価を基軸として、インセンティブとなるさらなる制度の導入が望まれます。

多対多型の産学官連携が必要

 本年1月、製薬協は製薬協自身および会員会社が目指すべき姿を5つのビジョンにまとめ、「製薬協産業ビジョン2025『世界に届ける創薬イノベーション』」とのタイトルで公表しました。
  これらを実現する手立ての1つとして、医療データベースの構築と創薬への応用を目指しており、リアルワールドデータ、医療ビッグデータの活用とともに、発症メカニズムの解析やバイオマーカー探索の推進を図っていきます。特に、市販後の適正使用への取り組みをより深化、高度化させるためには、研究開発段階からバイオマーカーを発見し、有効性、安全性に関する予測技術の実用化を図ることが重要です。加えて、投与開始前に有効な患者集団を特定することや、投与開始後に投与終了可能な患者集団を特定することなども、投与中や投与終了時期に得られたデータを集約することで可能になります。
 こうした取り組みを、効率的かつ合理的に進めるためには、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)を中心に業種や領域の壁を越え、1対1型ではなく多対多型の産学官連携を推進することが重要になります。そうした連携の中で、アイデアやアセット、技術の融合を積極的に進め、トランスレーショナル・リサーチやオープン・イノベーションの促進により、英知の結集を図っていきます。

革新的医薬品創出のために国とアカデミアに期待すること

 国民の健康・福祉の向上には、価値の高い革新的医薬品の創出と、国民皆保険制度の維持を両立させることがなによりも重要です。日本が世界に先駆けて超高齢社会に進んでいく中で、この大きな命題を日本が解決していくことは、世界に向けての貴重なメッセージにもなります。
  革新的医薬品創出には、製薬業界が国やアカデミアと連携することが不可欠であります。現在、国に対して望むのは「研究開発税制の維持と拡充」「イノベーションを適正に評価する薬価制度の維持」「知的財産権の保護に向けた各国との連携」の3点です(図5)。また、アカデミアには「アカデミアの強みを生かした基礎研究の推進」と「オープンイノベーション推進に向けた連携」を是非、お願いしたいと考えます(図6)。


図5 国に期待すること


図6 アカデミアに期待すること

研究開発から市販後にわたる適正使用をより深化させ・推進することで、国民皆保険の維持に貢献する

 我々製薬協は、国民皆保険制度を維持する取り組みも継続して検討しております。例えば、バイオマーカーなどを使い、個々の患者に対する特定の医薬品の有効性を予測します。投与量や投与期間なども含め、より適正な医薬品の使用を推進することで、医療費の節減の実現を目指します。市販後においては、国による最適使用推進ガイドライン策定に積極的に協力するとともに、本ガイドラインの有無に関わらず、必要な患者さんに必要な治療薬を届けるための処方の推進を徹底して参ります。
  日本国民の健康福祉の向上には、革新的医薬品の創出と、国民皆保険制度の維持が重要であり、この双方の実現に向けた取り組みを深化、高度化していくことが、我々、研究開発型の製薬企業の使命だと考えております。今後も引き続き、製薬協の活動にご理解とご協力をお願いします。

パネルディスカッション
【コーディネーター】
三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社 投資銀行本部 シニア アドバイザー 三田 万世氏
【パネリスト】
東京経済大学 経済学部 教授 長岡 貞男氏
厚生労働省 医政局 経済課長 大西 友弘氏
学習院大学 経済学部 教授 遠藤 久夫氏
日本製薬工業協会 会長 畑中 好彦氏


壇上のパネリスト

医薬品の価値に着目した費用対効果評価

三田 医療費適正化とイノベーションの評価のために、後発医薬品(以下、ジェネリック医薬品)の使用促進、費用対効果評価の試行的導入、イノベーションの評価のための先駆け審査指定制度、新薬創出加算など、さまざまな施策が策定・導入されてきました。これらの国の施策に対するお考えをお聞かせください。


三菱UFJモルガン・スタンレー
証券株式会社 投資銀行本部
シニア アドバイザーの
三田 万世 氏

大西 2016年の薬価制度改革で導入された先駆け審査指定制度加算は、薬事承認上高く評価された医薬品を保険上も高く評価する制度で、薬事と保険を連携させて政策を加速させようとする仕組みです。こうしたトレンドは、今後さらに強まっていくと予想されます。
  一方、費用対効果評価も非常に重要な施策です。薬価制度の枠組みでいえば、原価計算方式や類似薬効比較方式など、薬の開発に要した費用を積み上げて計算していくような考え方から大きく離れ、本日の主要テーマでもある医薬品の価値に着目して、費用対効果として医薬品を評価する方法と言えます。この費用対効果評価については、今は試行中ですので、医療保険制度における扱いについては今後も議論されていくと思いますが、費用対効果が悪いから薬価を切り下げるといったネガティブな方向だけでなく、費用対効果に優れた医薬品の薬価は上げるという方向性も示されるべきであると考えています。

畑中 私は、「骨太の方針」や「医薬品産業強化総合戦略」の中で、国を挙げてのイノベーションの推進や革新的新薬の創出促進が、前面に打ち出されていることを心強く感じています。その一方で、ジェネリック医薬品の数量シェアを2018年度から2020年度末までの間のなるべく早い時期に80%以上とする施策も示されています。この両方を考えたときに、研究開発型の製薬企業は、より迅速な新薬創出に重点を置いた企業に転換し、世界の中で競争をしていかなければならないと認識しています。多大なリスクを取りながら研究開発を進め、そこから得られた収益をまた次の研究開発に投資していくという、新薬創出のイノベーション・サイクルを巧みに展開し、その中で競争に勝っていくという覚悟を強く問われているのが、今の日本の政策ではないかと思っています。

コスト削減努力になんらかのインセンティブを

三田 昨今、高額薬剤の上市が保険財政に影響を与えかねない問題として、社会的にも注目されています。何が問題で、どのような対応が必要とお考えでしょうか。 

遠藤 オーファン・ドラッグのように、必要とする患者さんはいらしてもマーケットが非常に小さい医薬品には、これまでも高い薬価が設定されてきました。このように明確な理由があれば、高額でも問題はないと思います。しかし、適応や使用量が著しく拡大しているにもかかわらず、高価格が維持されている医薬品については、医療保険財政への影響を無視できません。ただ、費用対効果にも目を向ける必要はあり、たとえばほかの薬剤にはない効果をもっている医薬品の場合は、単純に価格だけの議論をしてはいけないと思います。そうした観点を踏まえたうえで考えなければならないことは、初期価格を高く設定すると、なかなかそこから下がらない傾向にある制度になっていないかということです。ですから、製造コストがかなり大きいバイオ医薬品等に関しては、イノベーションを図ってコストを下げる努力に対し、なんらかのインセンティブを与えることも必要だろうと考えています。 

大西 現在取り沙汰されている高額薬剤の問題については、たまたま上市されたある新規薬剤が想定以上に売れたことをきっかけに、必要以上にセンセーショナルに取り上げられている印象はあります。高額薬剤の問題は今話題になっている特定の医薬品の問題として解決されればそれで終わりということではなく、今後の医薬品政策において大変重要な課題です。ただ、議論の焦点が定まっておらず、高価格が問題なのか、たくさん売れていることが問題なのか、あるいは、後から効能追加をしていることが問題なのか、まとまりのない議論になっているように思います。個人的には、それら1つ1つの問題を見るといずれもそれ自体が悪いことではないと考えています。議論すべきことは、国民皆保険制度との両立をどのように図ったらよいのかという問題で、国民はそこを一番心配しているのだと捉えています。また、医薬品の高額化がトレンドであるとすれば、研究開発費をいかにコストダウンできるのか、そこに人工知能(AI)を活用できないかなど、高額になる原因の解決法も議論する必要があるでしょう。


東京経済大学
経済学部 教授の
長岡 貞男 氏

長岡 私は長期的なイノベーションの推進が重要だと思います。たとえば、抗体医薬品などは製造コストが非常に高いわけですが、これまでの他産業のイノベーションを振り返っても、研究開発によって製造コストを下げることは可能だと考えられます。したがって、薬剤価格の設定にもプロセス・イノベーションを促すインセンティブを盛り込む必要があります。
  もう1つは、競争です。これまでも、新作用機序の医薬品には類似品が必ず出てきますし、先発品を超える良い医薬品が出てくることもあります。そうした、2番手、3番手の類似医薬品を速やかに認可して、競争を促すことも重要ではないかと思います。一方、自由薬価の国でも高額医薬品となることは、患者さんが高評価をしていることが高価格の大きな理由であり、自己負担の拡大も無視することはできません。したがって、所得に応じて自己負担を増やしていくという考え方も必要ではないかと思います。

課題はイノベーションの評価と国民皆保険制度の両立

三田 薬剤価格におけるイノベーションの適正な評価の必要性について、製薬協のお立場ではどのようにお考えでしょうか。

畑中 イノベーションを適正に評価していただいて初めて、次の研究開発、新しいアンメット・メディカル・ニーズに応えるための投資が可能になります。すなわち、研究開発原資の減少や、それに伴う新薬創出力の低下を招くことがないように、また、日本市場の魅力低下による革新的新薬の市場投入が遅れるというドラッグ・ラグをなくすためには、イノベーションの適正な評価と研究開発促進というサイクルがしっかり維持されることが重要です。国民の革新的医薬品へのアクセスが阻害されることのないように、われわれ製薬企業も交えた関係各機関でバランスの取れた議論を継続していただければと考えています。

三田 わが国の保険財政の厳しさを考えますと、国民皆保険制度
の維持は大きな課題と思われます。イノベーションの評価と国民皆保険制度の維持を両立させるためにはどのような工夫が必要でしょうか。

長岡 日本の保険制度の強みの1つは、同じ薬剤でも所得によって支払い負担の変更が可能なことです。したがって、支払い意欲があり、能力もある人たちには多く負担していただき、新薬が市場に受容されやすいようにすることがまず考えられます。そもそも、優れたイノベーションによって創出された医薬品は、患者への高い効用があるからこそ高価格になるわけですから、そのことが製薬企業にとって画期的な創薬のリスクや不確実性に挑戦していくためのインセンティブになるはずです。そうした認識を社会全体でもつことが、国民皆保険制度を維持するための基盤になると思います。

大西 セルフ・メディケーションの推進も、イノベーションの評価と国民皆保険制度の両立に少なからず寄与するのではないかと考えています。セルフ・メディケーションでは、スイッチOTC薬など、国民皆保険制度の適応外にある薬剤を主に使用することになるはずです。すなわち、医療費の公費負担や国民皆保険制度に影響を与えない薬剤が使われるわけです。幸い、セルフ・メディケーションを推進する目的で、スイッチOTC薬の所得控除制度が今年の税制改正で導入されたので、その効果も注視したいと思っています。


学習院大学 経済学部
教授の遠藤 久夫 氏

遠藤 現行の制度では、革新性の高い薬剤には高い薬価が付けられる仕組みになっています。薬剤にその費用対効果に応じた価格が設定されていくことは正しい手法だと思います。そうした方向性は今後も維持されるべきでしょう。
  ただし、国の医療費の財源に制約があることは無視できない事実です。そうなると、ほかの薬剤やほかの医療資源全体との関係の中で、イノベーションの評価と国民皆保険制度の関係を考えなければなりません。言い換えれば、イノベーションの推進と国民皆保険制度の維持の両立ということになりますが、そのためには講演でも申し上げたとおり、出口の薬価政策にイノベーションをリンクさせる議論ではなくて、むしろ川上のサプライ・サイド、産学協働の推進やベンチャーの促進をより強力に進めていくことがより重要だと考えています。

新薬創出にはサイエンスの吸収能力が重要

三田 製薬企業がこれまで以上に正確な需要予測ができれば、薬剤費の予見性も高まって市場拡大算定の必要性が減り、製薬企業における経営の予見性も高まると考えられます。そうしたことを支援できるような国の施策はありませんか。


厚生労働省 医政局
経済課長の大西 友弘 氏

大西 政府は現在、成長戦略の一環として第4次産業革命の推進を掲げ、AIなどのIT関連分野に力点を置く政策を展開しつつあります。その方針に沿って、厚生労働省も医療分野におけるIT化の推進に取り組んでおり、医療機関がもっているデータ、医薬品産業がもっているデータ、保険者がもっているデータ、国や地方自治体にあるデータなどを統合し、ビッグデータとして活用すべく、各データの標準化を進めています。このビッグデータが活用可能になれば、製薬企業における需要予測をはじめ、薬剤費の予測や医療保険財政そのものの将来予測なども可能になると思われます。
  それと並行して、レセプトや特定健診のデータなどを民間でも活用できるようにするための、ナショナル・データベースの構築も検討されています。その過程では、プライバシーの保護など、解決しなければならない問題もありますが、同様の問題が取り沙汰されたマイナンバーもすでに導入されていますので、そうした事例も参考にしながら、厚生労働省としても医療のIT化の推進に積極的に取り組んでいきます。

三田 創薬の難易度が高まっている中で、日本の製薬企業がより効率的に革新的な新薬を創出し、上市し続けるためには何が必要とお考えでしょうか。

長岡 わが国の製薬企業は、これまでも革新的な医薬品を創出してきた経験と歴史があるわけですから、常に新しい時代を意識した改革を継続していけば、世界の重要な創薬国として今後も存続していくでしょう。重要なことはサイエンスの吸収能力の強化です。アカデミアやバイオベンチャーが有望なシーズを抽出することを、漫然と待っているだけでは創薬プロジェクトはなかなか進みません。先ほど示した事例研究でも、サイエンスが未完成でさまざまなリスクや不確実性があっても、挑戦していく、アカデミアやベンチャーと一緒にサイエンスを耕していくといった姿勢が必要であることを示唆しています。加えて、長期的な視点に立った人材育成や、より開かれた開発環境の構築も、新薬創出を持続するための要件になると思います。
  もう1つ挙げるとすれば、グローバルな治験能力です。これまでも、グローバルなライセンスアウトや共同開発は数多く行われてきましたが、希少疾病になればなるほど、研究開発の成果を自ら国際的にプロモートしていく力が必要になります。国際的なスケールでの販売がサイエンスを吸収、活用する企業投資を促進していくうえでも、エッセンシャルではないかと思っています。
  波及効果に着目した政策的な支援も重要です。特に創薬のパイオニアは非常に大きな不確実性に直面し、これを乗り越えていくことが重要です。しかし、一旦作用機序が確立されれば、その効果を活用してたくさんの企業が参入してきます。ですから、開発後の波及効果も期待できる創薬にパイオニアとして取り組んでいる企業やプロジェクトに対しては、研究開発促進税制などの手厚い助成も必要だと思います。

ベンチャー支援に続き人材バンク事業も計画

三田 昨年、AMEDが設立され、産学官連携による創薬の推進機能が拡充されました。こうした仕組み以外に、わが国の新薬創出を支援する国の施策にはどのようなものがありますか。

大西 2015年12月に、「ベンチャー懇談会」が立ち上げられました。新薬創出におけるベンチャーの役割が世界的に高まっている中で、日本ではそうした流れが進んでいないとの指摘もあります。しかし、薬価制度が異なるアメリカなどと日本を公平に比較することは難しいと言えますし、少なくとも日本のベンチャー企業には、日本型医薬品産業の特性に合った取り組みが求められます。この懇談会では、日本の強みを活かした新薬の創出に貢献していただくためには、ベンチャー企業にどのような支援が必要なのかを検討していただきました。
  一方、AMEDは、厚生労働省、文部科学省、経済産業省に分散されていた各種研究開発の支援策を、一元化して管理、運用する機関です。日本の創薬においてより力を入れるべき領域を特定し、一元的な司令塔として補助等もできるようになりましたので、これは非常に意義のある機関、機能になっています。
  「ベンチャー懇談会」のメンバーには、アメリカのベンチャー企業で成功した経験をお持ちの方もかなり含まれていますが、彼らは口をそろえて「日本の基礎研究水準は素晴らしい」とおっしゃっていました。ですから、その高い基礎研究水準を日本の強みとして活かしていけるように、つまり、実用化に結びつけていくことがAMEDの担う大きな役割だと思います。言葉を換えれば、アカデミアの中にあるシーズを、製薬企業がうまく育て上げられるように支援、補助するということでもあります。
  厚生労働省では、企業とアカデミアのそうしたマッチングをよりスムーズに行えるような施策の導入も検討しています。また人材の確保が難しいとの声も聞かれますので、外国の研究者や外資系企業のOBなども含め、製薬産業の経験者を幅広く登録する人材バンク事業の立ち上げも計画しており、そのための経費について概算要求もしています。
  厚生労働省が展開している施策としては、医政局経済課を中心とする産業振興施策や、保険局を中心とする医療保険政策などがあります。薬事に関しては、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認審査プロセスが大きく改善されています。さらに厚生労働省では、PMDAの承認審査プロセスと保険収載のプロセスを併せて企業にコンサルティングする、保険・薬事連携相談事業も立ち上げる予定です。医療保険制度、薬事、産業政策をいろいろなかたちで組み合わせ、今後も総合的に新薬創出支援を行えるように努めていきます。
三田 厚生労働省ではさまざまな取り組みをすでに開始されているとのことですが、製薬企業、製薬業界は行政にどのようなことを期待されますか。


日本製薬工業協会の
畑中 好彦 会長

畑中 行政にまず期待したいことは、われわれが事業を行っていくうえでの環境整備、特にR&D投資におけるリスクの判断がしやすい環境の整備です。また、日本のマーケットが伸び悩んでいる中では、国際展開を考える必要がありますから、国際展開がしやすい環境の整備もお願いします。
  具体的には、知的財産を適切に保護していただくことや、規制の調和に対してイニシアチブをとっていただくことです。もう1点は、先ほども大西課長からお話がありました、患者さん、疾患、治療などの膨大なデータを統合したナショナル・データベースの構築です。そうした取り組みは1企業ではできません。AMEDの拡充と合わせて、ナショナル・データベースを早急に整備していただくことが、製薬企業、行政、アカデミアなどが抱える多くの課題の解決につながる第一歩だと考えています。

自社の強みや弱みを明確化する必要がある

三田 「ベンチャー懇談会」のメンバーにはアメリカで経験を積まれた方が多いとのお話でしたが、わが国の製薬産業における人材交流は進んでいるのでしょうか。

大西 アメリカでは、アカデミア、企業、政府機関などを行ったり来たりする人材移動が非常に盛んです。一方、日本では大手製薬メーカーに就職した優秀な社員は、ずっとそこで働き続ける傾向が強く、ベンチャー企業に再就職しようという人はなかなか現れません。そのため、日本のベンチャー企業は人材確保に大変苦労していると「ベンチャー懇談会」でもお聞きしました。
  実は、「ベンチャー懇談会」は、ベンチャー振興をうたっていますが、振興策の対象はベンチャー企業だけというわけではありません。製薬企業にとって有用な事業もたくさんありますので、製薬協に加盟されている会員会社にもぜひご参加いただきたいと思っています。それが、人材交流を促すきっかけにもなるのではないかと思われます。

畑中 昔から日本の製薬企業の中では、自社品や導入品という言葉が使われてきましたが、自社品と言ってもアカデミアやベンチャーと一緒に研究して、1つの薬剤を創ってきたという歴史があります。ですから、日本の製薬産業において人材交流がなかったわけではありません。これは、今の言葉で言えばオープン・イノベーションということになります。
 今後そうした形態の取り組みを進めるうえで、われわれ製薬企業に何が必要なのかと言えば、自社のケーパビリティーがどこにあって、強みがどこにあるのか、足りないものはなんなのか、自分たちはどの疾患を攻めたいのか、そういったことを明確化することだと思います。そうすることで、どのような能力が必要なのか、技術をどこに求めればよいのかも明らかになります。この繰り返しが、大西課長が話されたベンチャーオリジンの薬剤増加にもつながります。
  そもそもわれわれ製薬企業は、自社品にこだわってきたわけではありませんし、アメリカのベンチャーやアカデミアとの共同研究だけでなく、近年は日本の大学や日本のベンチャーとの共同プロジェクトもますます増えています。今後もベンチャーやアカデミアとの協働により、さらに良い形で日本発の革新的な新薬が創出され、世界市場に投入される例も増えていくものと確信しています。そうした中で、人材交流もより活発化していくのではないでしょうか。

チームワークで革新的新薬の創出を

三田 最後に、新薬創出型の製薬企業の将来にどのようなことを期待されるか、ひとことずつお聞かせいただきたいと思います。

長岡 畑中会長の講演で製薬企業では売上高研究開発比率が非常に高いというお話がありましたが、それは製薬産業が研究対象に非常に恵まれている産業だからではないかと思います。いわゆるアンメット・メディカル・ニーズが依然としてたくさんある産業だということです。加えてもう1つ、サイエンスの進歩が想像以上に速いことの影響もあると思います。患者からのニーズに応え、サイエンスの進展がもたらす機会を活用して創薬を進めていくために研究開発の水準が年々高くなり、結果として売上高研究開発比率が高くなるのでしょう。日本の企業には、長期的な視野やチームワークといった非常に優れた特性もあるのですから、産業として恵まれている部分を活かしながら、世界的創薬国としてのポジションを今後も維持・発展させていただきたいと思います。

遠藤 長年にわたり、新薬を創出できるのは欧米以外では日本だけでした。そうした認識に基づき、日本の製薬業界はわが国の産業のリーディング・インダストリーになるべきだという議論が30年ほど前からありました。さまざまな国内産業で国際化が進んでいる一方で、製造業では生産が沈滞化している例も少なくありません。そうした国内産業の中にあって、製薬産業のプレゼンスはますます高まり、非常に重要な位置づけにあると思っていますが、やや発展の加速度が低いようにも感じられます。日本の産業全体が新たな成長のフェーズに進むためにも、製薬産業の発展は不可欠と考えられますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

大西 厳しい言い方をすれば、今後予想されるジェネリック医薬品の急増により、新薬を創出する製薬企業は事業の継続が難しくなる可能性があります。しかし、新薬を創出し続けられなくなったとしても、ドラッグ・リポジショニングなど、それぞれの企業がそれぞれの戦略をもつことで、付加価値のある医薬品を生み出す余地はいくらでもあるでしょう。企業には、生産活動を通して雇用を創出し、経済の発展に貢献していくという社会的使命があります。製薬企業の形態は世界的にも大きく変わっていくことは間違いないと思いますので、そうした時流を捉えながら、世界の保健医療水準の向上に貢献していただくとともに、ぜひ今後の日本経済の成長にも貢献していただきたいと思っております。
  厚生労働省ではこのたび、「国際薬事相談」を創設することになりました。これはPMDAや厚生労働省がもっている海外の薬事等に関する情報を、積極的に提供していこうという取り組みです。情報の中には、PMDAが米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)、あるいはアジア各国の規制当局などから得た規制ルールや制度の情報もあり、海外に展開しようとする各製薬企業にとっても有用であると思います。厚生労働省としては、製薬産業のグローバル化にもいっそう貢献していきたいと考えていますので、ぜひそうしたサービスも活用していただきたいと思います。

畑中 製薬企業の思いは、アンメット・メディカル・ニーズのあるところに価値の高い医薬品を提供し、それを通じて日本及び海外の患者さんの健康、福祉の向上に貢献していきたいということです。そうすることで、最終的には日本の経済成長と国際貢献にも寄与できます。それに加えて、個別化医療や医薬品の最適使用に向けた取り組みの推進をはじめ、日本が世界に誇る国民皆保険制度の維持にも役立てるよう、さまざまな課題に積極的にチャレンジしていきます。

三田 本日は、世界的にも関心が高まっているテーマである医療費適正化とイノベーションの評価について、有意義なディスカッションができました。先のリオデジャネイロ・オリンピックでは、チームワークが重要となる種目で日本選手の活躍が目立ちました。日本が得意とするチームワークで、今後も製薬企業が革新的医薬品を創出し、世界の医療に貢献されることを期待してやみません。
  本日は、貴重なご意見やご助言をいただき、ありがとうございました。

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