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第16回患者会セミナーを開催

医療をめぐる倫理と法―医師と患者のあるべき関係を求めて―

第16回となる製薬協患者会セミナーが10月28日、朝日生命大手町ビル大手町サンスカイルームで開催されました。前回患者会の方々に好評だった、東京大学大学院法学政治学研究科の樋口範雄教授が、「医療をめぐる倫理と法」をテーマに講演をされました。会場には26患者団体からの41名の参加があり、最後まで熱心に耳を傾けていました。樋口教授の講演は今回で3回目となりますが、最新のトピックスを含めたわかりやすい講演でした。その講演要旨を紹介します。

2008/11/05

はじめに

 最近、法律に関する見方が少し変わってきました。法律は、国家権力に基づく強制力であり制裁型のルールですが、そのような側面ばかりでなく、社会の中で「そういう生活をしていて大丈夫ですよ」という安心につなげる側面もある。制裁型から支援型へ見方を変える、という変化があります。

法のとらえ方

 救急医療の事例です。日本は救急医療が縦割りになっています。救急車は当然、消防署から来ます。消防署は総務省消防庁の管轄です。しかし救急車を受け入れる医療機関や医師は多くの場合厚労省の管轄下です。その両者の連携がよくないため、さまざまな問題が起こります。かつて私が夜中の2時に倒れた時に、救急車は直ぐに来ました。しかしその後、医療機関に搬送されるまで救急車は30分以上も走り続けるということがありました。
 大抵、消防署の中には消防車は2台以上ありますが、救急車は1台しかありません。しかし救急車の方が出動頻度が高く、救命率向上のために消防車(ポンプ車)で救急対応するということが起こっています。これをPA連携と言っています。
 消防車(ポンプ車)で駆けつけて行う応急処置を、消防法上の「救急業務」として位置づけるべきと言っていますが、実際は難しい。なぜなら、消防法で定められている「救急業務」とは、“救急隊によって”行われるものとされているからです。救急隊の定義は、“救急自動車1台および救急隊員3人以上をもって編成しなければならない”とされており、このためPA連携による救急処置は救急業務とは認められないとされています。救急車が不足している現状において、その条件を満たさなかったとしても法律違反になるはずがないと指摘したところ、「内閣法制局は、消防法の規定では法律違反になるというだろう」と反論されました。これが内閣法制局の法解釈です。正しいですが非常識ではないでしょうか。これでは尊敬できません。私たちは尊敬できることをやりたいのであって、法とはもっと良いものだ、常識に叶ったものだと言いたいのです。

本当にそれが社会にとって良いことか

 「45歳でハンチントン病と診断された患者が、家族や親族には知らせないでくれと言う。家族にも50%の確率で発症するおそれがある。家族や親族に告知するべきか。刑法134条には医師の『守秘義務』が規定されている。但し“正当な理由なく”とある。正当な理由とは何か」
 このようなテーマについて、学説や判例を探して議論してます。また、類似している事例としては、既婚の患者さんがエイズであることが判明した場合、医者はその患者さんの結婚相手にその患者さんがエイズであることを伝える義務があるかなどがあります。医師は刑法上の解釈をイメージします。しかし法律家から見ると、刑法の問題とは思えません。医療的な判断で解決すべき問題であり、警察が出てくるはずがないと考えます。
 医療の法化が進む中で、本当にそれが社会にとって良いことか。法的な思考を再検討する必要はないか。このような事例で、刑法を論ずることは非常識であると考えます。

事なかれ主義が蔓延していないか

●PM病(ペリツェウス・メルツバッヘル病)に関する事例:長男はPM病という遺伝病。長男の診察の際に、子どもを生んでよいでしょうかという家族から問い合わせがあり、それに対し、“交通事故くらいの確率”と答えた。次男は健常児だったが、三男は同じ遺伝病だった。そして、家族は医師を訴えた。
 医師と患者は診療契約上の関係。長男の治療に関する関係であり、これから生まれる子どもについて回答する義務は負わない。但し、答えるならば、正確に説明する義務を負う。本件は、正確な説明に関する義務違反があった。このような事例が重なり余計なことは言わない方が良いという理解が広がることは良いのかと疑問に思います。
●福知山線の脱線事故の際の個人情報保護法にまつわる事例:個人情報保護法があるために入院患者に関する情報提供を病院側が頑なに拒んだ。そのために入院患者の関係者や多くの関係機関の状況把握に支障を及ぼした。法律を形式的・画一的に解釈することで生まれる多くの犠牲を諦めていることが残念です。
●入院患者が暴力団員に間違われ、撃たれて死亡した事例:佐賀県の病院で個人情報保護法の観点から、入院患者の名札を全て外した。それが暴力団員と間違われることにつながり、関係のない入院患者が撃たれて死亡した。病院側は、「病院の事情も察してください(法律があるのです)。」と涙ながらに訴えるが、いったい法律は何のためにあるのか、疑問に思えてきます。

航空機内での急病人と医師の役割・法の役割

 航空機内で急病人が発生した場合、医師に救助義務を課し、それに応えなければ刑事罰を受け、手当に過失があれば民事責任を問うという制裁型と、医師が善意で立ち上がるように、制裁のない義務を宣言し手当をした場合の過失責任を免除し、結果が悪くても民事賠償もなければ行政処分もないという支援型の2つの法律対応があります。
 医師法19条には、「診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」とされていますが、罰則規定はありません。民法698条の規定(*1)を併せて考えれば、日本の法律は明らかに支援型です。しかし、一部の医師は、関与して結果が悪ければ過失責任を問われる恐れがあると考え、知らぬ振りをします。医師には支援型の解釈をして欲しいと思います。

敵は病気です

 米国は各州で法律が異なります。法律に併せて居住地を変えることもでき、多様性が受け入れられています。日本では米国のような地域ごとの多様な対応はできませんが、最近は3年間やって、その後見直しをする規定ができるなど、柔軟性ができてきました。
 10年前までは医療の世界には刑事司法はあまり介入しませんでした。医師法21条(*2)くらいで、医療事故とも無関係でした。しかし、近年は厚労省も関与し、医療事故の際に届出を行う必要が出てきてしまいました。
 行政処分、民事訴訟、行政介入がこの10年で増加し、特に行政処分は2年前から急増しており、制裁型の対処が増加しました。
 「正直に言うと刑務所だ」となれば、言わなくなります。都立墨東病院の事例でも、4年目の研修医がひとりで受け入れて結果が悪かったらどうなるのか? 訴えられるのなら受け入れないとなります。医療においてあるべき姿は、一方が一方を訴えることではありません。敵は病気です。医療事故があった際の患者の願いは原因究明と再発防止が中心でしょう。
 福島県立大野病院の事例では、業務中に警察が家宅捜査を行い担当医師を逮捕しましたが、警察はどうしてしまったのかと思います。
 99年2月に起こった都立広尾病院の事例(看護師が点滴薬を取り違えて投与し、患者が死亡した事件)以降、医療事故が発生した場合、隠蔽をしないで警察に届けようという風潮が出ています。
 「アメリカでは民事訴訟が多いことや院内牽制が機能しているので警察が出る必要がないが、日本はそうではない。従って日本では警察が出てくる必要があるのではないか?」という指摘があります。しかし、レフラー教授も指摘するように、警察の介入は一定の目覚ましにはなるでしょうが、医療を良くすることにはならないでしょう。

昨今の動向

 厚労省も「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案―第三次試案―」(平成20年4月)を出しました。これには、医療死亡事故の原因究明・再発防止、医療の安全の確保を目的とした医療安全調査委員会の創設が織り込まれています。これは、医療事故等が起こった場合の対応基準で、医療関係者の責任追及が目的ではありません。大野病院事件福島地裁判決の内容で検察は控訴を諦めました。これは今後に対して、事実上の影響力は大きいと考えられます。
 最後に、東京大学総括プロジェクト機構ジェントロジー寄付研究部門の秋山弘子氏の研究「サクセスフル・エイジングをめざして」を紹介します。これは1987年に1次調査が開始されたもので、15年後の健康度を強くする要因を分析するという非常に息の長い研究です。
 その結果によれば、男性は団体・グループへの参加、女性は精神的な自立を実現した方々が、15年後に健康度を強くしているということです。

*1:
管理者は本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない
*2:
医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異常があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

(文:広報委員会ペーシェントグループ部会 和栗 三雄)

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