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第14回患者会セミナーを開催

医療をめぐる倫理と法
―医師と患者のあるべき関係を求めて―

第14回目となる製薬協患者会セミナーが3月13日、KKRホテル東京で開催されました。セミナーでは、東京大学大学院法学政治学研究科の樋口範雄教授が「医療をめぐる倫理と法―医師と患者のあるべき関係を求めて―」をテーマに、具体的な例を引用しながら医療現場における法律のあり方について熱く講演されました。セミナーには46患者団体から59人の参加があり、最後まで皆さん熱心に耳を傾けていました。以下に樋口先生の講演要旨を紹介します。

2008/03/27

医療問題に法が入り込んできた


講演する樋口先生

最近は、医療の現場に法律家や法律がたびたび出てくるようになりました。人工生殖、終末期医療など、新たな問題には対応する法律が必要だという声も聞かれます。医療過誤訴訟や刑事事件になるような事件が増え、医療は法律家が活躍する現場になってきており、それによって、法律のルールで医療の問題を解決しようとする傾向が見えてきました。

米国は裁判の社会、法律家の社会で、医療に関しても、日本でまだ起きていないような事件が、裁判で徹底的に議論されています。例えば、20年以上前すでに代理母の問題について取り上げられていました。米国で起きた事件が日本でも起きるかもしれない、あるいはそこから何か参考になるような点はないか、私はそういう比較の視点で米国を見ています。また、私自身、病院とは付き合いの長い一患者でもあるので、「患者」「医師」「法律家」の3者をいろいろな角度で比較しながら、医療と法の問題について考えていこうと思っています。

事例Spaulding vs. Zimmerman

法科大学院の授業で、よくケースとして取り上げているのが、1960年ミネソタ州で起きた2台の車による衝突事故です。これは怪我をしたSpaulding氏(以下S氏)が運転手Zimmerman氏(以下Z氏)を訴えたもの、裁判では怪我の程度が問題になるのですが、米国では被告側、原告側双方の医師に診てもらうことを要求できる手続きがあり、この事件でも被告側の医師がS氏を診ることになりました。診断の結果、被告側の医師は大動脈瘤を見つけました。交通事故との因果関係ははっきりしませんが、可能性は十分にありました。しかしS氏担当の原告側の医師は気づいていませんでした。

授業で議論するのは大動脈瘤を発見した医師はどうすべきか、また実際にはどうしたか、それを聞いた弁護士はどうしたのかです。事実を告げないほうが賠償金は少ないわけですが、放置したら生命に関わることなので当然、迷いや葛藤が生じます。事件に関係ない人が聞いたら、迷わず「大動脈瘤がありますよ」とS氏に教えてあげることでしょう。しかし、弁護士は依頼人の運転手の利益を第一に考えなければいけないうえに、法律的には「守秘義務」があります。これを東京大学ロースクール学生に聞くと、100人のうち98人までは「依頼人を守る、守秘義務があるから黙っている」と言うだろうと思います。一般の人なら迷わず伝えることを、「弁護士だからこそ、教えられない」というその理屈は何かおかしくはないでしょうか。

実際この事件では、その医師は自分に依頼してきた弁護士にのみに伝え、「医師会のルールによると医師・患者関係がない」という理由でS氏には告げませんでした。そして、情報を得た弁護士も「守秘義務で依頼人の利益を最大に図る」という理由で全く迷いもなく、生命にかかわることにもかかわらずS氏には伝えませんでした。果たして、これで本当に良いのでしょうか。

ハンチントン病をめぐるディスカッション

東京大学医学部の先生と、法学部の学生や大学院生が一緒になって具体的な事例を議論するディスカッションを続けています。その一例として、ある女性がハンチントン病であることが判明し、彼女自身が家族に告白することに抵抗があるので、どうすべきかというものがありました。

ハンチントン病は30歳~40歳代で突然明らかになることが多く、何年かかけて死に至る深刻な病です。しかも遺伝病で家族にも50%の確率で発症するそうで、このケースでの法律家側の議論は、刑法第134条に定める医師の守秘義務から始まりました。「正当な理由なく秘密を漏らしてはならない」とあります。それでは「正当な理由」とは何なのか、過去の判例に類似した例はないかと議論しました。また依頼人である女性に対しての「守秘義務」と、家族への「知らせる義務」の対立をどう考えればいいのかとも。法律家の頭はそういう構造になっています。

それを見てハンチントン病研究の第一人者である医学部の辻省次先生は、「この法律家たちは医療の現場も、ハンチントン病の患者も、家族をも見たことがない。それなのに議論のスタートが『守秘義務の限界』とは、あまりに議論が抽象的で概念的だ」と真実を喝破されました。

法律家は二者の対立軸(権利・義務、正・邪、合法・違法、善・悪)で考えるようで、患者への義務を優先するのか、家族への義務を優先するのかと、患者と家族をまず分けようとします。しかし医師の発想としては、患者と家族を分けることはできません。法律家は何か結論を出せば仕事は終わりですが、医師、患者、家族はその後も現実から逃げられません。引き続き患者を支える体制やチーム医療が必要で、本当は「その後」が問題なのです。こう考えると、果たして医療に法律家が入ってきて本当に良い医療が増えるかどうか、疑問を持たざるを得ません。

会場の模様

これからの医療における法の役割

では、医療における法のあるべき姿とはどのような形なのでしょうか。飛行機で急病人が出て、「お医者さんいませんか」と呼びかけても医師がなかなか立ち上がれないという話を聞きます。手をあげて、自分の専門か否かもわからない患者を診て、万が一失敗したら訴えられるというのが理由です。しかし実は、民法698条では、医師がボランティアで人を助けようとした場合「過失があっても、責任なし」という法理があります。義務ではなく善意で立ち上がろうとする医師の後押しをしようとする支援型の法律です。

このように刑事法のリスクを小さくして、一度失敗をしてしまった医師にも、もう一度チャンスを与えて別の人を助けてもらう、そういった支援型の法を増やして善意の医師の行動を促進していく、これがこれからの法の一つのあり方だと思います。「法律と馬鹿とハサミは使いよう」であって、法律が介入すると必ず制裁があるということでは、やはり逃げたくなるのが心情です。そのような形での法の介入では医療は決して良くなりません。制裁も時には必要ですが、やはり支援型という見方が必要なのだと思います。これからは法律家と医師と患者が一緒になって新しい医療と法のあり方について考えていくことが重要だと思います。

(文:広報委員会ペーシェントグループ部会 吉津麻美子)

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