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放射能はどれだけ人体に有害か?―原子力発電所事故におけるリスクコミュニケーションの考察―


放射能はどれだけ人体に有害か?―原子力発電所事故におけるリスクコミュニケーションの考察―
東京大学医学部付属病院 緩和ケア診療部長 准教授(放射線治療部門)
中川恵一 氏
解説講演(要旨)

2011年5月26日、日本橋野村カンファレンスプラザにてメディアフォーラムを開催しました。東北地方東岸に大打撃を与えたマグニチュード9.0の巨大地震は、津波の驚異的な破壊力を見せつけるに留まらず原子力発電所に対する恐怖感を国民に植えつけるものとなりました。事故の発生以来、毎日のようにテレビ出演をし、放射能に対する正しい理解を呼びかける東大病院緩和ケア部長、放射線治療部門准教授・中川恵一先生にリスクの正しい評価について述べてもらいました。以下、講演内容の要約です。


1. 低線量放射線被曝のリスクは発がんリスク


中川 恵一 准教授

 放射能被曝というと、原爆被災者の悲惨な写真を思い浮かべる方も多いと思いますが、今回のような低線量放射線被曝で火傷を負うことはなく、外見上の変化はまったく現れません。ありえるとすれば、体を突き抜けた放射線が細胞のDNAを損傷しミスコピーを起こした細胞(すなわちがん細胞)を作り出してしまうことです。つまり、今回の事故で最も考えなくてはいけないことは、被曝により将来的にどれくらい発がんリスクが増えるかという言葉に置き換えることができます。
 統計によれば日本人の54%が一生涯のうちに一度はがんを患います。そして3人に1人が、がんで亡くなっています。欧米では減少傾向にあるがん死が、日本ではなぜ増えているのでしょうか? ひとつの理由は、世界一の長寿国であることです。高齢になるほどがんと診断される確率が高くなることはわかっています。がんが検診で発見される大きさになるまで約20年かかるといわれていますのでその傾向は理解できます。つまり、もし今がんと診断されたら、それは20年ほど前に傷つけられたDNAが修復できずにミスコピーを繰り返して形成されたものです。しかし、私たちの体は損傷したDNAを修復し、また、ミスコピーで生まれた細胞を排除する仕組みを持っています。高いレベルの放射線を浴びた場合は、DNAの損傷部位があまりに多すぎて修復が追いつきませんが、低線量被曝では、ほとんどの場合、何事もなかったかのようにDNAの修復がなされるため、がん化することはありません。むしろ、喫煙による発がんリスクのほうがはるかに高く、2,000ミリシーベルトの放射線被曝にさえ相当します。

2. リスクを定量的に扱うことの重要性

 「原子力発電所の事故が原因で今後がんは増えますか?」という質問をよく受けますが、発電所から漏れた放射線を原因としたがんは増えないと先にも述べました。しかし、がんが今後増えるという素因は多くあります。まずは、ストレスです。過度なストレスはDNA損傷を引き起こしますので発がんに結びつきます。さらに、野菜や魚に対する過度な恐怖心に基づく食事の偏重。野菜はDNA損傷を防ぎ、発がんリスクを下げることが知られています。さらに、外出を控えれば運動不足となります。
 何をするにおいてもリスクがゼロということはありえません。その行動から得られる有益性がリスクを冒すに値するか否かの判断が大切なのです。日本人のがん検診受診率は欧米に比べて顕著に低く、がん死増加の原因のひとつと考えられています。その理由として、時間がない、恥ずかしい、おっくうなどといったマインドレベルのものに加えて「放射線被曝があるから」と気にする方がいます。
 がん細胞は指数的に増えていきますので、がんが成長するほど目に見えて大きくなります。できるだけ早いうちに発見して治療することが大事です。また、ひとつのがん細胞は約20年かけて一人前のがん(診断可能ながん)に成長しますので、40歳以上では、多少の被曝リスクよりもむしろ検診を受けるメリットのほうが高いと考えられます。
 すべての医療はリスクとベネフィット(有益性)のバランスで成り立っています。副作用を議論する際には、その際どれだけの有効性があるかを常に考えなくてはなりません。副作用報道を見た患者さんが怖くなってその薬を飲めなくなってしまい、それが原因で病勢が進行してしまうということがありえることを知っていて欲しいと思います。

3. リスク教育の必要性

 先日、都内某所の交差点を渡っていたら車と接触しました。青信号だからありえないと無意識に思っていたことが起きたのです。ゼロリスクは現代社会ではありえません。いかにリスクを知り、そのリスクに備えるかという能力が必要です。
 つまり、リスクを意識して行動できる素養を是非とも学校で教育してもらえたらと思います。「放射能は怖い」という漠然とした感覚で行動していたら、別のリスクが忍びよることに気づかなかったり、せっかくのチャンスをつかみ損なったりすることも考えられます。それぞれの行動に対してどれだけのリスクを負えるかという判断は自らが行うことです。しかし、なかなか日本人はそれができません。あるいは、それをするだけの情報を持たされていません。
 医療も同じで、すべてのリスクを知って、自らが治療を選択するための教育ならびに情報提供をお願いできたらと思います。


以上が今回のフォーラムの要旨でした。

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