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市民・患者とむすぶ

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「患者団体連携推進委員会 総会」後に講演会を開催
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2016年4月27日、「第7回 患者団体連携推進委員会 総会」および講演会が開催されました。講演会の演題は、「日本難病・疾病団体協議会の取り組み及び全国パーキンソン病友の会の活動内容〜製薬企業・製薬協への要望〜」で、日本難病・疾病団体協議会副代表理事/全国パーキンソン病友の会常務理事の高本久氏が難病対策と難病制度の背景と取り組み、パーキンソン病友の会としての活動について、国への要望活動について講演しました。

会場風景
会場風景

高本 久 氏

日本難病・疾病団体協議会の取り組み及び全国パーキンソン病
友の会の活動内容(提言活動に焦点を当てて)
~製薬企業・製薬協への要望~

一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会 副代表理事/
一般社団法人 全国パーキンソン病友の会 常務理事

高本 久

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難病対策と難病制度に関する取り組み

初めての東京オリンピックが開催された1960年代は、高度経済成長の陰で公害による健康破壊が進行していました。その患者さんは「難病・奇病」、「伝染する」と言われ、社会の片隅でひっそりと暮らすしかありませんでした。
 国民皆保険制度が始まったのもこの頃ですが、健康保険加入者の家族は5割負担でした。当時、銀行員の初任給が1万円、国立大学の年間授業料9000円の時代でしたが、高血圧や高脂血症の医療費負担は月5000円でした。医療費が高く、社会からの偏見も強い時代で公害によって健康を損なった患者さんはどこにいるのかわかりませんでした。
 そのような中、薬害スモンが起こります。当時、国は大型研究班を組織し、患者さんを病院に集め、集中的に研究を進めた結果、短期間で整腸剤キノホルムの過剰投与による薬害であることを突き止めました。「このスモンの教訓をほかの難病にも活かせないか」と国会で超党派による難病対策議員懇談会が生まれ、1972年に「難病対策要綱」が策定されました。この「難病対策要綱」に従って、特定疾患の選定や公費負担が定められてきたのです。
 しかし、施行から40年近く経ち、根拠となる法律がない予算事業である難病対策には限界があることがわかってきました。特定疾患は56疾患にしか適用されず、適用された疾患の選び方も不透明で不公平感がありました。また自治体にとっても、補助事業のため自治体の持ち出しが非常に多く、一時は自治体負担が4分の3に達していたこともありました。

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